第六話:辺境の領主は秘密を明かした理由を知る
「ドゥムウとは山を使っての水瓶を作り、足りないときに補う知恵なのか……」
ジョンはドゥムウといわれた上流の水瓶と下流の麦畑を見て言った。
「小麦はドゥムウとドゥテによって支えられている。このような知恵は私達は持たない。ディック殿……貴殿は理人なのか?」
300年前に賢者を迎えたこの世界では、人知を超えた力を持つ者を理人と呼ぶようになり、人々に歓迎されるようになった。コルスタニア王国では賢者を含め3人の理人が登場しており、その人知を超えた力を取り入れて王国は発展してきている。
しかし、ディックから出た言葉はジョンにしては想定外のものだった。
「私は理人ではありません。一つの事実として、ドゥムウを作るために村を2つ沈めました。それが私が実施した事です。まだ、お見せしていないものがありますので下に戻りましょう」
そう言い終わるとディックは登ってきた階段を少し寂げに降り始めた。ジョンはその答えに納得いかなかったが、ディックが先に進んでしまったため、着いていくしかなくなっていた。ディックは下まで降りると今度は地下につながる階段を下り始める。到着したときに聞こえていた定期的に鳴る音が次第に大きくなっていく。
「ドゥムウには、このような使い方ができます」
ディックがジョンを見せたものは地下内に設置された水車であり、ドゥムウの隙間から流れ出している水によって、水車が回っていた。その水車の回転を動力元とし、隣にある巨大な石臼や杵付き機が動作していた。ジョンには巨大な石臼や杵付き機がどのように動いているかはわからないが、人の手を介さずに動いているのだけは理解した。
「人の力を使わない脱穀の仕組みをも創り上げていたのか……確かにあの広大な小麦を収穫した時、どのように脱穀していたのか分からなかったが、これなら大量に生産が可能だ……」
ダムを使っての水害や干ばつの有用性、さらに無人による脱穀の仕組みを見せつけられ、ジョンは益々ディックが理人であるのではと感じた。しかし、ディック本人がそれを否定している……
ディックは地下から地上に戻るとジョンに向かって話しかけた。
「これらがマーレン領において、干ばつや水害を防いだ理由です。ジョン殿の領地であれば、比較的早く作る事ができるのではないでしょうか? 地図を持ってきて頂いた理由は分かって頂けたと思います」
「つまりディック殿は地図をみて、ドゥテとドゥムウをどのように設置するかを検討するということなのだな。だが、どう考えてもこれらは理人の知識によるものだ。今回の理人は賢者のような知識をもった方なのか……何故、その事を私に明かせる? 権利はディック殿にあるはず……ということは理人は既に亡くなられたのか?」
初代の理人であった賢者は理人を奪い合う争いをしない事をこの世界に求めた。コルスタニア王国ではその約束を守り続け、理人を保護をした貴族が英知を得る特権を与えた。そして、理人が亡くなった後に他の貴族に伝えるという事を行ってきている。
そのため、ディックが理人の存在を明かすという事はジョンにとっては驚きでしかなかった。ディックとジョンの間には沈黙が走った……しばらくしてディックが話はじめる。
「理人は私の実母です……私は貴族教育を父と正妻から受け、それ以外の知識教育は彼女から受けています。簡単に表現するなら私は理人の弟子のようなものです」
ジョンは驚愕した。目の前のディックは出生の秘密ならず、理人の正体でさえジョンに話をしている。普通ではありえない事であり、争いの火種になりかねない内容である。
「ディック殿、何故私にそれを教えた?」
「民がいれば王国は元気になる。私が証明してみせる。これから私が王国を豊かにしてみせよう……だから、君も頑張れ……と私に言ったのはジョン殿ですよ……」
その言葉を聞いてジョンは改めて思い出した。10年前に自分が少年を励ました事。そして、その少年がいたのがマーレン領であり、少年は姉と思われる女性を守っていたことを……
「まさか、ディック殿があの少年だったのか……そして、あの時の女性はレーナ殿……」
「ジョン殿に救って頂けなければ、私達は生きてはいなかったでしょう。例え生きていたとしても私の心は折れていましたので何も出来なかったと感じます。この2年の災害における王国の被害を防げたのは結果的にはジョン殿のおかげなのです。……沢山の情報を渡しましたね、戻りましょうか。馬車の中で整理して頂ければと思います」
そうディックは言うと馬車の方に歩き出した。ジョンも慌ててディックについていく。帰り道、馬車に揺られる二人には会話はなかった。ジョンは状況を独り言をしながら状況を整理していた。
「そう言えば、ジョン殿? 母の名前はレイナです。母には別の記憶がある為、時々発音がユニークな場合があります。我々の言い方で言えば、レェィナという感じで言うと良いと思います」
「そ……そうなのか? レェィナ殿だな、ディック殿かたじけない」
ジョンの独り言の中にレイナという単語が多く出るようになったことにディックは気付いたが、情報を渡しすぎたのかと考えて無視する事とした。




