壱頁:遺された本 02
2話です。続きを読んでくれる方がいる事を願っております。
「……ん……う……?」
零時が目を覚ますと柔らかな光が目に入った。
ぼやけて見えた空間は段々とハッキリ見えるようになる。
「は!!」
零時が起き上がるとそこには今までより更に驚きの光景が広がっていた。
「なんじゃこりゃあああああ?!?!」
高さ5メートルはある巨大な本棚、コリント式の柱がその本棚を支えるように建っており、大きな天球儀が等間隔で置かれている。
見上げると吹き抜けになっておりガラス張りの天井が見えるが、その高さからこの建物は相当高いことが伺える。
床を見ると白黒の正方形のタイルがピッタリと寸分の狂いもなく敷き詰められており、新しいのか、それとも徹底的に磨き上げられているのか、自分の顔が映るほどツルツルとしている。
「なんだこれ……」
世界最大の図書館はアメリカ連邦議会図書館だが、この本棚の規模はとっくにそれを超えている。
零時は完全に迷子になった。というよりここまでくると最早遭難者だろう。
帰ろうにも帰れないこの状況に零時は頭を抱えた。
「だ、誰かぁー!いませんかぁー?!」
声どころか物音一つもしない。零時の僅かな望みは一瞬にして打ち砕かれた。
「そ、そりゃそうだよね……」
零時は肩を落とす。
「出口は……探すしかないか……」
零時はもしかしたら本棚脱出のヒントが隠されているかもしれないと思い祖父の本を拾い上げのページをめくる。
「あった!魔法陣!」
零時は魔法陣のような模様が描かれているページを開き緑色の光が現れるのを待つ。
しかし何も起こらない。
「はぁ~~~~~」
零時は肩を落とす。
『・・・・・こっちですよ・・・・・』
「はっっ?!?!」
後ろで誰か女性の声がした。
零時は声が聞こえた方向、つまり後ろに向かって走り始める。
零時自身は気づいていないが、零時は科学的には説明のつかない不思議な状況に何故か順応していた。
環境適応能力が高いと言ってしまえばそれまでかもしれないが不自然にも感じられる。
「あ……!」
零時は走り続けた先に中庭のような場所を見つけた。
アーチやガゼボがあり、四季折々の花々が咲き誇り、あらゆる色に彩られている。
零時はここに声の主がいるかもしれないと思い、中庭のような場所へと入る。
「あなた……誰なのです?」
「?!」
頭上から先ほどの声より幼い少女の声が聞こえた。
零時が上を見るとそこには不思議な姿をした少女がいた。
ゆったりとフワフワした長い黒髪にプラチナのような輝きを放つ開かれた本のデザインをしたティアラを模したカチューシャ、服は赤いリボンで装飾された黒に見えるくらい濃い紫ゴシックロリータドレス、靴は華奢な足に不釣り合いな大きなブーツ。
肌はほんのりと桜色をした滑らかな蜜色で、不自然なくらいに顔が整っている。
零時は最初、絡繰り仕掛けのアンティークドールが動いているのかと思ったが、瞬きや髪をかき上げる動作から完全に生きた少女だと認識する。
「えっあっす、すみません!ちょっと遭難しちゃって……。あ、僕は時宮 零時って言います」
名前を聞かれ零時は混乱しながらもちゃんと質問に答える。
「遭難って……ここは迷宮じゃないのですよ」
精神年齢が高いのか、子供にしては何処か大人びた口調で話すので子供特有の無邪気な雰囲気が微塵も感じられない。
「でもここに来るの初めてだしものすごく広いし……」
何も知らない零時からしたらここは図書館というより図書館の形をした迷宮と言った方がいいだろう。
「あの……あなたは……?」
今度は零時が少女の名を聞く。
「私はソフィア。ソフィア・フィロソファー。この本棚、“叡智の書架”の番人なのです」
「あ、じゃあ、ソフィアさん、この本の事、何か知りませんか?!」
零時はソフィアに祖父の本を見せた。
「!!!」
ソフィアは声を発さなかったが、本の表紙を見てすべてを理解したかのような顔をした。
「遂に現れたのですね。最後の聖鍵士が…」
「へ?せいけんし???」
零時は首を傾げる。
ソフィアはアーチから飛び降りて着地すると零時に手を差し伸べる。
「行きましょう。あなたはこれから知らなければならない事があるのです」
零時はソフィアの真剣な眼差しを見て生唾を飲んだ。
