10
「その者とは、もう十年もともに過ごした仲ですから。姉妹も同然です」
「姉妹? しかし彼女は奴隷だよ。ああ、それくらい深い心の絆を持っていると。そういうことか」
「そう考えていただければ結構かと」
彼はふーむ、と何か考え込むような仕草をし、それから言葉を発した。
それはどこか急ぐような口ぶりで、こちらに判断をする猶予を与えない強さに満ちていた。
「まあ奴隷といえども、心を通わせることができるというのは、いいものだ。人望は力になる‥‥‥ロメロは、次期セレンディア家当主になるそうだ。聞いておられるか?」
「いえ。初耳ですが」
「なるほど、手紙にそれを記せば誰かに読まれる可能性がある。それを危惧したのだろう。彼は伯爵家を継ぎ、そうなるとどこかの貴族の娘を、妻に迎えなければならなくなる」
「兄の結婚相手について、妹のわたしが何か口出しをすることは許されませんが、なにか」
「その相手というのが俺の妹でね」
「まあ、それはおめでとうございます」
ところで、と彼は別の話を切り出した。
「君のことを、ロメロから聞いている。寄宿舎学校の同室だったころから、ずっと聞かされていた。妹のことが心配だと。そこで俺は、随分昔の約束になるが、ひとつ、あいつに約束をした」
「約束?」
「俺には光の属性のスキルがある。それは『斜陽』というものだ。どんなスキルがご存知かな」
「斜陽? 詳しくは存じ上げませんが‥‥‥」
そう言い、牢獄の外にある本棚から一冊の本を取るように、わたしはスウェイに命じた。
彼女から受け取ったそれは「スキル大全」という題名で、古今東西、ありとあらゆる属性とスキルが網羅された、スキルの百科事典のようなものだった。
その中から、光属性、斜陽、と検索をしていく。
思わぬ時間をかけず、その項目は見つかった。
スキル:斜陽
癒し、回復、神聖魔法の強化、心的外傷の治療などに効果を発揮する。
闇属性のスキルを沈下させる効能を持つ。
「は?」
「見つかったようだね」
わたしは思わず、最後の一行を二度見する。
闇属性のスキルを沈下させる効能を持つ‥‥‥って?
それって、どういうこと?
「これって‥‥‥。あなたはそれを使ってわたしに、何をなさるおつもりですか。約束とはいったい?」
「簡単なことだよ。俺の妹を伯爵家に嫁がせてくれるなら、俺はロメロの妹を妻に娶る。そういう約束をした。その時に、君のスキルのことも聞いた。無理かと思ったが、色々調べたらそんなものを目にすることができた。つまるところ、俺と共に行けば君は自由になれる」
「でも、そんな。光の神の神殿が、お父様が、お母様が‥‥‥許されるはずが」
「光の神殿は関係ないね。俺のスキルがあれば、君は普通の女性と変わらない。自由に生きることができる。君のご両親の決定については、ロメロが爵位を継げばどうにでも変えられる」
「だけど、だからって。わたしを? その、え? ええ? 結婚‥‥‥?」
まずい。
これはまずい。
非常に非常にまずい。
不意打ちだ。
生まれてこの方、父親と神官以外の男性にまともに触れたことのないというのに。
そんなわたしに、スキルを無効化できるスキルを持って、結婚を申し込んでくる男性が現れるなんて。
このとき、「はい」と返事をしてしまったことを後から盛大に悔やむことになる。
でも、スウェイもわたしも気分が高揚し、自由になれるという喜びに疑うことも何もかも忘れてしまって、新しい人生の喜びに、心をウキウキとさせながら静かに頷いてしまっていた。




