戦い済んで
俺は寝室に戻り、スキル解除をした。
「!!・・・・・クゥッ!!!」
やっぱり全身が痛い。
特に両手が砕けてるんじゃないかと思うほど痛い。
すぐに俺巻き戻しだ!
ふぅ~・・・すぐに痛みは消えた。
実際に現場で稼働した時間なんて10秒あるかないかぐらいだとは思うけど、1分ぐらい巻き戻しておこう。
この世界がゲームみたいな経験値とかレベルアップとか、そういうデジタル世界じゃなくてよかった。
俺時間巻き戻しなんてやったら、ボス猿を倒した経験値も無くなるんだろう?
俺の魂にはボス猿と戦った経験がしっかりと記憶されている。
1分巻き戻すと外套の返り血とか汚れも無くなっていた。
スティレットを置いてきちゃったけど、回収はできないし。
「なくした」なんてクレアに言ったら怒られるだろうな。
とりあえずフェラリーのところに戻ろう。
一人ぼっちでさみしがってるだろうから。
フェラリーは人見知りするというか、俺やレイラ、クレア以外の村人にはなんかよそよそしいというか、きっちりしすぎているというか。
最年少なんだから、子供らしくもっと周囲に甘えてもいいと思うんだよな。
王家としての英才教育でも受けているのだろうか。
フェラリーは本当に「お姫様」という表現がよく似合う。
フェラリーは集会所の中で周りに避難している人がたくさんいるにもかかわらず、一人で隅の方に佇んでいた。
「フェラリー!」
俺が声をかけると、俺に気付いたフェラリーが嬉しそうに顔をこちらに向けた。
何この天使、すっげえかわいい。
フェラリーが微笑むだけで、周りに花が咲いたようだ。
昭和の少女漫画の表現は嘘じゃない。
「ケイン、ずいぶん早かったのね。・・・あれ?着替えてないじゃない」
そういえば何があってもいいように着替えてくると言ったんだっけ。
かなり長い時間スキル発動してたから、すっかり忘れてた。
「えっと・・・護身用のスティレットが見つからなくて・・・」
なくしたのは本当だ。
「えーっ何やってるの? 護身用のスティレットはいつも肌身離さず持ってなきゃダメじゃない」
クレアからそう言われていた。
いつどこで何が起きるかわからない。
魔物がいる世界なのだ。
ここは平和な日本じゃない。
俺はどうしてもそのあたり危機管理が甘いよな。
スティレットだっていつも寝室に置きっぱなしだった。
俺の場合は時間停止ですぐに取りに行けるっていうのもあるんだけどね。
「わたしだっていつも持ってるよ。 ほら」
フェラリーが上着を開くと、右肩から斜めにベルトがかかっていて、左腰のあたりにホルダーに収まったスティレットが装備されていた。
てっきりポーチだと思ってた。
やっぱ俺、平和ボケが抜けてないのかな。
フェラリーはスティレットを鞘ごとホルダーから取り出した。
「はい」
俺に柄の方を向けている。
「貸してあげる」
「いいの?」
フェラリーだって必要だぞ。
「どうせわたしは使えないから」
「ありがとう」
俺はスティレットをフェラリーから受け取った。
「そのかわり・・・」
フェラリーが俯いている。
「ちゃんとわたしを守ってよね!」
フェラリーが俺の目を見つめて、少し頬を染めながら笑顔で言った。
ズキューン♡
俺の顔は茹蛸のように真っ赤になっていたに違いない。
どれくらい時間がたったのだろうか。
空が夕焼けに染まる頃、レイラたち狩りメンバーとクレアたち加勢メンバーがまとめて村に帰ってきた。
クレアとレイラが先頭だな。
後ろの男たちは何か大きな荷物を2~4人で担いでいる。
解体された猿の魔獣だった。
魔獣の肉は魔力が残っているので、村のみんなで食べるのだそうだ。
食事として魔力を体内に取り入れると、ポーションの役目と魔力補充、血中を魔力が巡ることから体力増進、疲労回復などさまざまな効果があるらしい。
味も元の動物より魔力のおかげで美味しくなるんだとか。
猿が旨いのかは知らんけど。
・・・牛の魔獣がいいな。
そういえば俺のスティレットはどうなったんだろう?
