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光と闇がたがいに満ち足りたとき、この世界は誕生した――。
それは幼い子供から老人に至るまで。
この国、カナルディアに住む民ならばだれでも知っている神話だ。
教会で毎週の礼拝のときに、神官様からそう教わるから、数年も絶てば暗記できるほどに覚えてしまう。
そして、みんな気づくのだ。
光の女神は世界を導いた。
なら、闇の神はどこにいった‥‥‥、と。
◇
その日、六歳のわたしは、スキル儀式を光の神の神殿で受けていた。
神殿のなかにある大きな礼拝堂で、ほかにも六歳を迎えた子供と家族たちが集まっていた。
困惑したように、鑑定スキルを持つ神官の声が静かに響き、わたした身を固くしたのを覚えている。
「この子はいかん。闇の属性だ‥‥‥」
光の女神様をかたどったと言われる女神像が、彼らを見下ろしている。
王都から東に離れたこのカディスの街では、そんなに同世代の子たちは多くない。
よくて、二十というところ。
知人や友人がわたしに向ける視線から、ゆっくりと確実に、信頼や友情というものが砕けて抜け落ちていくのを感じた。
視線には悪意や嫌悪、侮蔑や優越感が混じり行き、わたしを心配する友人の視線は数える程しかなく、神官様の発言を聞いて、後ろに立つ父親が悲鳴を上げた。
「そんなっ、この子は光のはずだ。いや、そうでなくても闇はないだろう。土か‥‥‥いや、水でもいい。贅沢は言わない。闇は間違いだとそう言ってくれ!」
属性は六つ。
このスキル鑑定の儀式の前に、属性について神官様は語っていた。
光、水、火、土、風、そして‥‥‥報われぬ、闇。
闇は暗くて強大で、悪意が潜む、人の心をそれと知らない間に欲望と暴力に染め変えてしまう。
善意は悪意に。
見識は無謀に。
努力は惰性に。
勇気は暴力に。
自制はわがままに。
それぞれ姿を変えるのだ。
「いいや、それは無理だ。ラバンシア伯爵。あなたの娘であるリシェルに対して、光の神は闇属性のスキルをお与えになった」
「そんな―ー」
父の声が悲壮な色に染まる。
この地の領主としての威厳はそこにはもはやなく、娘の身のうえに起きた不幸を嘆いている感じでもない。
事実、そのときの父親は目は怯えるわたしに可哀想、だと言っているのではなく。
目でこう語っていた。
――お前など、生まれてこなければよかったのだ!、と。
神官様は続けた。
「あなたにとっても、伯爵家にとっても、不幸なことだ。兄のロメロは騎士団に入れる、火の属性を与えられたというのに、妹は闇の属性か。悲しいことだな、伯爵。なにより、伯爵家は代々、光か風の属性に恵まれていた。私もこの歳になるまで多くの子供たちを見て来たが、闇属性など見たことがない。聞いたことがない、そんなものを生まれ持ってくる忌み子など‥‥‥」
「分かっている。……闇属性は存在してはならない」
ひゅっ、とわたしの喉が鳴った。
忌み子とかそんな難しい言葉は理解できない。
でも、存在してはならない。
その意味くらいは六歳の自分でも理解できた。
この日まで、リシェルは利発で賢く、お前の笑顔はまるで光の女神に愛されたような気分に浸ることができる、とても大事な子供だ。
なんて言われてきたのに、神官様の言葉でいきなり邪険な扱いをされたわたしの身にもなって欲しい。
父と母の期待に添えるよう、嫌いでも礼儀作法を学んできたし、面倒くさくても家庭教師の先生について、将来は学院に入れるよう、文学や詩歌、数学や地学の基礎を学び、優秀な生徒だとほめてもらうことが、わたしの何よりの生き甲斐だったのに。
幸せだった世界は、光の女神が下された闇属性のせいで、一瞬にして崩壊してしまった。
「わた、し‥‥‥お父様? 要らない子なの‥‥‥」
「不要だ! この疫病神め! なんて子供を産んだんだ‥‥‥アレナ、これもお前の責任だぞ!」
「そんなっ、私にどうしろと言うのですか! まさか、こんなダメな子供が産まれるなんて、私だってショックなのに」
父に責められて、母は泣き崩れてしまいました。
二歳年下の妹はまだ四歳で、いまなにが起きているのかがわからず、きょとんとして彼女を抱きしめ、声を押し殺してなく母の背中にそっと手をやって撫でている。
私は呆然自失として、この状況をどうしたら、また両親がわたしのことを誉めてくれるのか。
ただ、それだけを考えて、考えて、考えて‥‥‥。
頭のなかが焼けるように熱くなり、同時に、涙が止まらない。
溢れるその悲しみが強すぎて、答えが見つからない。
どうしようもなくなって、全身の力が抜けるように人形みたいにして、立っていることしかできなかった。
いい子になろうと、親の自慢の娘になろうと、努力し、頑張ってきたあの日々は何だったのか。
悔しくて、悔しくて、涙が溢れてどれだけ手で拭っても、留まることを知らない。
「御夫婦の揉め事は、自宅でやって頂こうか、伯爵」
「くそっ。お前がきちんと鑑定すれば‥‥‥」
「この私に責任を向けるのか?」
中年の神官様はこれは面白い、という感じに瞳を大きく見開いて、面白そうに笑っていった。