エピソード13.5 英雄と名門
天道根命 (以下、ミチネ)が言う、同じ場所に二柱の神を祀るとは、一体どういうことなのか?ミチネの説明は続く。
ミチネ「同じ場所に、二つの神社があるということですな。」
質問をした大久米命が驚嘆の声を上げる。
大久米「なんとぉ! 合祀ではなく、あくまで別々の神社が同じ場所にあるってことですか?」
ミチネ「そういうことになりますな。ちなみに、二千年後も同じ場所に立っておりまする。」
そこに、日臣命の息子、味日命が補足説明を始めた。
味日「総称して日前宮とか名草宮とも呼ばれてるみたいだな。」
ミチネ「さすがは味日! ちなみに、正式に神社が創建されたのは、我が君が天皇になった翌年の紀元前659年のことと伝わっておりまする。」
ここで本編の主人公、狭野尊 (以下、サノ)が疑問を投げかけてきた。
サノ「ところで、どうしてここが最適な地なんや? 美しい地ではあると思うが、名草戸畔とかいう、女の族長が支配している土地やじ。鎮座しても、名草の人々に壊されるんやないか?」
ミチネ「それはですな。紀の川は物資を運ぶ上で、重要な交通の要衝なのです。その河口付近を抑えておきたいという政治的理由もあって、ここを選んだのですぞ。」
サノ「それは、名草戸畔が許さないってことやないか?」
そのとき、件の女人の笑い声が再び響いてきた。
名草戸畔「その通りっ! あたいたちは許さないよ。さっさと帰りな!」
サノ「名草戸畔っ! 汝は勘違いしているだけっちゃ。」
名草戸畔「問答無用! 皆の者、攻めかかれっ!」
再度、攻めてくる名草軍。ついに天孫軍と大がかりな戦闘となってしまった。しかし、今度は船から下りた状態の天孫軍である。今度は名草軍を打ち破り、追撃を開始した。そして結局、名草戸畔は高倉山の麓まで追い詰められ、討ち取られたのであった。
頃合いを見計らって、天種子が説明を始めた。
天種子「高倉山は現在の和歌山県海南市に所属する土地にあらしゃいます。」
この説明を聞き流し、サノが雄叫びを上げた。
サノ「名草の者たちよ! わしらは戦いに来たんやない。一つの国を作り、皆が豊かに暮らせるようにするため、この地を訪れたんやじ。この地は、これからも名草の者たちで治めていってくんない(ください)。」
名草の民「戸畔ちゃんが死んだんやで。弔い合戦するのが道理やろうがっ!」
サノ「確かに、道理っちゃ。弔いはせにゃいかん。ちゃんと神様として祀るっちゃ。それで許してくんない。」
名草の民「そこまで言うんやったら、考えてあげてもええで。」
こうして、名草の英雄、名草戸畔は神様として祀られることとなった。ところが、話は順調に進まなかった。名草の者たちが鎮座地の選定で諍いを起こしたのである。
海南市小野田の民「高倉山の麓で亡くなったんや。ここに祀るんが道理やろっ!」
海南市阪井の民「何言うてんねん。わしらが一番忠義が厚かったんや。わしらのところに祀るんが道理やろっ!」
海南市重根の民「はいはい。わしらのところで決定やな。」
サノ「もう、こうなったら三つに分割するっちゃ。」
名草の民「三つに分割?!」×多数
サノ「討たれた地の小野田は首を祀れ。阪井は胴体を祀れ。重根は下半身を祀れ。これでどうや!」
名草の民「いいね!」×多数
サノの提案だったのかどうかは不明であるが、名草戸畔を三つに分けて祀ることになった。三つの詳細は下記の通り。
頭・・宇賀部神社・・海南市小野田・・通称「おこべさん」
胴・・杉尾神社・・・海南市阪井・・・通称「おはらさん」
足・・千種神社・・・海南市重根・・・通称「あしがみさん」
サノ「すごい人気があったんやな・・・。」
天種子「海南市のガイドブックによると、紀の川の河口に大蛇が流れ着いたので、人々は神の化身として頭部、腹部、脚部の三つに分けて、それぞれを神として祀ったという伝説も残ってるみたいですな。」
味日「名草戸畔は大蛇だった・・・ってことですか?」
天種子「いや、紀の川の河口に流れ着いたっちゅうことは、中つ国から来た者やったんやないかと・・・。上流まで遡れば、中つ国やろ?」
味日「中つ国から派遣されてきた人物の可能性があるってことですね。」
天種子「その可能性は捨て切れんやろ。」
サノ「汝らは、何を言っちょるんや。そんなことはどうでもいいことっちゃ。大事なのは、名草戸畔を祀って、後世まで語り継ぐことやじ。」
ここで、次兄の稲飯命が加わってきた。
稲飯「その通りっちゃ。わしらは、敵対した者も、ちゃんと顕彰し、神様として祀り、同じ家族として、仲間として扱うんや。そうして、国を一つにするんや。」
ミチネ「では、わしは日像鏡と日矛鏡を祀るための神社を建てまする。」
サノ「うむ。これからも鏡を祀って、大事に守護してほしいっちゃ。頼んだぞ! ミチネ!」
ミチネ「こ・・・これからもですか?」
ここで、三兄の三毛入野命 (以下、ミケ)も加わってきた。
ミケ「その通りっ! 汝はこのまま、この地に土着し、紀伊国造の祖となるんやじ。」
ミチネ「えっ?! そ・・・そうなんですか?」
ミケ「日前神宮と國懸神宮のこと。よろしく頼むっちゃ。」
ミチネ「わ・・・分かりました。そういうことなら、子々孫々まで守り続けてみせましょうぞ!」
こうして現在も、天道根命の家は、二つの神宮の宮司として勤めている。明治期には男爵家にもなった名門の家柄である。二度ほど女系に入れ替わってはいるが、子々孫々という意味では間違ってはいない。




