プロローグ
ドサッ
ベットから転げ落ちるような鈍い痛みで目が覚めた。
猛烈に咳き込み、涙を流しながら嗚咽する。
息を整えると、鼻を衝くのは土臭いというか、獣臭というか、近年嗅いでない臭い。
目をあけても暗くてまわりがよく見えない。
頭痛もする。
目を凝らしながらゆっくりと上体を起こしてみると、どうも掘立小屋の中のようだ。
壁の隙間やら軒下やらから、外の光が差し込んでいる。
ようやく目も慣れてきた。
自分が転がってたのは、藁の上?
きょろきょろと小屋の中を見渡す。
腕ぐらいの太さの棒で、小屋の中が仕切られている。
これは、馬小屋、だな。
なんとなくそう思った。
幸いにして、小屋の中には馬も人も見えない。
小屋の外では人の気配はありそうだが、木の壁を背もたれにして座ることにした。
とりあえず落ち着こう。
心臓が早鐘のように脈打っている。
頭痛はまだ治まりそうもない。
深いため息をついて、ようやく自分がマスクを着けたままだと気が付いた。
花粉症だし、仕事柄ほぼずっとマスクを着けっぱなしなので、マスクをしていることを忘れることもある。
マスクをしたまま寝落ちすることなんてザラだ。
ふと自分の近くを見ると面体が転がっている。
そういえば手はゴム手袋を着けたままだ。
そこで自分の格好をあらためて確認する。
頭は耳から髪の毛すべてを覆い隠す白い防塵帽。
体は手足を包む真っ白なダボダボの防塵着。
手は白いクリーンルーム用ニトリルゴム手袋。
足は白いゴム長靴。
そして白の不織布マスク。
・・・全身白づくめだ。
太った白いモ〇モジくんと言った方がわかりやすいか。
バリバリ不審者だ。
この格好に顔面保護用面体と防毒マスクを装着すれば、うちの会社のクリーンルーム標準作業着となるわけだが。
・・・直前まで何をしていたか、思い出してきた。
ゆっくり回想しようと思ったのだが、突然、
バタンッ!!
と俺の正面の木戸が開いた。
「#$%&!?」
叫びながら、中年の男が一人、小屋に入ってきた。
やばい。
目が合った。
栗色の髪と顔を覆うような髭、青い目、180ぐらいのプロレスラーのような体格。
うん、日本人じゃないな。
とっさに俺は両手を挙げて、降参のポーズ。
中年男は外を指差しながら、何か言っている。
何語だかさっぱりわからない。
俺は日本語しか喋れないが、耳障りでなんとなくどこの国の言葉かはわかる。
しかし目の前の男の言葉は、俺が生きてきた中でのどの言葉とも違う。
手には何も持っていないようだが、戦って勝てるとは到底思えない。
とりあえず、いきなり殺されないように敵意のない姿勢でいよう。
男の表情はこちらを訝しがるわけでもなく、むしろ呼んでいるように思える。
左手は外を指差し、右手は俺を手招きしているような?
外で何か起きているのか?
よく聞けば、人のざわめき、喧噪、悲鳴?
中年男に敵意は無さそうなので、恐る恐る立ち上がり、男といっしょに外に出てみた。
まず目に入ったのが、1㎞ぐらい先に聳える巨大な城。
まるでネズミの国にある城に似た美しく大きい石造りの城。
城の周りは城壁や尖った砦に囲まれている。
緑豊かな山々が城を囲み、遠くに噴煙を上げている火山が見える。
城に伸びる石畳の幅広の通りの両側に、石造りと木造を組み合わせた鋭角の屋根の建物が並ぶ。
そして、美しい城の中ほどの空に黒い大きな鳥のような蝙蝠のような生物が纏わりつき、攻撃をしているのだろうか。
やがて白煙とともに城の一部が崩壊した。
一呼吸おいてから響く轟音。
城を背にこちらへ逃げ惑う人々。
俺のとなりで城を指差しながら中年男が俺に何かを言っているが、耳に入らない。
呆然とした俺の口から出たのは
「・・・異世界・・・」
それだけだった。