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 私は悔しいのです。

 とスウェイは言った。


「あんなやり方‥‥‥伯爵家を乗っ取るような、あんな惨い。それに、妹様に手を出すなんて、そんな許されない。あんな真似をよくも、よくも‥‥‥」

「ごめんね、あなたにそんな涙を流させてしまって。‥‥‥わたし、悲しいというよりも何も感じられない。そんなどうでもいい感じに思えてしまうの」

「どうでもいいって‥‥‥奥様がそんな弱気でどうなさるのですか。いいえ、リシェル」

「うん」


 妹や家というものとは、長い間、疎遠だった。

 むしろわたしにとっての家族は、双子ちゃんたちと、養子にいったカイエだけと言ってもいい。

 お母様と慕ってくれた自分に最初にできた血のつながらない家族。

 半身を引き裂かれたような気分も、いまは味わえそうでわからない。


「子供たちに会えるまでまだ時間がいるわね」

「リシェル」


 いつしか窓の外には初夏の雨が降り始めていた。

 それは車内に吹き込んでくるほどではなかった。

 しかし、天蓋だけの幌馬車だ。

 やはり風がそよげば顔に軽くしたたるものもある。


「スウェイ。雨が‥‥‥温かいわね。夏のせいかしら」

「そうかもですね。リシェル。きっとそうかもしれない」


 神様はいじわるだ。

 こんな誰も見ていないところで泣く時くらい、盛大に泣かせてくれたらいいのに。

 わざわざこんな霧のような雨を降らせなくても、いいじゃない。

 このなかでは――大声を上げて泣くことなんてできない。

 世界がわたしに静かに泣くように告げているかのようだった。


「奥様方、どちらまで行かれます」


 と、そのときだ。

 御者が思い出したように、声を掛けて来たのは。


「どっちって‥‥‥」

「右は王都、まっすぐ行けば空港と鉄道がある。左は元おられた‥‥‥奥様。自由を選ぶことも大事ですぜ」

「あなた、何を言い出しますか!」


 と、いきなりの御者の言葉にスウェイが牙を軽くむき出しにした。

 明らかに警戒しているようすだった。

 御者は、御者席から肩越しにこちらをちらにと覗きこむと、なにかもどかしそうに鼻をふっと鳴らす。

 そこには深い理由を知っているかのような素振りが見て取れた。


「旦那様‥‥‥この三年間で、伯爵家は三人、旦那様が代わりましたが。あっしは最初の大旦那様の頃から、この家に雇われております。リシェル様、大旦那様はもうお若くないですよ」

「父が? 彼がどうかした、と」

「いえいえ。そうではなくてですね。光の神殿がだした隔離するという命令は、あくまで神殿の指示だ、ということです。リシェル様が屋敷の離れに戻られ、お孫様たちと共に笑顔でおられるのを見て、大旦那様は過去を悔いておられました」

「そんな。あのお父様が? 嘘よ」


 父と言われて思い出すのは「生まれてこなければよかった」、あの一言と今すぐにでも娘を殺したいと願っていた視線だけだ。

 思い出すだけで、背中にぬるっとした生暖かい何かが流れていくのを感じる。

 その言葉を信用する気には、なれなかった。


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