エピソード20.5 忍坂、血に染めて
紀元前663年10月1日、狭野尊 (以下、サノ)一行は、祭祀に使った厳瓮の粮を食べ、武器を整えて出撃した。
サノ「厳瓮に供した神饌を食べることによって、神の御加護を得たというわけっちゃ。一種の験担ぎをやってから、出撃したんやじ。」
こうして、皇軍は国見丘の八十梟帥を攻撃した。サノの心理作戦は功を奏し、あっという間に撃破してしまった。
必勝を期していたサノは、ここで歌を謡い、想いを言霊に乗せた。
神風の 伊勢の海の 大石にや い這ひ廻る 細螺の 細螺の 吾子よ 吾子よ 細螺の い這ひ廻り 撃ちてし止まむ 撃ちてし止まむ
ここで、天種子命が解説を始めた。
天種子「歌の意味は・・・。神風の伊勢の海の・・・大石に這いまわっている細螺のように、細螺のように・・・我が軍よ! 我が軍よ! あの細螺のように、丘を這いまわって、必ず敵を打ち負かそう! 撃たずにおくものかっ! という意味にあらしゃいます。ちなみに、大石を国見丘に例えとるんや。」
続けて、目の周りに入れ墨をした大久米命も解説に加わった。
大久米「これが、セカンドシングル『プリーズ プリーズ ミー』だっ。覚えておいてくれよなっ。」
サノ「まだ、そのネタやるんかっ! それ禁止にしたはずっちゃ!」
大久米「だって、最近、出番がないんですもん・・・。」
サノ「分かった、分かった。では、大久米と道臣よ。汝らは、敵の残党を討ち滅ぼせっ。残党といっても、まだまだ多勢やかい(だから)、一気に殲滅するんやっ!」
道臣「じゃっどん、どうやって討ち滅ぼすんです?」
サノ「部屋というか屋敷を忍坂邑に作って、饗宴に誘って謀殺するんやっ。」
大久米「えっ?! そんなことして、敵がやって来るんですかね?」
サノ「来ると思うっちゃ! 台本通りに来るはずっちゃ!」
道臣「台本通りって・・・。とりあえず、饗宴用の屋敷を作れってことっちゃね?」
サノ「じゃが(そうだ)。周りを塗り固めた部屋がいいっちゃ。逃げられては、元も子もないかい(から)。ついでに『記紀』には登場せんが、味日も参加せよっ。」
味日「分かったってばさ!」
こうして、急遽、饗宴用の大きな部屋が、忍坂山の麓に作られた。塗り固めた壁に囲まれた部屋で、出入口が一か所しかない空間である。
道臣は、大久米たち久米部を集め、事前打ち合わせをおこなった。
道臣「まず、汝らには、膳夫になってもらうっちゃ。膳夫っちゅうんわ、給仕ってことやじ。八十梟帥の人数分、膳夫を付ける。剣を佩いて、給仕するんやっ。そして、酒宴真っ盛りの時、わしが立ち上がって歌うっちゃ。汝らは、その歌を合図に、一斉に八十梟帥を討ち取れっ。」
そして、予定通り、残党軍を宴に誘ったところ、サノの予言通りというか、台本通りというか・・・彼らは来たのであった。
残党軍は、謀略があることも知らず、油断して酔っぱらい、泥酔し、酩酊した。道臣は、宴もたけなわと判断し、立ち上がって歌った。
道臣「ニューアルバムから一曲、歌わせてもらうっちゃ。聞いてくんない。」
忍坂の 大室屋に 人多に 入り居りとも 人多に 来入り居りとも みつみつし 来目の子等が 頭椎い 石椎い持ち 撃ちてし止まむ みつみつし 来目の子等が 頭椎い 石椎い持ち 今撃たば善らし
大久米「忍坂の大きい室屋に 人がたくさん入っているが 入っていても構わない 御稜威を背負った 来目の子らの 頭椎の剣、石椎の剣で 打ち負かしてしまおう 今だっ! 撃つべき時は・・・って意味ですっ!」
歌を合図に、久米部の強兵たちが動いた。一斉に頭椎の剣を抜いて、賊兵を斬り殺したのであった。
味日「頭椎の剣は『かぶつちのつるぎ』とも読むんだってばさ。柄頭が、こぶし状にふくれてるのが特徴で、だいたい金属製だ。銅に金箔を貼ったものとかが一般的だな。石椎っていうのは、その部分が石製の剣ってことだってばさ。」
サノ「よくやったぞ! ところで、御稜威って何?」
大久米「さすがは我が君っ。読者のためですな・・・。御稜威というのは、天皇の威光ってことです。この場合、我が君の威光ってことですねっ。」
サノ「わしの威光が、御稜威なのか・・・。よだきい(面倒くさい)言い方やな。」
大久米「そんなこと言わないでっ!」
こうして、残党軍は全滅したと「記紀」には記されているが・・・。
サノ「そうじゃなかったってことか?」
天種子「そのようですなぁ。というのも、奈良県桜井市忍阪に、神護石というものが残っているそうにあらしゃいます。」
サノ「神護石?」
天種子「伝承によると、この石に隠れ、石垣を巡らし、矢を持ち、楯とした・・・と語られているそうにあらしゃいます。」
サノ「矢の応酬があったっちゅうことか?」
道臣「何名か、取り逃がしたのかも・・・。」
天種子「ちなみに、地元では神護石が訛って『ちご石』と呼ばれているそうにあらしゃいます。」
サノ「どういう風に訛ったんや?!」
味日「それから、周辺地域は大室町って呼ばれてるみたいだな。高台で見晴らしもいいんで、人を呼び集めるには、ちょうどいい立地条件だったんじゃねえかな。」
サノ「じゃっどん、令和年間の地図に、大室町なる地名が見えんが・・・。」
味日「地図には載ってないんですが、そう呼ばれてるんですよ。それから、忍坂山は、今の外鎌山のことだってばさ。」
サノ「とにもかくにも、残るは兄磯城の軍勢だけっちゃ!」
ついに、一行は、奈良盆地の入り口まで辿り着いたのであった。




