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続編のない短編達。

TSした騎士団長息子が幸せになるまで

作者: 池中織奈

「フレン様、ごきげんよう」

 声をかけられ、私――フレンツィア・ガドーラマは挨拶を返す。

 此処は王立ゼドリア学園。優秀な平民は奨学制度や国の補助を用いて通う事が出来るが、基本的には王侯貴族が主に通う学園だ。各故、私自身もガドーラマ侯爵で、我が国騎士団長を務めている父上の子供である。

 貴族としての心得や教養や歴史、または商売についてそれらの事を専門的に学ぶA科生。

 基本的な貴族としての心得や教養、歴史に加え、魔法を専門的に学ぶB科生。

 基本的な貴族としての心得や教養、歴史に加え、騎士として戦う術を専門的に学ぶC科生。

 A科生は学問的な分野で活躍する者達の育成を目標にしている。此処からの卒業生は、将来的に内政で功を成す者や商売で成功する者など様々である。

 B科生は魔法師として活躍する者達の育成を目標にしている。此処からの卒業生は、将来的に王国に魔法師として仕えたり、魔法の研究者として活躍したり様々である。

 C科生は騎士として活躍する者達の育成を目標にしている。此処からの卒業生は、将来的に王国の騎士となったり、近衛騎士になったり様々である。

 私はC科に所属している。C科は最も女性が少ない科だ。貴族令嬢が一番多いのはA科、次に多いのはB科、そしてC科はほとんどいない。淑女教育を受ける事を目標に学園に通っている貴族令嬢は基本的にA科に所属している者が多い。

 授業は単位制で、必須科目以外は好きに選べるようになっている。私はとある出来事が起きた時に、A科に転入するように勧められたが、自分の意志でC科に所属している。女性の体は男性の体より丈夫ではなく大変だが、それでも身体能力強化の魔法を用いる事でC科の中でも結果を残す事が出来ている。

 貴族令嬢という事で、淑女教育も学園では最低限学ばなければならない。正直、淑女教育は面倒だと思ってならないが、貴族令嬢になってしまったのだからともう受け入れてはいる。

 淑女教育は、社交界デビューをし、将来的に貴族夫人に納まる際に必要な事である。女性の貴族としてのマナーも、大分、学べてきていると自負している。面倒だが、家族の顔には泥を塗りたくない。

 最も、卒業した所で私が誰かと結婚出来るとは正直思っていない。出来たとしても白い結婚ではないかと考えている。まぁ、どちらにせよ、卒業後も自分で生きていくための下地は作っている。いつまでたっても未婚である事は貴族令嬢にとっては、傷になるだろうが家族に迷惑をかける訳にはいかないのだから今は騎士科で力をつけるのみだ。卒業後の第一目標として、幼い頃の夢である騎士になる事である。騎士である女性は少ないが、居ないわけではないので実力を示せばなんとかなるだろう。……もし白い結婚をしたとしても騎士にはなりたいものだが、その場合は厳しいだろう。そう考えるとやはり結婚などせず騎士になりたいものだと思う。

 そんな事を考えながら学園の廊下を歩いていれば、前から見知った顔が二人歩いてきた。

「フレン、おはよう」

「フレン、ごきげんよう!」

 やってきたのは、私にとっての親友で幼馴染と言える二人だ。

 一人はララム・ゼドリア。黄金に煌めく髪と、海のような青い瞳を持つ美形だ。何を隠そう我が国の王太子殿下である。いかにも王子様といった風貌をしているララムはとても異性に人気があるらしい。

 もう一人はスハアナ・ニッベラジィア。ララムと対になるような美しい銀色の髪を腰まで伸ばしている。瞳の色は新緑の緑。この国の公爵家令嬢で、ララムの婚約者でもある。

 侯爵家子息として生まれた私は、ララムの遊び相手として選ばれ、此処にはいない幼馴染三人も含めて仲良くやっている。

「フレン、少し話さないか?」

 ララムとスハアナからお誘いがあったので、私は共に菊の間に向かう事になった。菊の間は、王族と上級貴族のみが入る事が出来る場所だ。幾つかの部屋があって、その一番広い部屋を私達はよく使っている。


 私達はソファに腰かけて向かいあう。


 ララムとスハアナは隣同士で座っている。王侯貴族間の婚約と言えば、政略結婚も多くある。冷え切った関係の家庭というものはそれなりにあるものだ。しかし二人の間には確かな絆が結ばれている。

 両想いな事もあって、よく仲睦まじい様子を私に見せつけているのだ。今も、隣に座りながらララムがスハアナの手を握っている。ララムはスハアナの事を本当に好いていて、いつも見せつけてくるのだ。スハアナも満更ではなさそうなので止めはしないが、婚前に男女の契りを結ぶ事がないようにだけ目を光らせている。今は側近候補から外されてしまっているとはいえ、元側近候補としてそういう所に目がいってしまう。最も侍女などが傍に控えているし、本当に二人っきりにはならないだろうが。