02:ようこそ。叡智の書架へ。
「さっき叡智の書架って言ってましたけど……なんですかそれ?」
零時はこの不思議な空間について尋ねた。
「アカシックレコードというものを知っていますか?」
「アカシックレコード……あー、なんかあの某やりすぎてる都市伝説の特番で見たことある気が……確かこの世界の全ての事が記録されている空間っていうやつですよね?」
「そう。それ。この空間こそ、そのアカシックレコードそのものなのです」
「ここが?」
零時はこの本棚の正体に妙に納得した。
「そう……ですよね。じゃないとこんなに本を置いてないですよね」
「そうなのです。この本棚にはあらゆる情報が記された本があるから膨大な数の本が所蔵されているのです」
「え?あらゆる情報って……なんでも知ることが出来るんですか?」
「できるのです」
「じゃあ例えば……コカ・コーラのレシピはあったりするんですか?」
零時がソフィアに質問したコカ・コーラのレシピは世界で2人しか知らないと言われている。もしそれが簡単に知ることが出来るのならばここがアカシックレコードだと信じられると考えたのだ。
「検索しますか?」
「え?検索?」
「まぁ見ているのです」
ソフィアは零時に背中を向ける。
「コカ・コーラ レシピ」
そう言うと1冊の本がソフィアにめがけて直線的な動きをしながら高速で飛んできた。
本はソフィアの前でピタッと止まり、ソフィアの手中に収まる。
「はい。この中に書かれているのです」
ソフィアが零時に渡したのは表紙にコカ・コーラのロゴが書かれた本だった。
「何ページかな?」
零時が本を開こうとすると本が自動的に開いた。
「うわっ」
零時は少し驚く。
そしてレシピのページで止まる。
「はぁ~~っっ」
零時はレシピを見て感心する。
「あれ?戻すにはどうしたら……」
「本を手から離せば戻っていくのです」
「え?あ、はい」
零時が本から手を離すと落下せず真っすぐ所定の位置に戻る。
「まだ見たいもの、ありますか?あと2冊までならいいのです」
「え?そうですね……じゃあ……織田 信長が最後どうなったのか見られます?」
「分かったのです」
ソフィアはまた零時に背中を向ける。
「織田信長 生涯」
そう言うと今度は織田 信長の家紋である織田木瓜がデザインされた紫色の本が飛んでくる。
「えっと……最後のページかな……?」
そう言いながら零時は終盤のページを読むと目を丸くした。
「どうです?」
「……なんか……歴史の授業って意味あるのかなって思いました……」
「あるじゃないですか。受験とか」
「まぁ、それもそうですけど……」
零時が本を手から離すと本は自然に本来の位置に戻っていった。
「あと1つ、何を検索するのですか?」
検索できるチャンスはあと1回。零時は誰も考えなさそうなものを検索してみたくなった。色々あるが、零時はある答えにたどり着く。
「あ!そうだ!僕について検索してみたいです!!」
「自分について検索すると凹むかもしれないのですよ。それでもいいのですか?」
「えっ……」
零時はなんだか少し怖くなったが好奇心のほうが勝っていたので頷いてしまう。
「分かったのです」
ソフィアは検索を開始する。
「時宮 零時」
すると数えられないほど大量の本が飛んできた。
「うわ!こんなにたくさん?!」
「あなたの家族や友人の事まで検索ワードに入っているから沢山あるのです。ここから絞り込めば……“最後の聖鍵士”」
すると本の数が一気に18冊にまで減った。
「はい。この本の中にあなたについての略歴などが書かれているのです」
ソフィアは零時にターコイズカラーの本を渡す。
「この中に……僕の事が……」
表紙を見てみると確かに自分の名前が書かれている。
この中に零時についてのあらゆる情報が書かれているのだ。
零時は空恐ろしくなったが怖いもの見たさで開いてしまう。
・時宮 零時
・西暦2003年6月10日0時0分0秒に誕生。
「あなた、0時ぴったりに生まれたからそんな名前だったのですね…」
「そんなってなんですか。“そんな”って。……まぁ確かに名前の由来はそうですけど」
・趣味は読書。特に読むジャンルは冒険小説。一番好きな小説はジュール・ベルヌの海底二万マイル。
「あ、すごい。ちゃんとこういうのも書かれてるんだ」
