エピソード9 神島外浦の夜明け
岡山県笠岡市の高島という島に滞在中の狭野尊 (以下、サノ)一行に、戦という言葉が聞こえ始めた。
戦を想定しつつ、吉備の民に稲作を伝播するという日々が続く中、サノは、一つの決断を下した。
サノ「というわけっちゃ。すまぬが、ここまでや。」
唐突なサノの台詞に対し、妃の一人、興世姫のツッコミが炸裂する。
興世「そんなんじゃ、読者に何も伝わらないでしょ!」
サノ「じゃ・・・じゃっどん、てげ(とても)悲しいんや! 正直、言いたくないんや!」
興世「殿! 諦めないで!」
サノ「くっ・・・。仕方なか。では言うっちゃ。」
興世「はい。」
サノ「これからは戦を想定し、調練などもおこなうことになる。みな、荒々しくなるやろう。そのようなところに汝を置いておくわけにはいかん。汝は対岸の地に移れ。」
興世「そ・・・そんな・・・。対岸の地に移れって・・・。もしかして、そのまま、ここに残れってこと?」
サノ「その、もしかしてっちゅうやつや。戦が起きるかもしれん旅に、汝を連れては行けん。」
興世「聞いてはおりましたが・・・。やはり戦になるかもしれないのね?」
サノ「考えてもみよ。『記紀』には何も書かれてはおらんが、中つ国の饒速日殿に、文の一通や二通は送ってるはずっちゃ。いい返事が貰えてないからこそ、わしらは武装して、中つ国に向かうんやないか?」
興世「そうよね。平和の使者が武装して来訪するなんて、聞いたことがないわ。じゃあ、最初から戦をするつもりで向かうってこと?」
サノ「その通りっちゃ。だからこそ、汝を連れていくことは出来んのや。」
興世「分かったわ。そういうことなら、わたくしは諦めましょう。足手まといになって、殿を苦しめるようなことはしたくない・・・。」
サノ「分かってくれるか、興世!」
すると、息子の手研耳命 (以下、タギシ)が、突然、乱入して説明を始めた。
タギシ「興世殿が住んだ対岸の建物は、のちに神社となった。その名も、神島神社。対岸の本州側なのに、島とはどういうことや?」
ここで、水先案内人三代目の宇津彦が乱入してきた。
宇津彦「タギシ様。まんまと騙されましたな。」
タギシ「なっ・・・どういうことっちゃ!」
宇津彦「タギシ様が持っている地図は、令和年間のもの! 実は、1966年、すなわち昭和41年までは、島だったのですよ!」
タギシ「まっ・・・まこっちゃ(本当)?」
宇津彦「ま・・・まこち(本当だよ)! 干拓事業で陸続きになったんです!」
タギシ「ちなみに、神島神社のある地名は、笠岡市の神島外浦だ。しかし、島だったとはな・・・。残念だが仕方がない。ま、そういうことだ。」
宇津彦「どのあたりが残念だったのか、よく分かりませんが、次に進みましょう。我が君は、狩りをするため、高島から海を渡って神島に通っていたそうです。そこで、興世姫と、あんなことや、あんなことや・・・。」
恍惚な表情の宇津彦の両頬に、サノと興世姫の拳が突き刺さる。
サノ「そういうことを言う神ではないはずっちゃ!」
興世「作者の妖術に惑わされないでっ!」
作者の陰謀を阻止した、サノと興世姫の顔は、自信に満ち溢れたものだったとか、なかったとか・・・。
そこへ、剣根が、呼ばれてもいないのに乱入してきた。
剣根「前回、全く登場させてもらえませんでしたからなっ。では、神島神社の社伝紹介をおこないますぞっ。」
<皇后興世姫命は、引き続き神島にご滞在なされ、島民の尊敬を集めて当地で薨じられた。島民はさっそく社を建立し、興世明神としてお祀りした>
この社伝を読んで、興世姫は顔を赤らめた。
興世「こ・・・皇后だなんて・・・。そ・・・そんな・・・恥ずかしい。」
サノ「まあ、島の者たちから見れば、汝は皇后っちゃ。」
剣根「社伝の通り、この神社には、興世殿が祀られております。そして、殿も御一緒に祀られておりますぞ。」
サノ「おお、そうか。それはありがたいが・・・。」
タギシ「父上、如何なされました?」
サノ「興世は、この地で亡くなるんやな。ということは、ここは、興世との永遠の別れとなった島ということでもある。」
タギシ「あっ! 確かに・・・そうなりますな。」
剣根「申し訳ござりませぬ。呑気に御一緒に・・・などと・・・。」
サノ「いっちゃが、いっちゃが(いいよ、いいよ)。出会いがあれば、別れがあるっちゃ。だからこそ、再び出会えた時の喜びは大きいんやじ。それに、この神社では、永遠に一緒なんやろ?」
興世「殿、再び会える日を心待ちにしながら、お志が成就されることを祈っておりまする。」
サノ「興世よ。最後に言っておきたいことはあるか? 作者曰く、“くらんくあっぷ”とかいうやつらしいっちゃ。」
興世「さきほどの言葉で、充分でございます。」
そこに正気を取り戻した宇津彦が再乱入してきた。
宇津彦「神島神社が創建されたのは、726年、すなわち神亀3年のことです。二人が別れてから1392年後のことです。」
興世「えっ?!」
サノ「なっ!?」
興世「お・・・思ったより長い・・・。」
サノ「ちょっと短くは出来んのか? 50年後とか・・・。」
宇津彦「申し訳ありませんが、水先案内人の僕には、どうすることも・・・。」
思った以上に長かったことに驚愕する二人。居た堪れない気持ちの三人。今回登場しなかった面々は、そんなことなど露知らず、吉備の人々と共に汗を流し、米作りに精を出していたのであった。




