第五話:辺境の領主は隣の領の秘密を知る
「ディック殿の生母? 16歳の時に出産? ディック殿は今が24歳……そうすると40歳……」
ジョンが目を白黒させていると、目の前にパンで何かを挟んだ食べ物が差し出された。
「フリーデル様? 女性の年齢は数えるものではございませんよ? さあ、これはサンドイッチという食べ物です。お腹はすいておりませんか? おいしいですよ?」
「レーナ殿、ジョンとお呼びください。レーナ殿はまだまだお若く美しく羨ましい限りです。それに引き換え私は36歳になりますが、老け込んでしまいました。ところで……これはサンド……ウィッチ……ですか?」
レイナはお皿を持っている反対の手で、サンドイッチを掴むと口に当てて食べる仕草をした。ジョンはレイナの姿にドキッとしつつも、レイナが持っているお皿からサンドイッチを掴み取り、レイナが手本を見せたように齧り付いた。
「どうですか? サンドウィッチのお味は? 考え事をしながら食べれるので、とても便利な食べ物です」
ディックはそういいながらレイナが持っている皿からサンドイッチを掴み、ジョンを地図の方に戻すように指の仕草をした。ジョンはそのサンドイッチの柔らかさと美味しさに驚きつつも、ディックと一緒に机に張り付けている地図に向かう。そして、ジョンはサンドイッチを急いで飲み込みディックに話しかけた。
「このパンの柔らかさは何なのだ。ここに来る道中で私が見たドゥテの事も……これはこと……」
その時、ディックがジョンの言葉を手で制した。ディックの視線の先にはレイナがいる。レイナはキョトンとした顔をしながら首を傾げている。ジョンはディックが母親に話すなといっていると感じ言葉を飲み込んだ。すると突然レイナが、なるほどといった感じで話し出した。
「あぁ、土手の事について話をしていたのね? じゃあダムも直接見ると良いんじゃないかな?」
ジョンにはレイナから発せられる言葉に聞き取りずらいものがあると感じた。ジョンの戸惑っている様子に気づいたディックはレイナに向かって諭すように話しかけた。
「母上、貴女の発音は癖があって難しいと言っているではありませんか?」
「ええ?!……ドゥテとかドゥムウの方が言いにくいじゃない?」
ディックは膨れて言い返しているレイナを無視して部屋に置いてあるベルを鳴らした。するとロベルトが侍女二人を連れて部屋に入ってくる。ディックはロベルトに向かって話しかける。
「今からフリーデル様と一緒にドゥムウを視察します。外套と馬車を用意してください」
ディックはジョンに振り向き、レイナとジョンに対して交互に目を移して話しかける。
「ジョン殿……二人で色々と話をしたいのでドゥムウを視察しながら話をしませんか? 母上はここでお大人しくしておいてください。ジョン殿、この屋敷にはロベルトがいますから安心ですので、地図はそのままにしておきましょう」
「はーい。お留守番ね……お食事を作って待っておけば良いかしら?」
レイナの間の抜けた返事を後にして、ディックはジョンとドゥムウに向かうため扉に向かって歩き始める。ジョンはレイナと離れる事を少し寂しく感じたが、後で一緒に食事ができるという事とディックと話をしなければならない事があった為、ディックに急いでついていった。
◇
馬車に揺られながらジョンとディックは向かい合ったまま黙っていたが、先に沈黙を破ったのはジョンだった。
「ディック殿、貴殿の領地では水害はなかったということだな。そして、ドゥテによって溢れる河川を食い止め、農地を守ったと……しかし、それでは干ばつを防げた理由が分からない」
「ジョン殿の言われる通りです。マーレン領はドゥテを築いてきた事によって、水害から逃れることが出来ました。そして、干ばつについても築いたドゥムウが理由ですが、それは見たほうが早いです。質問はそれだけですか?」
ジョンには干ばつが人の手によって防げる理由が理解できなかった。300年前に現れた賢者でさえ、人には天候を操ることはできないと言い切ったと伝え聞いているからだ。
「それだけではない! 魔物であるタプウシュカを使って畑を耕していると聞いたし、確かに暴れていなかった。どのようにして、あのような事ができると貴殿は考えた?」
「牛だけでは広大な土地を耕すのは難しいと考えた結果として、何かないかと考えたら上手く行っただけです」
ジョンは平然と回答をするディックに驚愕した。ディックは質問すべてに淀みなく回答をしている。ジョンは行き着いた回答を口に出そうとしたが、その前に馬車が止まった。その場所では何処からかゴンゴンと定期的な音を発していた。
「どうやら着いたみたいですね。これからドゥムウの上に行きますので付いてきてください。音については後で説明します」
ドゥムウは巨大な壁であり、その端に階段が備え付けられていた。ジョンとしては登りながら話したいとも思ったが、ディックが必死に階段を登っている姿を見て、やはり自分は体力がありすぎるのだと納得し、ディックに話しかけるのは諦めた。
「ハァハァ……ジョン殿……着きました……これがドゥムウです」
ドゥムウの壁の頂上にたどり着いたジョンは驚愕した。広大な湖が目の前に広がっていたからだ。ドゥムウの壁を境にして湖と川とが全く違う光景として目の前に広がっている。
「ディック殿……干ばつを防げた理由がわかった……これがドゥムウなのだな……」