壱頁:遺された本
この小説を読もうと思ってくれたそこのあなた、作者は小躍りし始めるほど嬉しがっています。
お気に召されるかどうかは分かりませんがせいぜい頑張りますのでよろしくお願いします。
温室のようにガラス張りになっている天井。白と黒のタイルが寸分の狂いもなくぴったりと敷き詰められた床。塔のように積み重ねられた大量の本。高さ5メートルはあるのではないのかと思うほど巨大な本棚。
そこは世界のありとあらゆる概念、事象、物事を記録しているといわれる次元、アカシックレコード。この空間は歴史上ノストラダムスのみが介入できるといわれていたが、実は違った。
その証拠に見渡す限り無限回廊の如く広がる本棚が支配する空間に彼女は、いた。
「私のマスターはいつ現れるのでしょうか……」
彼女は天を見上げガラス張りの天井をその透き通った双眸で見つめる。
何もない。ただ真っ白なだけの空を見て、孤独の涙を彼女は浮かべた。
01:遺された本
ロココ調の家具と本棚に囲まれた部屋。
そこには自分と同じくらいの大きさがある分厚い本を読む幼い少年とロッキングチェアに揺られながらくつろぐ老人がいた。
ここは恐らく老人の書斎だと思われる。
「零時、こっちにおいで」
「なに?おじいちゃん」
零時と呼ばれた少年は老人に近づく。
老人は立ち上がり、机の引き出しから組木細工のからくり箱を取り出す。
そしてロッキングチェアに腰を掛け、零時の前でそのからくり箱のからくりをパキン、パキンと心地よい音をさせながら解いていく。
カコッ
からくり箱の天面が開くと、その中から鍵が出てきた。
「これは……?」
「ちょっと待ってな」
老人はまた立ち上がり、
本棚の中から一冊の本を手に取り、鍵を持ちながら本が入っていたスペースに手を伸ばす。
カチャッ
本の奥に鍵穴があったのだろうか、鍵が開いた音がする。
するとその右の本棚が奥に下がり、右にスライドする。
そして奥に隠されていた別の本棚が前にせり出してきた。
本棚と言っても本がピッタリとはまるサイズの四角い穴にはめ込まれる形で置かれている為、この本がいかに大切なものなのか子供である零時でも言われずとも雰囲気で理解できた。
老人は本を手に取り零時に渡す。
「ワシももう長くない。これを零時に渡しておこうと思ってな」
その本は零時が先ほど読んでいた本より更に分厚く、ズシッとした重みが段違いにあった。
「これ……ん?なんてかいてあるの?」
その本の表紙には零時が見たこともない文字でタイトルらしきものが書かれていた。
「いつか分かる日が来る。零時、よく聞きなさい。この本を決して誰にも渡してはならないぞ。たとえそれが零時のお父さんやお母さんでもだ。零時だけが知る秘密の場所に、この本が必要になる日が来るまで隠しておきなさい」
零時は突然祖父が渡してきた本に混乱しながらも素直に受け取った。
それがいつの日か、自らを壮大な物語に巻き込んでしまうことも知らずに……。
~それから12年後~
「あ、これ……懐かしいなぁ」
時宮 零時は今住んでいる家を引っ越し、祖父が住んでいた家に住むことになったので自分の部屋の片づけをしていた。
そして片づけが終わりを迎えている頃に押し入れの天井裏が外れていることに気が付き、覗いてみたらひどく埃を被った1冊の本を発見した。
零時は息を吹きかけ埃を払うと、かなり昔だが見覚えのあるデザインの表紙が見えてきた。
「これ結局分からないままなんだよなぁ……」
その本には見たこともない文字で書かれた文章が敷き詰まっており、本の中を見る以前に表紙すら解読不可能であるため零時はいつしかその本に興味をなくし、祖父に言われた通り零時しか知らない場所、つまりこの押し入れの天井裏に隠したまま何年もの月日が流れていたのだ。
本自体には興味は無くなってしまったものの、数年前に亡くなった祖父との約束は守りたいという意思は零時の中にあった。
零時は本を新聞紙で包みカバンの中に入れて、私物が詰まった段ボールを1階に降ろす。
荷物は引っ越し業者がトラックに運んで行ったので零時は埃まみれになった服をワイシャツとベストという高校生にしては少し背伸びしているようにも見える服に着替え、父が運転する車の後部座席に乗る。
車が進み、やがて住宅街を通りビル群が見えてくる。
「・・・・・」
ぼんやりとビル群を眺めているとビル群の間を、巨大な翼を持ち、強靭な朱い鱗に身を包み、鋭い牙を口にのぞかせた西洋竜……いわばドラゴンのようなものが飛んでいた。
「……え!?ドラゴン?!」
零時は幻覚が見えたのではないのかと思い目をこするとドラゴンのようなものは居なくなっていた。
「零時、どうしたの?ドラゴン?」
助手席に座る零時の母は振り向いて怪訝そうな顔をしながら零時の顔を見る。
「あ、いや、なんでも」
