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【書籍化】あなたはもう必要ありません  作者: 秋津冴
プロローグ
10/83

10

「その者とは、もう十年もともに過ごした仲ですから。姉妹も同然です」

「姉妹? しかし彼女は奴隷だよ。ああ、それくらい深い心の絆を持っていると。そういうことか」

「そう考えていただければ結構かと」


 彼はふーむ、と何か考え込むような仕草をし、それから言葉を発した。

 それはどこか急ぐような口ぶりで、こちらに判断をする猶予を与えない強さに満ちていた。


「まあ奴隷といえども、心を通わせることができるというのは、いいものだ。人望は力になる‥‥‥ロメロは、次期セレンディア家当主になるそうだ。聞いておられるか?」

「いえ。初耳ですが」

「なるほど、手紙にそれを記せば誰かに読まれる可能性がある。それを危惧したのだろう。彼は伯爵家を継ぎ、そうなるとどこかの貴族の娘を、妻に迎えなければならなくなる」

「兄の結婚相手について、妹のわたしが何か口出しをすることは許されませんが、なにか」

「その相手というのが俺の妹でね」

「まあ、それはおめでとうございます」


 ところで、と彼は別の話を切り出した。


「君のことを、ロメロから聞いている。寄宿舎学校の同室だったころから、ずっと聞かされていた。妹のことが心配だと。そこで俺は、随分昔の約束になるが、ひとつ、あいつに約束をした」

「約束?」

「俺には光の属性のスキルがある。それは『斜陽』というものだ。どんなスキルがご存知かな」

「斜陽? 詳しくは存じ上げませんが‥‥‥」


 そう言い、牢獄の外にある本棚から一冊の本を取るように、わたしはスウェイに命じた。

 彼女から受け取ったそれは「スキル大全」という題名で、古今東西、ありとあらゆる属性とスキルが網羅された、スキルの百科事典のようなものだった。

 その中から、光属性、斜陽、と検索をしていく。

 思わぬ時間をかけず、その項目は見つかった。


 スキル:斜陽

 癒し、回復、神聖魔法の強化、心的外傷の治療などに効果を発揮する。

 闇属性のスキルを沈下させる効能を持つ。


「は?」

「見つかったようだね」


 わたしは思わず、最後の一行を二度見する。

 闇属性のスキルを沈下させる効能を持つ‥‥‥って?

 それって、どういうこと?

 

「これって‥‥‥。あなたはそれを使ってわたしに、何をなさるおつもりですか。約束とはいったい?」

「簡単なことだよ。俺の妹を伯爵家に嫁がせてくれるなら、俺はロメロの妹を妻に娶る。そういう約束をした。その時に、君のスキルのことも聞いた。無理かと思ったが、色々調べたらそんなものを目にすることができた。つまるところ、俺と共に行けば君は自由になれる」

「でも、そんな。光の神の神殿が、お父様が、お母様が‥‥‥許されるはずが」

「光の神殿は関係ないね。俺のスキルがあれば、君は普通の女性と変わらない。自由に生きることができる。君のご両親の決定については、ロメロが爵位を継げばどうにでも変えられる」

「だけど、だからって。わたしを? その、え? ええ? 結婚‥‥‥?」


 まずい。

 これはまずい。

 非常に非常にまずい。

 不意打ちだ。

 生まれてこの方、父親と神官以外の男性にまともに触れたことのないというのに。

 そんなわたしに、スキルを無効化できるスキルを持って、結婚を申し込んでくる男性が現れるなんて。

 このとき、「はい」と返事をしてしまったことを後から盛大に悔やむことになる。

 でも、スウェイもわたしも気分が高揚し、自由になれるという喜びに疑うことも何もかも忘れてしまって、新しい人生の喜びに、心をウキウキとさせながら静かに頷いてしまっていた。

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