エピソード11 そして、難波へ・・・
前回の予告通り、明石海峡に到達した、狭野尊 (以下、サノ)一行は、出来レースのような寸劇をおこなった。
当時、兵庫県の本州側と淡路島の間に流れる明石海峡のことを速吸門と呼んだ。この潮流の激しい地点に差しかかった時、亀に乗った男が近付いてきた。
言うまでもないが、槁根津日子 (以下、ソー)である。今後、椎根津彦 (以下、シーソー)で統一される不運な男である。
ソー「Seesawになったはずやろ?!」
そんなことは作者が許さないのであった。
シーソー「仕方なか。じゃあ、うちが台詞を言うんで、槁根津日子は、そこで立っとけ。」
ソー「立ってるだけなんか?」
サノ「まあまあ、とりあえず進めるっちゃ。海流が激しいかい(から)案内せよ!」
Seesaw「了解!」×2
こうして、Seesawの案内で、一行は現在の大阪湾に辿り着いた。紀元前663年2月11日のことである。
サノ「ようやく、ここまで来たっちゃ。」
ここで、目の周りに入れ墨をした大久米命が解説を始めた。
大久米「大阪湾は満ち潮だと時計回り、引き潮では反時計回りの潮流が発生する海の難所なんですよ。二千年後でも、操船が難しいそうですよ。」
更に、次兄の稲飯命も加わった。
稲飯「わしらが来た時は、大阪湾の奥に湖が広がってたんやじ。」
サノ「兄上! 嘘を言ってはいけませぬぞ!」
稲飯「本当やじ。これを河内潟とも、河内湖とも言うんや。わしらが生きてた頃は、草香江と呼んでたんやじ。」
サノ「そんな湖があったような気がするっちゃ。じゃっどん、それがどうしたんや?」
稲飯「この草香江と大阪湾を塞ぐ形で存在していたのが、上町台地と呼ばれる陸地なんや。じゃっどん、完全に塞いでるわけやなく、北側に位置する先っぽの部分だけ開かれてたんやな。」
シーソー「ちょっと待ってほしいっちゃ。大阪湾を進んで、これから上陸っちゅう時に、なして、湖の説明が始まって、ついでに台地の話まで出てくるんや?」
大久米「シイネツ、先ほど、引き潮の時は反時計回りと言ったやろ?」
シーソー「そ・・・そいが、どうしたんや?」
サノ「あっ!」
稲飯「サノよ。分かったみたいやな。」
サノ「台本の『日本書紀』に、難波碕に着こうとした時、速い潮流に遭遇して、てげ(すごく)早く到着したち、書かれてたっちゃ。」
稲飯「その通り、なぜ潮流が速くなったのかと言うと・・・。」
大久米「反時計回りの潮流が、北側の開いた部分に流れ込むからです!」
稲飯「大久米! わしのセリフを取るなっ!」
大久米「す・・・すみません。まあ、そういうわけで、我々は無事に岬の部分に辿り着いたんですね。」
稲飯「じゃあ、気を取り直して、なして、難波と呼ばれているのか説明するっちゃ。」
大久米「浪が速いということで、浪速と言われるようになり、そこから転じて難波になったんですよね。」
稲飯「また、セリフを取るんかい! じゃあ、大久米よ。浪速以外の名も知っておるのか?」
大久米「はい。浪花とも呼ばれてたんですよね。」
稲飯「正解や。これで、海を進まんでも良いようになったわけや。まこち(本当に)良かったっちゃ。」
サノ「兄上は、海が嫌いなんですか? わしは海神の孫やかい(だから)、海は好きっちゃ。」
稲飯「あんなに船酔いやら、嵐やらに遭遇したのにか?」
サノ「じゃっどん、宇津彦やら、亀一号、二号やら、槁根津日子やらに出会えたじ。いい思い出もあるっちゃ。」
稲飯「これが、二千年後で言う、ポジティブシンキングっちゅうやつか・・・。」
そこに三兄の三毛入野命 (以下、ミケ)が参戦してきた。
ミケ「兄上の言う通り、もう海はコリゴリや。これからは陸上を歩くだけでいいのかと思うと・・・こんなに嬉しいことはない! 最高っちゃ!」
シーソー「ちなみに、我々が上陸した、北側の先端部分の岬を難波碕と呼ぶわけです。そして、この地に、我が君が神様を祀ったという伝承が残っちょるんやに。」
サノ「えっ? 祀ったっけ?」
シイネツ「ちゃんと台本読んでくださいよっ。生島大神と足島大神を祀ったでしょ?」
サノ「言われてみれば、現在『生玉さん』の愛称で呼ばれている、生国魂神社の起源が、わしにあるような、なかったような・・・。」
ミケ「あるっちゃ! 間違いなくあるっちゃ! 神社は、秀吉が大坂城を築城するまで、上町台地の北端に鎮座してたんやじ。現在の大阪市天王寺区っちゃ。」
稲飯「生島大神が島が生まれる状態で、足島大神が島として成長して、満ち足りてる状態っちゅうことらしいな。」
ミケ「草香江からの土砂で上町台地の陸地面積が増えていったことを表すみたいやな。」
大久米「それだけじゃないですよ。同神社では、鎌倉時代まで、天皇の御衣を海に向かって振って、大八洲の霊を身に付ける即位儀礼がおこなわれてたんです。」
ミケ「八十島祭り(やそしままつり)やろ?」
大久米「さすがはミケ様。その通りです。」
そのとき、長兄の彦五瀬命 (以下、イツセ)が不敵な笑い声を上げた。
イツセ「はっはっはっはっ。」
シーソー「イツセ様? 如何なされました?」
イツセ「わしらは、まだ船から降りぬぞ。まだまだ航海は続くんやじ!」
稲飯・ミケ「えっ?! まこっちゃ(本当)?」×2
イツセ「まこちっ! わしらは、そのまま草香江を進んだんやじ。」
稲飯・ミケ「兄上! 海でなければ、何も問題ないっちゃ!」×2
イツセ「よし、そういうことなら、次に向かうっちゃ。目指すは、河内国の草香村にある青雲の白肩津や!」
こうして、紀元前663年3月10日、一行は、本格的な上陸を果たした。