今夜は宴だ。
魔獣から村を守ることができたお祝いである。
負傷者も傷は軽く、クレアの回復魔法で完治していた。
死人もなかった、村に被害もなかった。
村人のみんながうれしそうに宴の準備をしている。
俺もできることを手伝った。
とはいえほとんど手伝えることはなかったのだが。
宴の前、クレアに孤児院の一角に呼び出された。
「スティレットをなくしたって本当ですか?」
あ、フェラリーから聞いたのね。
確かにないと困るものでもあるし、フェラリーが俺のことを心配してくれたんだろう。
「ケイン、どうしてあなたはこう緊張感がないのですか? スティレットのことだけじゃありません。 私の教える勉強のときもよく居眠りしてますよね?」
クレアは子供たちにこの世界の常識とか算数とか文字の読み書きとか、教えてくれていた。
でも全部あなたの本で知ってますから。
四則演算ならここに来る前から知ってますから。
顔に緊張感がないのは生まれつきです。
平和ボケ日本人の代表ということで納得しましょうよ。
クレアの小言を聞いてたら・・・やばい、寝落ちしそう。
今日はスキルも頻繁に使ったし、いろいろと疲れたな・・・
「ケイン、怒られているときに何ですか、その態度は! だいたいいつもあなたは・・・」
ごめんなさい、耳に入ってきません・・・ZZZ
「・・・ケイン、ケ・イ・ン!!」
誰かの声で俺は起きた。
椅子に座ったまま、毛布を掛けられている。
クレアが掛けてくれたのだろう。
クレアはよく怒る厳しい人だが、こういうところは優しい。
俺の目の前に立っていたのはレイラだった。
戦闘用の服ではなく、普段着に着替えている。
湯浴みも済ませたのだろう。
ん?怒ってる?
「宴の準備ができたって。 早く行くわよ」
レイラに言われて椅子から立ち上がろうとしたが、
「・・・待って」
レイラが俺の前に立ちふさがった。
「ケイン・・・あなた今日は何してたの?」
「へ?」
何を言われてもすっとぼけよう。
「これ・・・」
そう言ってレイラが懐から取り出して俺に見せてくれたのは・・・スティレット!
ボス猿の血は拭き取られていたが、俺のスティレットで間違いないだろう。
俺がボス猿を倒した後、すぐにレイラが回収してたのか。
「ケイン、あなたのでしょう?」
俺は黙ってレイラを見ていた。
「このスティレット、あなたの匂いが残ってる」
お前は警察犬か!
「・・・ケインなんでしょ?」
レイラが・・・震えている?
「どうして・・・?」
コトンッとレイラの手からスティレットが落ちた。
ゆらゆらと揺れるようにレイラが俺の顔に両手を伸ばす。
「ケイン・・・どうしてあなたは・・・」
俺の顔がレイラの手にやさしく包まれた。
レイラの瞳が潤んでいる。
こ、これは・・・キス?
レイラの両手が俺のほっぺたを摘まんでグリグリ動かした。
「・・・こんな顔のくせに」
こんな顔で悪うござんした。
レイラは俺の顔から手を放し、俺にゆっくり抱きついてきた。
「・・・怖かった・・・」
レイラの顔は俺の胸に埋まっている。
「・・・怖かった」
レイラ?泣いてる?
俺の服の胸のあたりが熱く濡れていくのがわかる。
そうだよな。
初陣であれだもんな。
レイラが倒した猿は魔獣ではない。
魔獣の配下とはいえ猿に過ぎない。
レイラは猿の魔獣相手には何もできていなかった。
殺されていたかもしれない。
・・・レイラが無事でよかった。
俺は左手をレイラの背中に回し、右手で頭を撫でた。
「・・・怖かったよぅ・・・」
レイラだってまだ13歳の女の子だ。
怖くて当たり前。
俺は無言でレイラを抱きしめ、頭を撫でていた。
外では宴の喧噪が聞こえる。
俺とレイラの時間だけが止まっているようだった。
・・・スキルなんて使ってないのに。