エピソード16 日本一受けたい授業
前回は三毛入野命のエピソードを紹介させてもらった。今回から、再び狭野尊 (以下、サノ)一行の物語に戻ろうと思う。
一行は、熊野の神による試練を乗り越え、天照大神や武甕雷神との邂逅を果たした。そして今、饒速日命の息子、高倉下が、説明を始めようとしていた。
高倉下「す・・・すみません。私が祀られている神社を紹介してもよろしいでしょうか?」
サノ「いっちゃが、いっちゃが(いいよ、いいよ)。命の恩人やじ。どんどん紙面を使ってくんない(ください)。」
高倉下「あの・・・和歌山県は新宮市に、熊野速玉大社という神社があります。」
サノ「そこが、汝の祀られてる神社なんやな?」
高倉下「いいえ、違います。」
サノ「へ?」
高倉下「そこから・・・ええ、ですから、二千年後で言うと・・・。」
ここで痺れを切らした日臣命が解説を横取りした。
日臣「熊野速玉大社から、南に約1キロの地点に、神倉山という山があるっちゃ。そこに鎮座する、神倉神社のことやじ。」
高倉下「そ・・・その通りです。神倉山とは、以前、サノ様が登られた天磐盾のことです。」
サノ「ああ、あの大きい岩があった山やな。」
日臣「かつては、あの岩を祀ってたみたいっちゃ。じゃっどん、そののち遷座されたそうでして、その折に、高倉下とアマちゃ・・・じゃない、天照大神が祀られることになったみたいっちゃ。社殿も、その時に建てられたんやじ。」
高倉下「そ・・・その通りです。もともとは・・・。」
日臣「そう! もともとは熊野速玉大神と熊野夫須美大神が祀られてたんやじ。」
サノ「日臣っ! 汝が説明するところではないっちゃっ! 高倉下に説明させろいっ!」
日臣「も・・・申し訳ないっちゃ。」
高倉下「で・・・では、説明させていただきます。熊野速玉大神は伊弉諾尊と言われています。熊野夫須美大神は伊弉冉尊と言われています。」
サノ「そんな大御所が祀られちょったのに、なして(なぜ)遷座したんや?」
高倉下「すみません。分かりません。不器用・・・ですから。」
サノ「いっちゃが(いいよ)。仕方なか。それで、移った場所が、今の熊野速玉大社なんやな?」
高倉下「そ・・・その通りです。ですから、熊野速玉大社は新宮、神倉神社は元宮と呼ばれております。」
ここで目の周りに入れ墨をした大久米命が乱入してきた。
大久米「ちなみに、遷座された年は、景行天皇58年です。西暦に直すと128年ですよ。」
サノ「わしらの時代より、ずっとあと・・・。じゃあ、わしらが来た頃は、岩しかなかったっちゅうことか?」
大久米「その通りですよ!」
サノ「高倉下よ。それでは、汝が祀られたのは、128年から・・・っちゅうことで、ええんやな?」
高倉下「そ・・・その通りです。不器用・・・ですから。」
サノ「不器用かどうかは、よく分からんが、一つだけ分かったことがあるっちゃ。」
高倉下「そ・・・それは、どういうことでしょう?」
サノ「わしらに試練を与えた熊野の神は、伊弉諾尊か伊弉冉尊だったかもしれん、ということやじ。」
高倉下「そ・・・それはどうでしょうか?」
サノ「えっ?! 違うんか?」
高倉下「く・・・熊野三山と言って、他にも二つの神社があります。熊野本宮大社と熊野那智大社がありまして・・・。つ・・・続きは、日臣殿・・・御願いします。」
日臣「御要望に応えて、説明するっちゃ。熊野三山には、先ほどの二柱の神様だけでなく、家都美御子大神という神様も祀られてるっちゃ。こちらの神様は素戔嗚尊と言われてるっちゃ!」
サノ「結局、汝が説明するんかい!」
日臣「そんなこつ、言われても・・・。」
サノ「それじゃあ、あの試練を与えたのは、素戔嗚尊かもしれんということか? 高倉下?」
高倉下「あの・・・いろいろ説がありまして、家都美御子大神は五十猛神とも、菊理媛神とも言われてます。熊野夫須美大神についても、熊野櫲樟日命という説が有ります。熊野速玉大神についても、速玉男命という説が有ります。」
サノ「諸説有りっちゅうことか・・・。それじゃあ、まとめて、御先祖様からの試練やったっちゅうことにしておこう!」
大久米「ちなみに、五十猛神は、素戔嗚尊の息子。菊理媛神は、北陸地方の白山に祀られてる神。熊野櫲樟日命は、素戔嗚尊が天照大神の勾玉から生み出した神。速玉男神は、伊弉諾尊が黄泉の国で生んだ神ですよ。」
高倉下「あの・・・天磐盾の岩についても、説明がありまして・・・。」
サノ「言ってくんないっ。」
高倉下「岩の名前は『ゴトビキ岩』と言います。ゴトビキとは、地元の方言で、ヒキガエルという意味です。」
サノ「形がヒキガエルに似てるからか?」
高倉下「よく分かりません。すみません。不器用・・・ですから。」
サノ「気にせんでも、よか。じゃっどん、分かったこともあるっちゃ。岩を祀るという原始信仰から神々が生まれ、御先祖様と融合していったんやじ。熊野が大和に組み込まれていく中で、地元の神の名前が、しっかり残っていったんやろうな。」
高倉下「そ・・・そうかもしれませんね。では、説明も終わったので、私は帰ります。」
サノ「御尊父や弟君に何か、伝えることはないか?」
高倉下「私は・・・熊野に骨を埋めます・・・と・・・。」
サノ「了解っ。」
こうして、高倉下は、言うだけ言って、帰っていったのであった。




