エピソード4 新たなる希望
さて、菟狭 (現在の大分県宇佐市)を訪れた、狭野尊 (以下、サノ)一行は、菟狭の民が建造した足一騰宮にて歓待された。
歓待・・・すなわち宴が催されたのである。「記紀」では、これを大御饗と表現している。簡単にいえば、大宴会ということである。
宴もたけなわ、ここで菟狭の長、菟狭津彦 (以下、彦)が、ある一人の女性を紹介した。それは、彼の妹、菟狭津媛 (以下、ヒメ)であった。
ヒメ「お初にお目にかかりまする。うちが、ウサツヒメっちゃ。以後、お見知りおきを・・・。」
ここで兄の菟狭津彦がツッコミを入れてきた。
彦「そうじゃなかっ! わがん(おまえの)想いを伝えるち、言うたじゃろうが。」
ヒメ「えっ!?」
彦「えっ!? じゃなか。嫁にしてくれち、お願いするこつ(こと)になっちょったろうが。」
ここで本編の主人公、サノが菟狭津彦に尋ねた。
サノ「どういうことっちゃ。わしの嫁になりたいんか?」
ヒメ「えっ!? い・・・いやっ! そんな髭もじゃ!」
サノ「髭もじゃで悪かったな。で、誰の嫁になりたいっちゅうことなんや?」
ヒメ「そ・・・それは・・・。」
彦「ああ、ひちくじいこつ(だらだらくどいこと)言わんで、はよ(早く)お願いせいや。」
ヒメ「あ・・・あの、あんたはうちのこつ(こと)、好きなん?」
菟狭津媛の視線の先にいる人物は、サノではなく、マロ眉の家来、天種子命であった。
天種子「えっ!? マ・・・マロか?」
ヒメ「菟狭に着いた時から、うちのこと、ずっと見てたやろ?」
サノ「なっ!? まこっちゃ(ホントに)?」
天種子「えっと、ええっと。まあ、その、てげぇむぞらしい(すごく可愛い)なあと。」
ここで筋肉モリモリの家来、日臣命がツッコミを入れてきた。
日臣「あ・・・あまのたねっ! 言葉が、言葉が、地元の言葉に戻ってるっちゃ。」
小柄な家来の剣根もツッコミをいれる。
剣根「マロ言葉を忘れるくらい、動揺している天種子を見たのは初めてじゃ。」
天種子「なっ!? なっ!? えっと、ええっと。」
サノ「ああ、しんきな(イライラするな)。てにゃわん(仕方ないな)。わしが言ってやる。」
剣根「えっ!? 殿? 何を?」
サノ「菟狭津彦殿、汝の妹御をよめじょ(嫁)にしたいっちゃ。わしにくんない(ください)。」
ここで、長兄の彦五瀬命(ひこいつせ・のみこと。) (以下、イツセ)のツッコミが炸裂。
イツセ「な!? 何を言うとるんや。おまえがもろても(貰っても)、意味ないやろうが。」
サノ「兄上、これはわしの言葉やない。天種子の心の声やかい(だから)。」
イツセ「おい、あまのたねっ! はよ(早く)自分の言葉で言わんかい!」
天種子「う・・・うさつひこ殿、汝の妹御をよめじょにしたいっちゃ。わしにくんない。」
日臣「そのまんまっちゃ! 殿の言葉と一言一句変わっとらん!」
彦「で・・・では、うちの妹を貰っていただけるので?」
天種子「あ・・・当たり前やないか。マロの嫁になるんわ、ウサツヒメのほかにあらしゃいません。」
ヒメ「まこち(本当に)嫁に貰ってくれるんかえ?」
天種子「ま・・・まこち・・・ホンマや。マロの想いは、ほんまもんや。」
こうして、世紀のカップルが誕生したのである。なぜ世紀のカップルなのかというと、この夫婦から、伝説の一族の物語が始まるからである。その名も、摂関家。天種子は中臣氏の先祖。そして、そこから派生する藤原氏の先祖なのである。
その日の夜、寝所で二人は語り合った。
天種子「マロのじいちゃんはな、天児屋根命といってな、すごい人なんや。」
ヒメ「どんなお方なん?」
天種子「天照大神が天岩戸にお隠れになった際に、祭祀を取り仕切ったんが、マロのじいちゃんや。それだけやないで。殿の曾祖父、ニニギ尊の天孫降臨の際には、一緒に天下りしたんや。」
ヒメ「す・・・すごい。それで、あんたのお父さんは?」
天種子「親父か?親父は、天押雲根命といってな、ニニギ尊に天津水を持って降臨して奉ったと、摩氣神社の伝承に書かれておるな。」
ヒメ「摩氣神社? 初耳なんじゃけんど・・・。」
天種子「今の京都府南丹市園部町にある神社やな。昔の丹波やな。」
ヒメ「あんた! 南丹市も丹波も、未来の話よ!」
天種子「せ・・・せやったな。異国の言葉でいうたら、フライングっちゅうことやな。せやけど、伊勢国造の系図では、マロの父親は天波与命といって、天押雲根は祖父、天児屋根は曾祖父になってるんや。どっちがホンマやろな。」
ヒメ「どちらにせよ、うちとあんたの子孫が、この国の希望になるんやね。」
天種子「希望って、大げさやな。」
ヒメ「そんなことないっちゃ。この国の政治の在り方を大きく変え、サノ様の御一族が存続する礎になることは確かっちゃ。」
天種子「ほ・・・ほんまか?」
ヒメ「うちらの子孫が政治を司ったおかげで、政治と祭祀が分離され、幕府ができても、権力者が入れ替わっても、サノ様の御一族には、何の支障もない状況になったんやけん、これはどう考えても、うちらの子孫の功績っちゃ。」
天種子「マロとおまえの子孫は、すごい奴らやなあ。」
ヒメ「さあ、あんた、今夜から伝説が始まるに。新たなる希望が生まれるけん。」
天種子「ぎょうさん(たくさん)新たなる希望を産んでくんない(ください)。」
だが、結局、新たなる希望は一人しか生まれなかった。宇佐津臣命である。では、宇佐津臣さん、自己紹介お願いします。
菟狭津臣「はい。わてがウサツオミです。宇佐麻呂とも言います。安心してください。次に、ちゃんとつなげますよって!」
天孫一行は、菟狭の地に一か月ほど滞在したと伝わっている。