エピソード12 兄の雄叫び
孔舎衛坂での敗北により、狭野尊 (以下、サノ)一行は一時撤退することにした。
サノ「一時撤退っちゅうことで、白肩津まで戻ってきたっちゃ。」
ここで、次兄の稲飯命がツッコミを入れてきた。
稲飯「盾津に改名したんやろうが! 忘れるなっ!」
サノ「も・・・申し訳ないっちゃ。忘れてたっちゃ。」
そのとき、長兄の彦五瀬命 (以下、イツセ)が傷口をおさえながら、苦しそうに語った。
イツセ「こ・・・ここにいては、や・・・奴らから丸見えっちゃ。もう少し移動するんや。」
サノ「分かったっちゃ。」
こうして、サノたちは、長髄彦の追撃から逃れるため、大きな竹やぶに身を潜めた。
サノ「この竹やぶの中なら、敵に見つかることはないやろう。」
イツセ「こ・・・ここでしばらく・・・よ・・・様子を見ようぞ。」
サノ「ここでしばらく・・・ということは、ここにも伝承が残ってるんやな?」
サノのぼやきに対し、小柄な剣根が返答した。
剣根「その通りですぞ! その名も竹渕神社です。現在の大阪府八尾市竹渕にある神社ですぞ。」
サノ「神社と地名の読み方が違うんやな・・・。」
剣根「そうなんです。作者が、いろいろ調べたんですが、理由は分からないみたいですな。」
剣根が自慢気に語っていた時、突然、ここにいてはいけない人物の声が轟いた。長髄彦 (以下、スネ)である。
スネ「竹やぶに身ぃ隠しても、バレバレなんやっ。サノォ! 覚悟しぃや!」
サノたちは咄嗟に身を伏せ、息を殺した。竹やぶの中へと突き進む長髄彦軍。そのとき、長髄彦軍の眼前に大きな池が現れた。
スネ「ん? 深い渕があるだけやないか。もしや、渕に飛び込んで隠れてるんやないか? おい、おまえら潜って調べて来いっ!」
兵士い「えっ? 嘘やろ?」
兵士ろ「潜って隠れるやつおるか? ホンマ、勘弁してほしいわ。」
兵士は「せやな。潜水手当、出してもらわな、わてら納得しいひんで!」
スネ「なんや? おまえら、わての命に従えん、言うんか?」
兵士いろは「いえっ、そんなまさかっ。喜んで!」×3
長髄彦軍の兵士たちが渕の中まで潜って捜索したが、結局、サノたちを見つけることはできなかった。
スネ「神の力でも借りたんか? しゃあない、コソコソ逃げ回る奴、相手にしても、何の誉れにもならへんわ・・・。おいっ! おまえらっ、帰るで。」
サノたちは長髄彦軍に見つかることなく、難を逃れたのであった。
剣根「まあ、そんな伝承が残ってるんですな。ちなみに、江戸時代に書かれた『竹渕郷社縁起』の話ですぞ。」
サノ「とにかく助かったっちゃ。それで、ここにしばらく滞在したかい(から)、神社ができたっちゅうことか・・・。」
稲飯「次に、わしらが辿り着いた場所が、茅渟の山城水門というところっちゃ。紀元前663年5月8日のことっちゃ。」
ここで、三兄の三毛入野命 (以下、ミケ)が補足説明を始めた。
ミケ「この地は、山井水門とも呼ばれてるっちゃ。ちなみに、茅渟とは、現在の大阪府南部、昔で言う和泉国の海ってことやじ。」
サノ「イツセの兄上や、傷ついた兵士たちが傷を洗ったことで、海の色が赤く染まったかい(から)、それにちなんで、血沼となったみたいやな。」
イツセ「そ・・・それで、茅渟と表記されるようになったわけは、な・・・なぜだ?。」
ミケ「仏教が入ってきて、血が穢れとなったんでしょうな。それまでの我が国には、血に対しての穢れ感はなかったのやも・・・。」
サノ「兄上! それは納得いかん。穢れを祓う禊は、神代の頃からあるっちゃ。」
ミケ「ま・・・まあ、諸説ありってところやな。ちなみに、チヌはクロダイの別名ともなっていて、大阪湾は古来より、クロダイの豊富な海なんや。それで、チヌの海と呼ばれてたという説もあるみたいやじ。」
そのとき、長兄のイツセが雄叫びを上げた。
イツセ「慨哉 (意味:残念だ)! わ・・・わしは・・・ますらおでありながら・・・卑しい賊の手にかかり・・・仇も討てずして死ぬとはっ!」
サノ「あ・・・兄上!」
稲飯「兄上が雄叫びを上げたので、この地は、男水門と呼ばれるようになったっちゃ。現在は天神の森とも呼ばれ、それを守護する目的で、男神社が建ってるっちゃ。」
ミケ「男神社は、今の大阪府は泉南市男里にあるっちゃ。『おたけびの宮』とも呼ばれてるっちゃ。」
イツセ「そ・・・そういうことで、さらばだ・・・。」
サノ「あ・・・兄上?! 死んではダメっちゃ!」
稲飯「亡くなられた地は、男神社から北に1キロほどの場所にある、浜宮と伝わっているじ。同神社の摂社で、市民が植林した3000坪の松林に鎮座してるっちゃ。」
ミケ「ちなみに、泉南市と阪南市の両市域には、七塚と呼ばれる塚があり、七つのうち、三か所が残ってるっちゃ。先の戦いで亡くなった兵士たちを葬った塚で、近年まで七塚参りをおこなう習慣があったそうやじ。」
剣根「阪南市にあるのが、平野山と山中新家の二つ。平野山は長楽寺の境内に、山中新家はHABU・モータースポーツショップさんの裏手の畑の中です。泉南市のものは、馬場2丁目の廻鮮鮨屋喜十郎さんの駐車場に隣接しているそうですぞ。」
サノ「そんなこと言ってる場合か!」
イツセ「安心しろ。わしはここで死んでいるが、実は別のところでも死んでるんやじ。」
サノ「は?」
イツセ「男里の伝承では、わしは船出できるまでに回復し、村人と別れたことになってるんや。そのとき、わしは村の者たちに石を手渡して、こう言った。」
サノ「な・・・何て言ったんです?」
イツセ「これ、わが御霊として祀れ。されば末永く、汝らの子孫を守らん。」
サノ「そ・・・それで男神社が創建されたっちゅうことですな。」
イツセ「じゃが(そうだ)。そして、わしを介抱してくれた村の者たちは、わしの右側に坐っていた家は右座、左側にいた家は左座と名乗り、明治前までは神社の神職も務めてたんやじ。今も、七塚の保存などに尽力してくれちょる。ありがたい話やじ。」
稲飯「それでは、説明が終わったところで・・・。兄上! 次の死亡地に向かうっちゃ。」
サノ「次の死亡地って・・・。兄上は、何回死んだら気が済むんや!」
イツセ「すまんな、サノ。感動の別れとなる場面で、実は伝承がいくつも・・・というのは・・・。」
サノ「仕方なか。じゃっどん、お別れになることだけは確かなんやな?」
イツセ「傷が深く、中つ国まで、もちそうにない。」
サノ「あ・・・兄上ぇ(泣)。」
イツセ「泣くな。泣くひまがあったら、わしの敵を討ってくれ。」
サノ「わ・・・分かったっちゃ。」
イツセ「ちなみに、雄叫びも、もう一回やるかい(から)、覚悟しちょってくんない。」
サノ「は?」
こうして、イツセ終焉の物語は続く。次回より、和歌山県編に突入。御期待ください。




