#6 桜色の君へ
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それでは今回もお楽しみください!
『――ぐれん、しっかりするのだっ!』
「っ…………!」
何故だ……何故俺を呼び止める。
こんな俺なんかを呼び止める理由なんて、聖剣には無いはずなのに。
『しっかりするのだ! ああもう……体が濡れたままだから、冷えてきてるのだ……』
ああ、そういうことか。
体が濡れ切って、冷えているから。だから、だんだんと意識が遠くなっていく感じがするのか。
『もう、何なのだ……! 数百年ぶりに出会えた人間がこんなだなんて!』
数百年ぶり、か。
それだけ長い間この聖剣はここに一人でいたんだな。
って、それよりも。今こいつは……。
「――やっぱり、お前も俺のことをそうやって見下すんだな……」
この世界に、俺の居場所なんてもう無いんだ。
だから、早く死んで……もう何も考えたくないや。
『ばっ……ちがっ! 今のは別にそういう意味で言ったんじゃ……』
「誤魔化さなくてもいいって。誰だって追い詰められれば本音を吐くものだ。お前が俺のことを『こんな人間』って言ったのは、それがお前の本心だからだろう?」
相当イラついている様子だったしな。
やっぱり、俺なんかが聖剣に選ばれて人生逆転――みたいなのも考えるだけ無駄なようだな。
『はぁ。分かった、もういいのだ』
「そう、だ……早く俺のことは諦めて、大人しくしてて――」
『うるさああああああああああああああい! 黙るのだ!!!!!』
「は、はいっ!?」
聖剣様は、いきなり大声で俺を再び呼び止めた。
その言葉の『圧』に負けて、薄れかけていた意識は完全に戻ってきてしまっていた。
『いいかぐれんっ!』
「はい!」
『ワタシはお前のことを諦めない! 絶対に見捨てないと、今決めた!』
「で、でも俺なんかを……」
『なんか、じゃないのだ! ワタシは、優しいお前だから一緒に居るって決めたのだ!!』
「ッ……!」
瞬間、俺の目からは涙が溢れそうになる。
この世界に来て、初めて俺に手を差し伸べてくれた人。俺を、許してくれた人。
そんな人と、まさかこんな出会い方をするなんて。
驚きと、嬉しさと……悔しさと寂しさがごちゃ混ぜになって……
『やっと、本当の感情を見せてくれたな……ぐれん』
「あ、れ……俺、泣いて……?」
ポロポロと涙がこぼれるのが分かった。
止めようと思っても、我慢しようと思ってもダメだった。意識すればするほど、溢れ出て止まらなくなってしまうのだ。
『ワタシと一緒に、居てくれるか?』
そう言った聖剣は、目には見えないはずなのに、目の前で俺に手を差し伸べている……そんな気がして。
それに応えるために、俺は聖剣の近くまでゆっくりと歩み寄った。
「俺は、弱い……。弱いから、居場所を失った」
『ぐれん……』
「居場所を失ったから、俺は一人になった。一人になったから、死ぬしかなかった」
『…………』
「でも……でも! こんな俺でも、お前は俺に手を差し伸べてくれるのか……? 本当に、俺なんかでいいのか?」
『ああ。何度も言わせるな、ワタシはお前がいいのだ。ぐれん!』
――ああ、なんてあったかいんだろう。
こんな気持ちになるのはいつぶりだろうか。
「――ありがとう。お前の気持ち、すごいあったかかったよ」
俺は、言いながら聖剣を手にする。
すると聖剣も、それに呼応して桜色の輝きを増していく。
『もう、ずっと一緒なのだ。お前が、孤独に押しつぶされないようにな』
「ははっ、随分とかっこいいことを言うんだな」
『なにを! ワタシはれっきとした女だぞ――』
「――俺、お前が人間だったら絶対惚れてただろうな。それくらいには、お前の事好きだぜ?」
心から出た、素直な言葉だった。すると。
『ばっ、ちょ、な、何を言い出すのだ! すきとか、そんな面と向かって、そんなごにょごにょ――』
珍しくコイツは取り乱していた。
「なんだか可愛いな、お前」
『ぎゃあああああああ、もうやめるのだああああああああっ!』
寒空に、彼女の嘆きは響いていった。
◇◆◇◆◇
「そういえば、お前に名前は無いのか?」
『名前? そういえば……何か、あったような……うーん』
「もしかして、忘れたのか?」
『うむ……そうみたいなのだ。昔は何か名前があったと思うのだが、もう忘れてしまったのだ!』
「なら、さ。新しく俺が付けてもいいかな、名前」
『ほんとなのだ!? もちろんいいのだ! 過去は過去、今は今、なのだ~!』
「それじゃあ、お前の名前は――――」
出会った時、君は桜色に輝いていたんだ。
とてもそれが印象的だった。純粋に、心から綺麗だと思ったんだ。
だから、僕は。君にこの名を送るよ。
――桜花、と。
【topics】★聖剣について
聖剣『桜花』は、金色に輝くロングソードである。
片手剣よりは長く大きく、両手剣よりは小さく短い、金色の派手めな剣。それが聖剣である。