零時は感心する。
・服はワイシャツとベストを好んで着る。友人から高校生なのにサラリーマンのような恰好をしていると思われがちだがこれは父親である時雨の服の趣味が由来しており彼なりのファッションである。
零時は友人に自分の私服について特に何も言われたことはないが、嫌な評価をされていた事実を知ってしまいショックを受ける。
・勤勉な父、時宮 時雨と心優しい母、時宮 美幸に育てられ、頼みごとを断れず人に都合よく使われるタイプのしっかりとはしているが非常にお人好しな性格をした人間として成長した。
「・・・・・あの、僕の評価酷くないですか?」
「だから凹むかもしれないって言ったのです。アカシックレコードは人間を客観的に評価するのです」
「うぅ……」
零時は何も言い返せない。
そんな零時を横目にソフィアはおもむろに零時の人生が書かれた本を読み始める。
「西暦2018年9月7日4時39分37秒、中学校の帰り道でいかがわしい本を拾う。家に持ち帰るが途中で怖くなり」
零時はソフィアが読んでいる15歳~16歳の頃の人生が書かれた本の一節を音読しているのを聞き、何を読んでいるのか理解し顔が真っ赤になる。
「うわー!やめっやめてー!」
零時は思わず顔を隠した。
「満足しましたか?そろそろ本題に入りたいのですが」
「あ、はい。満足しました。ありがとうございます。だからこれ以上読まないでくださいお願いします」
零時は土下座をした。
「さて、行くのです」
ソフィアは歩き始めた。
~それからしばらくして~
「疲れた~~~……まだつかないんですかぁ?」
「もう少しなのです。これくらいでへこたれるなんて、男として情けないと思わないのですか」
零時は歩きすぎてもうヘトヘトになっていた。たいしてソフィアは汗一つ流していない。
「な……なんでこんなに歩けるんですか……」
「慣れてるから……って言いたいところですが私に魔力補助が効いてるのもあるのです」
「それ……僕にも使ってもらえないものなんですか?」
「使いたいのは山々だけれど諸事情により出来ないのです」
「そんなぁ~なんでぇ~?」
サラッとソフィアは自身が魔法を使えることを暴露したが、スタミナ切れの零時にそんなことは心底どうでもよかった。
そうしてまたしばらく歩いていると零時は脚に限界がきてその場に座り込んでしまう。
それを見てソフィアは呆れた顔をして溜息を吐く。
「休憩しますか?」
ソフィアは自身が持っていたハンカチを白黒のタイルの床に広げると魔法でハンカチをレジャーシートくらいの大きさに巨大化させる。
「ティーカップ アフタヌーンティー」
ソフィアがそう言うと金色のロココ調の模様が描かれ、カリグラフィーでタイトルが書かれた本が二冊飛んできた。
ソフィアはティーカップとアフタヌーンティーの写真が載っているページを開いてレジャーシートとなったハンカチの上に広げると、写真の中に手を伸ばし、写真からティーカップとアフタヌーンティーを取り出した。
現実では不可能なことを当たり前のように行うソフィアに零時は圧倒される。
ソフィアはティーカップに紅茶を出現させ、零時に差し出す。
「飲みますか?」
「あ、いただきます」
零時はティーカップを受け取る。
ソフィアは上品にティーカップを持って、紅茶の香りを楽しみ、音を立てずにクッと飲む。
「……カップの輪っかに指入れた方が持つの楽じゃないですか?」
ソフィアのティーカップの持ち方に零時は地味な疑問が生じた。
「ティーカップのハンドルに指を通すのはマナー違反。親指、人差し指、中指の三本でつまんで持つのがティーカップのテーブルマナー。強要はしないのです。強要して不快な思いをさせる方がマナー違反ですから」
あまりに完璧な答えに零時は言葉が出ない。
ソフィアはティーカップをソーサーに置いて零時を見る。
「せっかくだからここで話しておくのです」
その目は真剣だ。
「な、何をですか?」
零時はその目を見て少し緊張する。
「あなたのお爺さんと、あなたのこれからについて」
「僕の……これから?」
二人の間に僅かに緊張した空気が走った。
聖剣の書架第2話ご拝読ありがとうございます。
ちなみに10話までは書き溜めてあります。(その後が心配だけど汗)
今後もどうぞよろしくお願いします。