リディの里帰り
リディが3年ぶりに帰ってきたその日の夜の食事はいつも以上に賑やかだった。
土産話が落ち着いたのを見計らって、クレアが本題に入った。
「で、リディは何でこの村に来たんですか? わざわざヘレンまで連れて。 あれだけ大見得きって出ていって、ただの『里帰り』じゃあないんでしょう?」
俺もリディが帰ってきた理由がつかめなかった。
10年は会えないつもりでいたのだから。
「クレアは何でもお見通しなんだな」
やれやれ、といった表情でリディは言った。
「その話は明日にでもしようと思ったんだけどね。 クレア、今じゃなきゃダメかな?」
リディは周りを見ながら言った。
あまり人に聞かせたくない話なのだろう。
「わかりました。 子供たちが寝たあとにでも話をしましょう」
「ありがとうございます」
お礼を言ったのはヘレンの方だった。
リディの話は気になっていたが、諦めて俺が寝室でそろそろ寝ようとした頃、寝室のドアがノックされた。
「まだ起きてるよ。誰?」
ドアは開けられずに、外から声をかけられた。
「ケイン、まだ起きていたんですね。 リディはあなたにも話しておきたい、と言っています。 大丈夫ですか?」
俺は暇さえあれば、どこででも寝てるからな。
夜は強くないと思われてるのだろう。
「大丈夫。 すぐに行きます」
こんな重要な会議、参加しないはずがない。
「それでは私の部屋にきてください」
そう言ってクレアは寝室から離れていった。
「わかりました」
暇だったり、飽きたり、つまらない話だからオッサンは寝るのだ。
大事なときはスイッチが入る。
例え徹夜でも重要な会議では、眠気すら感じないのが社会人である。
いつもいつもグータラではないのだ。
クレアの部屋は何度も入ったことがあるけど、クレアに呼ばれて入ったのは初めてだな。
初めてっぽく入ろう。
部屋の壁やら本棚やら全体を見回すように、クレアの部屋に入った。
「女性の部屋で物珍しそうにキョロキョロするのはやめなさい!」
レイラに怒られた。
レイラも呼ばれてたのか。
てゆうか、なぜレイラが「こんな躾もなってない子で恥ずかしい」とでも言いそうな顔で怒るんだ?
「・・・ごめんなさい」
ここは謝っておこう。
実は何度もこの部屋にこっそり入ってます、と思われるよりはいい。
クレアの部屋にいるのは、クレア、リディ、ヘレン、レイラ、俺の5人だ。
ある程度、話は進んでいるらしい。
リディが勇者になるために、ヘレンといっしょに行動していること。
すでに近隣5王国を回っていること。
どの王国でも公認勇者はすでにいて、勇者候補もかなりの数がいること。
どの王国でもなかなか情報は得られず、特に魔王関連の情報は秘匿されていること。
仲間を増やしたいが、なかなか信用してもらえないこと。
逆に信用できる人物にも巡り合えてないこと。
この村に来たのはクレアが持っている本から情報を得たいということ。
そして、実績を示すために魔王軍の幹部の一人を倒すことが目標だということ。
それらの話が済んだところで俺が呼ばれたようだ。
「ケインまで呼ぶ話とはどういうことですか?」
クレアがリディに問いかけた。
「オレはレイラとケインをスカウトに来たんだ」
「「スカウト?」」
俺とレイラがハモった。
「信用できる仲間として、二人をいっしょの旅に連れて行きたい」
リディの誘いは意外だった。
と同時に納得もできた。
人も町も交流の少ないこの世界、どうしても村社会になりやすいのだろう。
身内しか信用しないなんてこと、よくある話だ。
正直、俺はリディに誘ってもらえてうれしかった。
俺の実力ってこの村では誰も認めてくれてないし。
スキルも見せてないし、村で一番弱いんだから当たり前か。
ちなみにフェラリーの方は魔力が大きいから、将来有望株だ。
おまけに美少女。
俺と違って期待は大きい。
「レイラもケインも二人ともまだ子供です。 旅なんて無理です」
クレアの否定も当然だ。
レイラが村で一番強いといっても、まだ13歳なのだから。
「今すぐとは言わないよ。 5年いや10年待ってもいい。 今の目標は魔王軍の幹部を倒すことだからね」
10年待ったら、ヘレンは40歳ぐらいだぞ。
大丈夫か?
リディは話を続ける。
「魔王は強い。 魔王軍ももちろん強い。 だから魔王軍の戦力を削いでいくことにしたんだ。 幹部を倒せば、それが実績となり勇者への道も見える。 まだまだ強さも経験も足りない。 30歳で勇者になれれば早い方だと考えているんだ」
リディの話によると、各国の公認勇者はほとんどが40歳ぐらいの貫録のある男性ばかりだったそうだ。
たまに若い勇者の話を聞くと、必ず王家の人間なのだという。
コネがなければ実績を上げるしかないわけだ。
魔王軍の幹部を倒すという目標は現実的だな。
魔王軍の幹部も倒せないようでは、魔王なんて倒せっこない。
「レイラとケインには幹部を倒すときの戦力になってほしいんだ。 情報収集なら二人ででもできる。 10年待つというのはそういうことだよ」
リディは戦いだけでなく、計画性も持ち合わせているようだ。
クリューガー王国が無事だったなら、騎士団長とか1軍を率いる器だったのかもしれない。
「オレはまだ若い。 ヘレンだってまだ24歳だ。 10年ぐらい大丈夫だよ」
えっ?
