作戦実行
俺時間巻き戻しスキルを全開にして、赤ちゃんになって誰かに育ててもらう。
他力本願だが、致し方あるまい。
そうと決まれば時間停止スキルを解除して、俺時間巻き戻しスキル発動しなければ。
まずは場所の移動だ。
ここは城に近い。
城にはまだ竜騎士などの飛行魔物が群がっている。
ドラゴニュートに見つかるわけにはいかない。
アイツ、俺が視界にいれば俺のことを必ず見つけるからな。
アイツがきれいなお姉さんだったらよかったのに。
・・・実は雌で、美人でグラマラスなお姉さんに変身できるとかしないよな?
城の裏手の湖はそれなりに大きい。
琵琶湖ほど大きくないけど、俺のイメージでは十和田湖に近いかな。
奥入瀬渓流みたいなきれいな川がありそうだ。
水もきれいで、かなり深そうだし。
とりあえず城から一番遠い湖畔の高台に移動しよう。
城の様子というか、魔王軍の動向が気になるから。
魔王軍って勝手に読んでるだけなんだが。
俺は城の対面にある湖畔の高台に向かった。
城の一番高いところよりも高いので、城の様子を一望できる。
周りに村や民家らしきものもなく、道すら確認できないところだ。
ここなら避難民も来ないだろう。
俺時間巻き戻しスキルを発動させながら、城の戦況を見守ることにする。
よし、作戦開始だ。
俺のスキルは「こうしたい」と思うだけで発動できる。
でも勢いは大切なので、必殺技のように言葉にすることを推奨する。
「リバース!!」
・・・嘔吐ではない。
周りの時間は普通に流れている。
このスキルを発動したところで景色が止まるわけでも音がなくなるわけでもない。
俺の時間だけが逆行している。
風も感じるし、湖の波の音も聞こえる。
城の方ではたくさんの煙が上がり、爆発や喧噪も聞こえる。
城は無事なのかな?
飛行魔物は城だけじゃなく、城の下の崖にまでまとわりついている。
あのドラゴニュートは何してるんだ?
騎士団と白装束の魔道士たちは魔物から城を守れるだろうか?
囚われの姫はまだ俺を待っているのだろうか?
姫がいたかどうかは知らんが。
小一時間ほどぼーっとしてたと思う。
ゴム長はすぐに消えたが、まだ見た目に大きな変化はない。
少し若くなったかな。
オッサンとして無駄に過ごした時間が長かったことを理解した。
鏡でもあればわかりやすいんだが、この異世界にも鏡ぐらいあるよね?
若くなった気はするが、体格は大きく変わっていない。
すると突然、大きな地震のような揺れを感じた。
地震大国日本で生まれ育った俺でも、立っていられないほどだ。
ゴゴゴゴゴーッ!!
城の方からだ。
城の下の崖から土煙が大量に巻き上がっている。
飛行魔物が崖にもまとわりついていたし・・・まさか?!
俺の懸念は現実になっていた。
崖から出た土煙に沈むように、城が崖ごと下に移動していく。
やがて崖は崩壊し、土台が崩れた城も原型を留めていられずに、まるで見えない大きな手に捻りつぶされるように土煙に包まれていく。
崖の下の湖面からは大量の水しぶきが舞い上がり、湖面が嵐のときのように激しく波打っている。
土煙と水しぶきから離れるように飛行魔物がどこかへ飛び去ろうとしていた。
・・・ひでえ。
あれじゃあ城の中の人は誰も助からないだろう。
城という障害物がなくなって城下町も見える。
町全体が燃えているのか、煙だらけだ。
街にも生存者はいないだろう。
スキルを発現できていなければ、俺もあの中に・・・
都市が一つ滅んでしまった。
あの城の大きさだと、国が滅んだといってもいいかもしれない。
俺は運がよかったのだろう。
異世界に来てしまったことには何とも言えないが、ここに来なければ塩酸ガスで死んでたのだろうから。
魔王軍は撤退中だ。
その中にはあのドラゴニュートもいるのだろう。
俺は姿を隠すため、背後の森周辺の草むらに入っていった。
俺時間巻き戻しスキル発動中でも、普通に行動はできるからな。
ただ唐突に体が小さくなることも考えられるので、歩くのも一歩ずつゆっくりである。
草むらの中で体育座りをした。
今日一日だけでいろんなことが起こりすぎた。
回想してまとめようとしたが、考えがあっちにいったりこっちにいったり。
情報が全く整理できない。
忘れないうちにメモなりスマホなりパソコンなりに記録しておきたいのだが、そのどれも持っていない。
オッサンの頭のメモリーでは昨夜の飯でさえ忘れてしまう。
俺は生き延びることができるのだろうか?
思考の迷路に彷徨いながらどうでもいい妄想に突入した頃、ふいに体が小さくなっていくことに気が付いた。
周りの草が徐々に大きくなっていったのである。
成長期に戻ったな。
毛深かった手足もツルツルだ。
股間もフランクフルトからポークビッツへと変わっていった。
・・・ちょっとだけ悲しい。
ここで不安に襲われた。
記憶や知識、知能の問題である。
人の脳も体に合わせて成長する。
脳も巻き戻ってしまったら、何もわからない赤ちゃんになってしまう。
この状況で本当に何もわからない赤ちゃんになってしまったら、誰かに見つけてもらう前に獣とかに襲われて死んでしまうのではないか?