「どうした零時?こんな短時間に夢でも見たのか?」
零時の父は笑いながらそう言う。
「ははは……僕疲れてるのかな……?」
変なものを見た人が言うお決まりのセリフを吐いて、零時は眉毛をハの字にしながら苦笑いをした。
祖父母の家に到着すると、零時の祖母が玄関で待っていた。
零時の両親は引っ越し屋を待つと言い、零時だけが先に車から出た。
「零時!久しぶり」
零時の祖母は相変わらず元気そうだ。
「久しぶり。おばあちゃんも元気そうで」
零時の祖母は首を横に振る。
「ううん。もうあの人が亡くなってから気力も体力もだいぶ衰えちゃってねぇ」
零時の祖母は笑ってはいるが明らかな寂寥感を感じる。
零時は祖母の答えに話の切り口を間違えたと思い反省する。
「あ、あのさ、僕の部屋ってどこになるのかな?」
「あぁ、案内するわ。ついてきて」
零時は靴を脱いで揃え、祖母の後を追う。
「ここよ」
ガチャ
ドアの向こうにはとても懐かしい雰囲気を漂わせた空間が広がっていた。
祖父の使っていた書斎だった。家具の位置を始め何から何まで当時のままだった。
「あの人、自分が死んだらどうしても零時にこの部屋をあげたいって言ってたの。大切に使ってね」
「うん……」
ドサッ
零時が肩にかけていたカバンがずり落ちるが、零時は全く気にしていない。
零時はこの部屋に入った瞬間から当時の記憶が凄まじい勢いでよみがえり、懐かしさがこみあげくる。
すっかり夢中になっている零時を見て祖母は笑いながら零時の邪魔をしないようにとそっとドアを閉じた。
「懐かしいな……おじいちゃん、ここでいろんな話をしてくれたっけ……」
ロッキングチェアに座ると祖父の視点からこの部屋を見渡すことが出来る。いや、もう零時のほうが生前の祖父より身長が高いので祖父より高い視点だろう。
「あ、そういえばこの本をくれたのもこの部屋だったよね……」
零時はカバンの中から新聞紙に包まれたあの本を取り出し、新聞紙を取る。
そして本を膝に置いてページをめくる。
読むことはできないが、この本の存在自体が零時と祖父を最も繋ぐ物品だった。
零時は当時の記憶を再確認しながらページをめくり続ける。
ページをめくっていると1ページに大きく魔法陣のような模様が書かれたページが出てくる。
「あれ?こんなページあったんだ」
零時はそのページをまじまじと見つめる。
「なんか…かっこいいなぁこれ」
ピ―・・・・・
零時が模様を見ているとどこからか緑色の光の線が模様の中心を狙うかのように伸びてくる。
「へ?!なにこれ?!」
零時は突然のことに驚き立ち上がり本を移動させるが、その光はちゃんと模様を狙って照射され続けている。
殺し屋でもいるのだろうかと疑いたくなるほどその光は零時に合わせて動き続ける。機械的な動作のそれとは訳が違う。
零時は気味が悪くなって本を閉じようとする。
「あ、あれ?!あれ?!」
本が閉じない。どんなに力を込めても石のように固くなり閉じる気配がない。
「ど、どうしよう?!ってかどうなってんの?!」
零時は慌てていたが、その光は急に消えた。
「あ、消えた……」
状況は飲み込みきれてないが、とにかく光が消えたことに安心する。
光が消えたのと同時に本も普通に閉じられるようになった。
「ビックリしたぁ…この部屋にこんな装置あったの?」
零時はため息をつきながらロッキングチェアに座る。
ガコッガコガコッゴゴゴゴ……カコンッ
「は?!」
零時は部屋の本棚の壁の奥から聞こえる重いものを引きずるような音に驚き飛び上がる。
零時はもしかしたらこの本棚は隠し扉がついているような特殊なものなのではないかと考えた。
扉の奥には見たこともない部屋や隠し財産、歴史的お宝が眠っているのかもしれないと思うと胸の高鳴りが止まらない。
しばらく待っていると本棚がスライドして人一人入れるサイズのゲートが完成した。
「すご……」
零時は起きること一つ一つに驚き遂に完全に語彙力を失った。
ゲートの奥は真っ暗。一寸先は闇とはこのことなのかもしれない。
入ろうにもこの暗さは流石に不安になる。
スマホのライトをつけて零時はゲートの奥へと進もうとする。
「よし……行ってみますか……」
零時が進もうとすると、闇の奥から一筋の光が見えた。
「え?」
そしてその光はどんどん大きくなってゆく。
「え?!これ、行くんじゃなくてそっちから来るパターン?!」
ゲートから光が漏れ出て零時の体を包み込む。
「え?!え?!え?!」
視界が真っ白な光に支配される。
「うわああああああああ!!!!!!!」
零時は状況も飲み込めず、何も分からないまま意識が遠のいていった。
拝読ありがとうございます。
連載なので毎週投稿していこうと思いますが現在別の作品の構成を考えているので難しくはなりそうですが頑張ろうと思います。