「フレン、卒業後は騎士になろうとしてるんだって?」

「そうよ。フレン、騎士になりたいと言ったんですって?」

 どうやらララムとスハアナの話は、先日私が教師と話したこれからの私の進路についてだったようだ。

 ガドーラマ侯爵家を継ぐのは今年七歳になる弟だ。騎士団長の地位を継ぐのも弟になるだろう。となると、私は自分の手で生活していかなければならない。そうなると、やはり騎士になりたいと思った。

「ああ。私は結婚など出来ないだろうし、家族に迷惑をかける訳にはいかない。それに騎士になるのはずっと夢だったから、女性になったからとあきらめたくはないんだ」

 幼い頃からの夢だった。父上の背中をずっと見てきた。——いずれ、その背に追いつく事をずっとずっと、夢見てた。その夢は、私にとって簡単に諦められるものではない。

「結婚は考えていないの?」

「……馬鹿を言え。私は結婚など出来ないでしょう。少なくともこの国内では。——だって、この国の王侯貴族達は私が元々男であったことを知っているでしょう」

 私はスハアナの言葉にそう言い切った。



 *



 私は生まれた時は男だった。六年前まで、確かに男だった。

 カドーラマ侯爵家の長男として生を受け、騎士団長である父上の跡を継ぐ予定だった。父上にも筋が良いと言われ、剣の練習に励んでいた。

 私は父上の跡を継いで、立派な騎士となる事を信じていた。それが覆されるなどと思ってもいなかった。

 しかし、六年前のあの日、あの事件は起こった。

 事が起こったのは建国祭という目出度い日だった。ゼドリア王国では建国を祝い、毎年お祭りが行われる。陛下のありがたい言葉から始まるお祭りでは、貴族達はパーティーを行い、平民達は屋台などを出し祝うといった風になっていた。建国記念のパーティーの時、私は幼馴染達と一緒に居た。王宮で行われているパーティーであり、私達は油断していた。陛下達だってまさかあんなことが起こるとは思ってなかっただろう。——そしてその油断が、悲劇を生んだ。

 王宮に忍び込んでいた曲者があろうことが、王太子であるララムに秘術や禁術と一部では言われる術をかけようとしたのだ。一番最初に気づいたのは、ララムの傍にいた私だった。私は次期騎士団長として、将来的に主君となる存在で、なおかつ親友であるララムへの敵意に気づいた時、体が勝手に動いていた。

 気づいたらララムを私は突き飛ばしていて、私は気を失ったのだ。

 

 そして目が覚めた時、私は違和感をぬぐえなかった。


 心配そうに私の事をのぞき込む両親、幼馴染達――だけど、目が覚めた私を見ても彼らの表情は浮かないままだった。何故だろうと思った、まさか守れなかったのかと思った。

「俺は守れなかったのですか!?」

 と、叫んだりしている中で違和感に気づいたのだ。いつもあるはずの、男の象徴が感じられない事に。思わず女性達がいるにも関わらずあの時の私は錯乱して、手を伸ばして触ったものだ。そしてあるはずのものがなかったのだ。

 混乱する私に父上は説明した。

 私が守ったために、ララムは無事だったと。でも代わりに私がその秘術を受けてしまったのだと。そしてその秘術は『男を女に、女を男に変える』という性転換の効果をもたらしたのだと。

 曲者を忍び込ませたのは、陛下からも信頼が厚かった王弟だった。私自身も信頼していて、陛下に牙を向けるはずがないと信じ込んでいた存在だ。王弟は本当に陛下すらも長年欺いていたが、王位を望んでいたのだという。

 我が国は男性の方が家督を継ぐ順位が高い。陛下の子供はララムを含めて当時三人いたが、男はララムだけだった。もしララムに何かあれば、王位継承権の第一位は王弟になる。そして第二位は王弟の子供になっただろう。ララムを性転換させた後は、陛下を暗殺し、王になるつもりだったと自白したそうだ。

 王弟は当時まだ二十を超えたばかりで、陛下とは年が離れていた。いつ、彼がそういう野望を抱いたかは定かではないらしいが、このタイミングで動いたのは陛下が王弟を信頼しきっているという確信が持てたからのようだった。

 秘術を解除する、またはもう一度かけなおす事が出来ないかと陛下も父上も母上も奮闘してくれた。しかし、この秘術はかけられる者がほとんどいないのに加え、一度しか相手に効かないものであるのだというのが調べつくして分かってしまったのだ。

 そのため、私は女性として生きる事を受け入れた。もちろん、ショックはあったが、男に戻れないものは仕方がないと何とか時間はかかったが割り切る事が出来、女性として生きる事を決めたため一人称を『私』に変えた。

 九歳の時に性転換をし、もう六年。まだ幼い頃で良かったとも思っている。もしもっと長い時間を男として生きた後に女になった方がもっと悲惨だっただろうから。六年の間で大分、私も女性として生きる事にも慣れてきている。

 ちなみにパーティーの最中に起こった出来事なのもあって、私が男から女に変わったのは貴族全体が知る事となった。その後正式に令嬢になってしまった事も発表され、知らない者はいないだろう。