あまりにも危険すぎる。
やばい。
必死に難しいことを考えた。
「サインコサインタンジェント、サーコイコイサーコイコイサーサー、一夜一夜に人見頃、人並みにおごれや、すいきんちかもくどってんかいめい、水兵リーベ僕の船、ありおりはべりいまそかり・・・」
大丈夫だ。
記憶も知識も失われていない。
なぜか今朝の試作品の配合レシピも覚えていた。
俺も社畜だったのか。
頭を切り替えよう。
きっと肉体と魂は別なんだ。
記憶も知識も脳で学び、魂に刻まれていたのだろう。
だから脳が若くなれば記憶力も学習力も復活し、魂をさらなる高みに導くに違いない。
都合のいい解釈をすることにした。
だってオッサンの記憶力と学習力じゃ、いくら赤ちゃんに戻っても無理ゲーだろ?
そろそろ赤ちゃんになると思ったが、ふと、
「赤ちゃんを通り過ぎて、精子になったらどうする?」
と別の不安がよぎった。
しかしそれもすぐに杞憂に終わった。
生まれたての0歳で、スキルが自動停止したのである。
限界まで体を巻き戻したということなのだろう。
体感で理解した。
手足を動かしてみる。
小さいけど問題ない。
ハイハイも歩くことも今は必要ない。
移動なら時間停止スキルでどこにでも行けるから。
だいぶ日も落ちてきた。
お日さま(?)はオレンジ色で、きれいな夕焼けだ。
今日の出来事など「大したことないぜ」とでも言っているように、綺麗な空を描いている。
この異世界は自然の景色が絵画のように美しい。
城と町があったところだけが戦後の焼け野原のようだが、そんなことはお構いなしでそれ以外の風景には目を奪われる。
体感だが、あと一時間もすると暗くなり夜になるのだろう。
俺は時間停止スキルを発動させた。
まっ裸の赤ちゃんが空を飛んでいる姿はシュールだな。
理不尽な破壊力を持つ伝説の超巨大ロボットアニメを思い出した。
登場人物全員死亡、なんてことさせないようにしよう。
とりあえず俺は城下町の方へ飛んだ。
城下町からは街道が伸びているはずだ。
街道沿いを行けば、そのうち避難民に合流できるだろう。
城下町にどれくらいの人が住んでいて、何人が無事に避難できたかはわからないが、最低でも数百人は避難したのではないか。
ドラゴニュートは戦意のないものは襲わなかったみたいだし、魔王軍による略奪とかもなさそうだ。
人間の戦争の方がよっぽど非道いかもしれない。
罪のない一般市民まで虐殺なんてこともあったからな。
適当に飛んでいると100人くらいの規模の野営地を見つけた。
野営地というかテントもなく、着の身着のままの野宿だ。
男手たちは木の棒で見張り、女性と年寄りが火を熾して食事の準備、その周りを子供たちがお手伝いをしてたり赤ちゃんや小さい子の世話をしている。
走り回っている子供もいるな。
男たちが木の棒を持っているのは武器替わりだろうな。
ここなら俺一人ぐらい紛れ込んでも大丈夫だろう。
優しい人に巡り合えますように。
野営地のはずれの木陰に行って、スキル解除をしよう。
(痛っ)
スキル解除の位置が少し高すぎたようだ。
体の小ささに慣れないとな。
俺は俺の意思とは無関係に大声で泣き出した。
本当に自分の声なのか?と思うぐらいに大音量で泣いている。
実は45のオッサンが大声で泣いているとバレたらドン引きされるだろうな。
でもこれで誰かが俺を見つけてくれるだろう。
放置プレイは勘弁してほしい。
腹も減ったし。
「$K&@?」
俺を覗き込んだのは5歳ぐらいの赤い髪の少女だ。
赤と言っても黒みがかったワインレッドの方が近いかもしれない。
ちょっとくせ毛のセミロング。
躊躇せずに抱きかかえられた。
「〇#$~」
何かを言いながら、人がいる方に走っていく。
頼むから転んだり落っことしたりしないでくれよ。
赤髪の少女はたき火を囲んでいる家族らしき人たちのところに向かった。
30歳ぐらいの濃い茶髪の細めの女性と隣には10歳ぐらいのくすんだ金髪の少年。
茶髪の女性は俺と同じような生まれたてに近い赤ちゃんを抱えていた。
天使だ。
赤ちゃんなのに美形だとわかる。
おむつのCMに出そうなくらいかわいい。
俺が今どんな顔なのかは俺からは見えないが、赤ちゃんの頃の写真を思い出すと・・・猿だな。
生まれた時から黒髪がボーボーで、我ながらかわいいと思ったことがない。
この異世界の人たちはどちらかというと洋風な顔立ちの人が多い。
体も大きめで、何かずるい。
俺を抱いている少女は、同じように赤ちゃんを抱いている女性の隣に座って笑っている。
お母さんの真似をしたいお年頃だな。
隣の女性は眉間に皺を寄せてひきつった笑いを浮かべている。
捨て猫を拾ってきたときの母親の顔に似ている。
金髪の少年は怒っているような口ぶりだ。
ここは穏便に済むように「必殺、タヌキ根入り」だ。
「俺は無関係」をアピールする大人の必殺技だ。
それにどんな動物でも赤ちゃんの寝顔はかわいいからな。
・・・自分を動物に例えてしまうあたりがせつない。
何か言い争ってるみたいだけど、何か布でも巻いてくれないかな。
ずっとまっ裸なんですけど。
何十年かぶりに人に抱っこされていることに気が付き、子供とはいえ女性に抱っこされているのが気恥ずかしくなってきた。
・・・本当に寝てしまおう。
今日はいろいろなことが起きすぎた。
目が覚めたらこの家族の一員になれることを祈りながら。
この人たちが家族かどうかは知らんけど。