エピソード14.5 熊野より愛を込めて
嵐に遭遇した狭野尊 (以下、サノ)一行。二人の兄も海に身を投げて死亡してしまう。もみくちゃにされる船団。そして・・・。
サノ「というわけで、助かったんか?」
いきなりの主君の質問に小柄な剣根が答える。
剣根「土地の者が船を漕ぎ、漂流する我々を助けたと伝承が残っているそうですぞ。」
サノ「そ・・・そうか。かたじけないっちゃ。それで、ここはどこね?」
その問いかけには、筋肉隆々の日臣命が答えた。
日臣「三重県熊野市の英虞崎の先端にある千畳敷という、荒波に洗われる奇岩地帯っちゃ。最先端には、高さ70メートルの柱状節理の岸壁、楯ケ崎があるじ。」
サノ「柱状節理って何ね?」
その問いかけには、剣根の弟、五十手美 (以下、イソ)が答えた。
イソ「柱状節理というのは、火山性の玄武岩とか安山岩に五角形やら六角形の柱のような割れ目が生じてですな、蜂の巣みたいな形になった岩石の柱が集合したものですぞ。」
サノ「よく分からんが、読者には分かったようやな。ところで、真向いにも岬があるみたいやな。あれは?」
その問いかけには、目の周りに入れ墨をした大久米命が答えた。
大久米「真向いの岬は、牟婁崎ですよ。」
サノ「それじゃあ、この向かい合った岬に、常世に行ってしまった兄上たちの神社を祀るっちゃ。」
大久米「承知致しました!」
ここで椎根津彦 (以下、シーソー)が唐突に説明を始めた。
シーソー「牟婁崎には室古神社を建てたっちゃ。稲飯命を祀ってるんやに。」
そしてサノの息子、手研耳命 (以下、タギシ)が追加説明を始めた。
タギシ「向かい側の英虞崎には阿古師神社を建てたじ。三毛入野命の伯父上を祀ってるんや。」
シーソー「この二つの岬に抱かれるように存在するのが二木島湾やに。」
タギシ「この地域で、毎年十一月に盛大におこなわれてたんが二木島祭っちゃ。八丁櫓の関船二艘が両神社に渡船して儀式をおこなうんやじ。」
シーソー「白木綿の胴巻きを締めた男衆による勇壮な船漕ぎ競争が見せ場っちゃ。漂流する我々を救った時の様子を再現したものやに。」
サノ「おい、タギシよ。盛大におこなわれてたっちゅうんわ、今は小規模っちゅうことか?」
タギシ「父上、実は残念ながら、過疎が進んで2010年(平成22年)を最後に休止してるんです。」
サノ「まこっちゃ(本当に)?!」
タギシ「まこち(本当だよ)!」
サノ「早く再開してほしいっちゃ。二人の兄上のためにも・・・。」
タギシ「そうですな。」
サノ「じゃっどん、ここが二人の兄上の終焉の地になるとは思わなかったっちゃ。常世に行ってしまわれるとは・・・。」
そのとき、剣根の息子、夜麻都俾 (以下、ヤマト)が解説を始めた。
ヤマト「常世とは、あの世のことですぞ。死者が行く理想郷で、黒潮が流れる熊野の海が、常世への入り口だという観念が古くから有りまする。修行者が海の果ての浄土に向かう『補陀落渡海』が平安時代からおこなわれていました。」
剣根「おい、息子よ。浄土は仏教用語じゃぞ。補陀落も、観音菩薩が住むという浄土の名前じゃ。我が君に分かるわけないじゃろうが!」
ヤマト「い・・・いやっ、父上、これは読者向けの解説でして・・・。」
サノ「民衆を浄土へ先導するために、修行者が渡海してたみたいやな。黒潮に流されて、ほぼ間違いなく帰ってはこれん。まさしく命がけ。すごいっちゃ。」
剣根「知っておりましたか・・・。」
サノ「作者の受け売りっちゃ。じゃっどん、仏教が来る前から、熊野は常世につながるという観念があったことは確かっちゃ。」
タギシ「父上、それはどういうことです?」
サノ「国産み神話で有名な伊弉冉神尊も熊野に葬られてるっちゃ。」
大久米「熊野の有馬村に葬ったと『日本書紀』の別伝に書かれてるんですよ。」
サノ「わしのセリフを取るな!」
大久米「す・・・すみません。作者が、やれって言うんもんだから・・・。」
イソ「ところで、別伝って何ですか?」
サノ「いい質問やじ。『日本書紀』は、本文のあとに別の伝承も書いてるんやじ。いわゆる、諸説有りっちゅう形で書かれてるんや。」
イソ「勉強になります。」
大久米「三重県熊野市にある、花の窟という巨岩が、伊弉冉様の葬られた場所と伝わってますよ。」
サノ「また、わしのセリフをっ!」
タギシ「まあまあ、父上、落ち着いてくだされ。それよりも大事なことを忘れておりませぬか?」
サノ「大事なこと? 何や?」
タギシ「ここの地名は?」
サノ「何を言っちょるんや。英虞崎の千畳敷っちゃ。」
タギシ「それは二千年後の呼び方にござりまするぞ。わしらが生きていた頃は?」
サノ「あっ!」
シーソー「さすがは、タギシ様! この地は当時、荒坂津と言われてたんやに。別名は丹敷浦っちゃ。」
サノ「津・・・ということは、港として使われてたんか?」
シーソー「千畳敷は無理でしょうが、この二木島湾内は港として適しちょりますな。」
サノ「そういうところには、その地を治める者がおってやな、部外者がやって来たら、敏感に察知するもんなんや。」
シーソー「そうなんですか?」
サノ「当たり前っちゃ。わしも高千穂にいる時は、変な奴が来ては・・・。」
謎の声「そうそう、変な奴が来たら、武力で追っ払わないとねっ!」
サノ「だ・・・誰や?! 女の声? 何者っちゃ!? わしは話を聞く方やったぞ!」
謎の女の登場に、動揺するサノ一行。果たして何者なのか。 次回に続く。




