エピソード26 嫁取り物語
紀元前661年8月16日、狭野尊 (以下、サノ)の嫁取りについての会議がおこなわれていた。前回、候補にあがった媛蹈鞴五十鈴媛 (以下、タタラちゃん)についての情報が、徐々にではあるが、明らかとなる中で、衝撃の事実が発覚した。弟磯城こと黒速 (以下、クロ)が媛と同じ、大三輪神の子だったのである。
サノ「ちょっと待ていっ! なら、クロちゃんは、媛と兄弟ってことか?」
クロ「そうさ。僕が兄で、媛は妹さ。だから、三本足は僕の爺ちゃんってことになるね。」
そこに、剣根と五十手美 (以下、イソ)兄弟も口を挟んできた。
剣根「なら、わしらとクロちゃんは、従兄弟ってことになるのか?」
イソ「どうりで、なんか他人とは思えなかったんだよな。」
クロ「早く言いたかったんだけど、作者に口止めされててさ・・・。ちなみに、僕の別名は天日方奇日方命だよ。他にも鴨王という名前もあるよ。」
サノ「こっちも諸説ありってやつか・・・。」
クロ「ちなみに、賀茂氏の祖先とされてるよ。」
イソ「えっ?! それじゃあ、私と、かぶってるじゃないかっ!」
クロ「別系統の賀茂氏だよ。上賀茂神社や下鴨神社とは関係がないのさ。」
イソ「そ・・・そんなことが・・・。」
三本足「関係ねぇって言っても、オラの子孫ってことでは一緒だからな。まあ、遠い親戚ってとこだろうなぁ。」
剣根「そうかっ! 男系が五十手美で、女系がクロちゃんってことか。」
クロ「そういう見方が、分かりやすいかもね。」
サノ「なんか・・・媛の話から、ズレてきてるっちゃ。」
困惑するサノに対し、マロ眉の天種子命と、目の周りに入れ墨をした大久米命が吼えた。
天種子「とにかく、タタラちゃんをお妃に迎えましょう!」
大久米「それがいいです! 中つ国との融合だけでなく、出雲と高千穂との融合にもなります。」
サノ「確かに・・・。よしっ! 新しき国のため、好みでなかろうと、媛を抱くっ!」
こうして、サノは大久米命と共に、三輪山まで赴いた。
サノ「ちなみに、三輪山は奈良県桜井市にある山やじ。大神神社があって、大三輪神が祀られてるっちゃ。」
大久米「大三輪神は大物主神の別名ですよ。出雲の大国主大神の和魂と言われてます。」
サノ「優しい心っちゅうことやな。それじゃあ、わしと媛の結婚に反対することはないやろうな。」
大久米「そうでしょうね。台本にも、そんな記述はないんで、大丈夫だと思いますよ。」
サノ「大久米よ。それは異国の言葉で、フライング・・・。」
大久米「まあ、いいじゃないですか。」
サノ「ところで、狭井川って、三輪山から流れてるんか?」
大久米「その通りです。川の南側には、狭井神社があります。媛と父親の大物主神、母親の勢夜陀多良比売が祀られてますよ。」
サノ「神社には、薬井戸と呼ばれる井戸があって、神水を求め、二千年後も参拝者が多く訪れてるみたいやな。」
大久米「さすがは我が君っ! 三輪山は、水脈が幾筋も流れる、水が豊富な場所なんです。水不足の時は、大神神社の神主が山に登って雨乞いをしたそうですよ。」
サノ「なるほど・・・。では、三輪山は、中つ国での稲作を考える時、切っても切れない重要な存在っちゅうことやな。やはり、三輪の神様と血縁にならねば・・・。」
大久米「我が君は、いつも稲作のことを考えてますよね。」
サノ「当たり前やじ。最近、戦つづきやったが、本来の目的は、稲作を伝えることっちゃ。」
そんな話をしながら進んでいると、目的地が近付くにつれ、ササユリの群生が見られるようになってきた。
大久米「狭井川の畔には、ササユリの群生が見られたと『古事記』に書かれてます。ササユリの別名が『佐韋』ということで、狭井川と名付けられたんだとか・・・。」
サノ「わしらの時代は、そう呼んでたみたいやな。大神神社では、毎年6月に、ササユリを奈良市本子守町に鎮座する、率川神社に届ける『三枝祭』をやってるそうやじ。」
大久米「別名が『ゆり祭り』っていうみたいですね。酒樽にササユリを飾って、祭神を喜ばせるそうです。ちなみに、祭神はタタラちゃんです。」
更に進んでいくと、高佐士野という台地に出た。大神神社の北に位置する台地で、狭井川の上流である。そこに七人の媛たちの遊ぶ姿があった。
サノ「あっ! あれは・・・もしやっ!」
大久米「間違いないですね。その中でも、年長の女性が、媛蹈鞴五十鈴媛です。あれが、タタラちゃんですよっ! どうです? 我が君? 好みのタイプですか?」
サノ「うぅん。顔は好みじゃないっちゃ。」
大久米「そんな台本にないこと言っちゃダメじゃないですか!」
サノ「汝が最初にふっかけたんやろ?!」
大久米「では、我々の時代の風習に従って、歌を送りますよ。」
サノ「古代以来、身分の高い者が、直接、求婚することはないっちゃ。伝えに行くのは家来の役目っちゃ。」
大久米「あっ! そうだった! 謀られたっ!」
サノ「誰も謀ってないっちゃ。そのために汝を連れて来たんやじ。」
大久米「わ・・・私の歌がまずければ・・・それで、この国の未来は終わるんですね・・・。」
サノ「そう気張らんでもいいっちゃ。気軽に行けっ!」
大久米「これが歌垣という風習です。男女が野山に集まり、互いに歌を詠み合って、求婚する習俗です。」
サノ「解説する余裕があるんや。大丈夫っちゃ。」
大久米「お・・・大久米っ! 行っきまぁぁす!」
遊び戯れる七人の乙女のもとへ、入れ墨をした一人のおっさんが近付いていく。少し離れたところには、髭もじゃのおっさん。どう考えても犯罪にしか見えない状況が発生していた。紀元前661年8月のことである。