ヘレンって24歳だったのか・・・
元騎士で礼儀正しく落ち着いていて、体も大きく180はあるだろう。
雰囲気だけで30歳ぐらいだなんて思ってすみませんでした。
ついヘレンの方を見てしまった。
ヘレンは俺の視線に気づいて、笑顔で返してきた。
結構美人さんだな。
・・・思考読まれてないよな?
「ずいぶんと気の長い話ですね。 ではなぜ今その話をするのですか? 二人がもっと大きくなってからでも遅くはないでしょう?」
クレアの言い分ももっともだ。
俺たちはまだ子供だ。
この先の成長なんて、まだ誰にもわからない。
でも、だからこそのリディの話だと、俺は思った。
「二人に魔王軍を倒す旅に出るという強い意志と覚悟を持ってほしいからだ」
そう、どう成長するかわからないからこそ、先に明確な目標を持ってそこに集中するという考え方もアリなのだ。
子供の可能性を考えるならクレアの意見の方が正しいかもしれない。
でも「最終的に魔王を倒す」ことが目的ならば、リディの意見は悪くないだろう。
俺もリディに賛成する。
俺も魔王関連の情報は欲しい。
俺の目指す道もまた「勇者」なのだから。
勇者に おれはなる!!!!
・・・二度目だな、このフレーズ。
レイラはどうなんだろう?
どんなに強くてもレイラは女の子だ。
別の人生を考えていても不思議はない。
レイラは俺を見ていた。
で、何?その笑顔。
・・・女心はわからん。
何とも言えない挑戦的な笑顔だった。
そのレイラを見て、ため息をつくようにクレアが言った。
「・・・二人とも乗り気なようです。 しょうがないですね。 私は何をすればいいのですか? 私まで『魔王を倒す旅についてこい』とは言わないですよね?」
そういえばクレアっていくつなんだろう?
ヘレンが24歳。
見た目の年齢はクレアもヘレンも大差ないように見えるぞ。
「クレアを戦いの場に引きずり出すなんて言わないよ。 クレアにはクレアの知っているすべてを、二人に教えてやってほしい」
「私の知っているすべてですか?・・・10年でも足りませんよ?」
クレアは鼻で笑うように目を閉じた。
この人も得体のしれない人だ。
下級神官のはずだが、王国では違う立場の人だったのかも。
クレアは何をどこまで知っているのだろう?
「よろしくお願いします」
と、リディはクレアに頭を下げた。
「・・・わかりました。 できる限りのことはしましょう」
クレアの表情は優れない。
不本意なのかもしれなかった。
翌日から俺とレイラは別メニューでの訓練が始まった。
剣技、体技はリディとヘレンが教えてくれる。
二人は容赦なかった。
俺8歳だったよな?
児童虐待で訴えられるぞ?
打ち身擦り傷筋肉痛は当たり前。
骨折も毎日のように。
この世界、回復魔法があるから平気で無茶してくる。
「死ななきゃいいだろ」を通り越して「死んだら運がなかった」ぐらい開き直ってる。
クレアの回復魔法は相当レベルが高いのだろう。
でもいくら回復できても痛いものは痛いんだぞ。
根性で乗り切ってやる。
昭和は根性が流行ったよな。
根性根性ど根性。
泣いて笑ってケンカして。
Tシャツに張り付きそうだ。
クレアの教え方は座学だ。
理論からきっちり教えてくれる。
特に念入りだったのは、魔力を効率よく効果的に使うこと。
とにかく死なないことを最優先として、地味なことをしつこく諄いくらいに教えてくれた。
頭を使うことが苦手なのか、レイラは感覚的にできていることも理論建てで説明されると、頭に「?」をたくさん浮かべていた。
反復練習は特に苦手なようで、すぐに飽きてしまってはクレアに怒られている。
俺はむしろこちらの方が性に合っていた。
小さなことからコツコツと。
ただの芸人じゃない。
フェラリーはさびしそうだった。
俺とレイラが特別なことをしているので疎外感を感じたのだろう。
訓練が終わったら、フェラリーと遊ぼう。
たくさん話を聞いてあげよう。
好きな花を摘んでプレゼントしよう。
逃げられても追いかけよう。
いっしょにいられなくなる日が来るかもしれないのだ。
フェラリーは魔力は高くても戦いが向いているとは思えないし。
何よりも俺が、フェラリーには血なまぐさい戦いをさせたいとは思ってなかった。
過保護だと笑いたければ笑えばいい。
フェラリーは箱入り娘に育てたい。
うん、お父さん目線だな。
リディとヘレンは1季のうち20日は村で俺たちを鍛えてくれた。
近くに出現した魔獣退治にも連れて行ってくれた。
その間、俺はスキルを封印していた。
スキルは一人で練習できる。
今は基礎能力を上げるべきだ。
「努力した者が全て報われるとは限らん。しかし! 成功した者は皆すべからく努力しておる!!」
いじめられっこボクサーの師匠の言葉だ。
どの世界でも努力しなければ目的は叶わない。
俺が好きな言葉だ。