第1巻 その少年、脱走癖アリ
――――――世界で一番広い面積を有する国・珠詠国には、神都・遼昇を一つとして、そこから四つの一族が治めている地域があり、四つの一族が住まう城下町を聖都と民は呼んでいる。
朱雀を守護する一族が住む聖都を朱架、白虎を守護する一族が住む聖都を楼洛、青龍を守護する一族が住む聖都を青巌、玄武を守護する一族が住む聖都を紗掟と呼ぶ――――――
「拓美様!拓美様はおられるか!!」
「(だーれがハイハイここですよーなんて出るかこのドアホ大臣め)」
襟足だけを腰まで伸ばした髪を一つに括っており、金の髪色に良く似た大きな金瞳を持っている少年は、壁に隠れながら大臣と呼ばれる少々小太りの中年男性の様子を窺った。
「へへっチョロイもんだぜっ」
少年、もとい朱霧拓美は朱雀守護者で現当主・朱霧紫瑯の嫡男であり、今年で継承を行える18歳になる。
拓美は大臣の様子を窺いつつ、足音を立てないようにソロソロと城内から外に向かった。
『…またか』
『またですね』
『ちょっとシロんとこまで行ってくらぁ』
『えぇ、お願いしますね』
そう、聖都・朱架、夜明城内では紫瑯の嫡男・拓美の脱走癖は有名である。
その脱走する姿を、常人には視ることの出来ない不思議な出で立ちの男二人が見ていた。
『シロー――――っまぁた拓美が脱走したぜぇ?』
静かな執務室に物音を立てずに先ほどの不思議な出で立ちをした男が一人姿を現した。
「はぁ…またか。悪いが朱里、私は迂闊に城を出る事が出来ない。拓美を探してきてくれるか?」
そう言って、執務室で膨大な資料に目を通している精悍な顔だちをした男・朱霧紫瑯は、困ったような呆れたような表情を浮かべて『朱里』と呼んだ真っ黒いズボンと、袖がなく裾が踝まであるコートを身に纏い、肩までの赤髪から黄色の髪飾りが2本見えている青年を見た。
『あいよ、まぁ多分蓮雀が追ってると思うし大丈夫だろ。ま、すぐ戻ってくっからお前は仕事してろよ?仮にも城主なんだからよ』
左の二の腕にある刺青を触りながらニッと屈託のない笑顔を見せて朱里は一瞬にして姿を消した。
「全くあやつは幾つになれば脱走癖が納まるのだ…?」
紫瑯が呟いた声は誰にも聞かれることなく執務室に消えた。