#12 絶望の時
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それでは今回もお楽しみください!
「本当に、本物の影咲なんだよな……?」
「うん、本当に本物の私だよ?」
やべぇ。こんなところで再会できるとは思ってなかったから、正直嬉しいって感情よりも驚きの方が大きい。
けど、けど……やっぱ、嬉しいもんなんだな……。
――彼女の名前は『影咲奏』という。
俺の想い人で、学校でも清楚系黒髪美少女として密かに人気を博していた美少女だ。
そんな彼女が今、黒い外套とそれについたフードをしっかりと着こんでこんな路地裏なんかにやってきていることに、俺は疑問を覚えた。
「って、どうして影咲はこんなところに? それにその恰好は……」
「そ、それはね――」
「――クソッ、どこに逃げたんだあの異世界人!」
「――隊長! こちらで目撃情報が!」
「――なんだと! すぐに話を聞かせろ!」
やけに周囲が騒がしいな。
どうやらさっきの騎士たちが何かを探して戻ってきたみたいだ。
「ひ、緋神君……少し、場所を変えよっか」
「あ、ああ。そうだな」
影咲の言葉に頷いた俺は、そのままそそくさと路地裏を立ち去った。
それにしても、さっきのあの騎士の言葉……。
『異世界人が逃げた』、って言ってたな。
そして影咲のこの様子に、顔を隠すようなこの恰好……。もしかして、その逃げた異世界人って――
「ちょ、ちょっと待って。影咲」
「ど、どうかしたの? 緋神君」
俺は、路地裏を抜け出る前に影咲を引き止めた。
「まさかとは思うんだけど……影咲、逃げ出してきたのか?」
「……っ」
「一体、どうして……まさか、何か酷い目に合ったのか?」
「…………分かった。隠す必要もないし、全部……話すね」
そう言うと、影咲は震えた様子で俺の方に向き直った。
そして、何度か深呼吸をした後――
影咲は、俺に腕をまくって見せてきたのだ。
そこには、いくつかの痛々しい切り傷があった。
まだ傷も完全に塞がっていないようだし、血も流れ出ている。
どうやらその傷は、まだ新しいものらしい。
「そ、それは……?」
「聖堂会の、あのおじさんに付けられたの……」
「ッ……!」
あのおじさん、って……レバンスか……!
やっぱりあの老人、ロクなやつじゃなかったか!
「それと、ね――」
何か恥ずかしそうにその場でプルプル震えた影咲がそう切り出して、そしてやがて、意を決したように着ていた外套を少しだけめくって見せてきた。
「ば、ちょ、いきなり何して――――え……?」
俺は、ちらっと見えたその中身に驚いた。
――影咲は、何も着ていなかったのだ。正確には外套一枚を羽織っているだけで、その下には何も着ていないという状態だ。
こんなことはおかしいのだ。
だって昨日は、この世界にやってきたばかりで……みんな学校の制服を着ていたはずだ。
それに、異世界人は能力値が高くて、国の切り札として育成すると言っていたから待遇だってそれなりにはいいはずなのだ。
なのに、どうして影咲はこんな格好をして、あのじいさんに傷つけられてるんだ……ッ!
「私、ね――」
そうして、影咲は今までに何があったかを話し始めた。
「私、他の人よりも能力値が異常に高かったらしいの」
「それで、私だけやけに特別扱いされて……最初はお嬢様みたいな待遇だったんだけど、あの人たちが来て……」
「そこで、緋神君が追放されたって聞いて……居ても立っても居られなくなって……」
「何とか逃げ出そうとしたんだけど、別の場所に連れていかれちゃって……」
「そこで、私は、私は――――」
そこまで言うと、影咲の身体は再び小刻みに震え出した。
今度は恐らく、恥ずかしさからくるものじゃなく……恐怖からくる震えだ。
すすり泣くような声も聞こえてきた。
「大丈夫……言いたくないことは、言わなくてもいいんだ」
「あり、がとう……。でも、言わせて」
まだ震えてるのに、影咲は頑張って話そうとしていた。
よっぽど怖い思いをしたのだろう。そう思っていると、
「――服を、無理矢理脱がされたの」
え……
「そして、血をよこせ、血をよこせって言われて……必死に抵抗したけど、向こうはナイフで襲い掛かってきて……」
そんな事、一体誰が……ッ!
「せっかく一度は無事に逃げ出せたのに、王様に見つかって、捕まって……それで襲われたの……」
カルマ、王か……ァッ!
「必死に、必死に抵抗して……何とか逃げ隠れて……それで、今こうして緋神君と出会えた……だけど、私――」
影咲は、そこまで言ってその場に崩れながら泣いていた。
俺はその様子をただ静かに見守ることしかできなかった。
俺に……もっと力があれば……!
俺に、もっと勇気があれば……ッ!!
「影咲――」
触れたい。今すぐに、抱きしめてあげたい。
でも、俺には――その資格がない……。
「ごめんね、こんな、話を聞かせちゃって……」
「いや、俺は別にそんな……」
「緋神君も大変だったのに、自分の事ばっかりで……ほんとダメだな、私……」
そんな訳、無いだろ……ッ!
「それじゃあ、もう行くね……私といたら、緋神君まで不幸になっちゃうから……」
「っ…………ちょっと待っ――」
急いで立ち去ろうとする影咲を引き止めようと、俺が腕を伸ばした時だった。
ガアアアアアアアアンッッッ!!!!!
という轟音がすぐ近くで聞こえてきて。
そこからは、全てが一瞬のうちに駆け抜けていった。
ドスッ――
という鈍い音が目の前から聞こえてきて。
ドサッ――
という、人の倒れる音も続けて聞こえた。
「え……?」
俺はただ驚くことしかできなくて。
絶望することしかできなくて。
「ククク……芽は早いうちに摘んでおくに限るな」
目の前に突然現れた、禍々しい容姿の男はそう言った。
その右手は、赤く染まっていた。
「ほう、聖剣に選ばれた人間か。また会うとはな。何とも奇遇な話だ」
「お前、は――」
「私か? 私は――」
――魔王だ。
男は、そう言って消えた。
この日、世界には魔王の復活が告げられた。
しかし、そんなことはどうでも良くて。
この 日。 俺の 目の前 で、影咲 が
――――死 ン ダ。
【topics】★今回の話の補足
影咲ははじめに聖堂会の面々に襲われた際は、服を脱がされ血を奪われようとしただけ。
儀式に必要な分だけ確保した聖堂会の面々は影咲を放置し、儀式を開始。その隙に影咲は脱走。
直後、勝手に儀式を行った聖堂会の元にカルマ王が詰め寄り、影咲の逃亡を知る。
影咲を追って、王本人が彼女を発見するが、そこでも影咲はなんとか逃亡に成功。
しかし、ヴェインの街まで追手はやってきて、その騒ぎをたまたま知った魔王が彼女を今後の脅威と考え殺害に至った。