 王太子を守って令嬢になってしまったということで、陛下は沢山の補助をしてくれた。褒美は断ったが、受け取らなければいけないと押し切られ、受け取る羽目にもなった。陛下も信頼していた王弟の暴挙に対し、ショックを受けていたようだがきちんと王として対応をしてくれた。

 さて、女性に変わってしまったという事で私が家督を継ぐ事はなくなったのだ。当時生まれたばかりだった弟が、家督を継ぐという事になった。加えて、婚約も解消された。

 幼馴染の一人と婚約していたわけだが、私が女になってしまった以上、令嬢である幼馴染と結婚をする事は叶わないという事でこちらから申し出た。

 学園は初等部から存在する。六歳から学園に通っているのは王侯貴族達だ。十二歳の中等部から平民達も混ざってくる。どの科に所属するか決めるのは九歳になってからだ。もちろん、子供なので後から変更も出来る。子供の頃、俺は迷わず騎士になるためのC科を選んだ。しかしその直後に令嬢に変化してしまったわけで、周りには散々A科に変わるように勧められたが、そのままC科に所属し続ける道を選んだ。


 そして新たな婚約が決まる事もなく、今に至っている。



 今、私は高等部一年生で学園は十八歳で卒業である。正直言って、婚約者が決まるとは思えない。私だって男の身になって考えてみれば、元男の女性なんて妻にしたいとは思わない。そんなわけで積極的に婚約者を探そうとか考えてはいない。貴族令嬢ならば、親が決める事も多いが、父上も母上もその件については何も言わない。元男である私の心情を考えてくれるのかもしれない。

 父上と母上や周りの皆には本当に感謝している。私が女へと変わっても、私を大切にしてくれた。父上や母上は「性別がどうであれ私の子だ」と情緒不安定になった私を抱きしめてくれた。ララムやスハアナ達幼馴染だって「男だろうと女だろうと大事な幼馴染」と言ってくれた。その絆があったからこそ、私は今、貴族令嬢として生きる事が出来ている。もし、彼らに突き放されでもしたら私はもっと絶望してしまっていただろう。





「……ゾフィとは連絡を取り合っているか?」

「ああ。ゾフィはまめにひと月に一度は必ず手紙をくれる」

 ゾフィ。ゾフィーア・ヤダスゾーン。私の婚約者だった幼馴染。その幼馴染で元婚約者の彼女は何を思ったのか、五年前に他国に留学をしていった。それも遠く離れた小国にである。何が目的あるか教えてえなかったが、どうしても学びたいことがあると私を置いていってしまった。五年間、距離もあって帰っては来ていないがまめな事にひと月に一度は手紙をくれる。

 ゾフィも忙しいだろうに、こうして手紙をくれる事は正直嬉しかった。

「何も言われてない? 私達にはゾフィはそんなまめには手紙くれないのよね」

「何の話?」

 質問の意味が分からなくて問い返せば、曖昧に笑われた。何なんだろうか。

「フレン。君の将来についての話があるんだ。これは父上からの提案でもある」

「……提案?」

「ああ。君が、学園卒業までに結婚相手が決まらなかったら私の側妃として迎え入れようという提案だ」

「は?」

 ララムに言われた言葉に、思わずと汚い言葉で返してしまった。

「ララム、それは昔断った話だろう? それにスハアナもいる前でする話でもないだろう」

 王太子であるララムを守って、女になった私。その当時、ララムの妃として私を迎え入れるのはどうかという話があった。ただそれは断った。私は親友を守りたくて動いて、こうなったのだ。そんな事してもらわなくていいと断った。

 それでその話はもう消えたと思い込んでいたわけだが、また出てきてしまったのだろうか。それにしても婚約者であるスハアナの前でする話じゃないだろうと思わず厳しい目をララムに向けてしまう。

「フレン、私は承知の上ですわ。寧ろ、フレンなら構いませんもの。フレンなら夜枷は無理でも、妃の一人としてララムを一緒に支えていけるでしょう? それにフレンが未婚の貴族令嬢として謗られるのは私は嫌だもの」

「スハアナ……」

「まぁまぁ、フレン、あくまで決まらなかったらという事だよ。大切な幼馴染が悪評を立てられるのは私も嫌なんだ。それにもし私の側妃とならないとなると、他の貴族に嫁がせなければならなくなるかもしれない。恩人であり親友であるフレンが大変な目に遭うのも私は嫌なんだ。もちろん、側妃とはいっても夜枷は省いたものだ。フレンも私とそんなことをするのは嫌だろう? 側妃と言う名のついた側近のようなものだよ」

「ララム……」

 側近のようなものか。まぁ、元男とはいえ私は今は貴族令嬢だ。ララムの言う事も十分分かる。ララムもそういう道もあるのだと提案してくれているのだ。王命ではなく、提案と言う形で示してくれている所に、陛下やララムの優しさを感じる。あくまで私の意志を尊重してくれ、私を心配して提案してくれているのだ。

 元々側近候補としてララムの友人になった私だ。側妃になれば騎士団に所属する事は難しいかもしれないが、ララムを守るためと近衛騎士のような真似事は出来るだろう。

 結婚出来ないだろうと思うけれど、貴族令嬢として結婚しなければならないかもしれないのだ。もし白い結婚をするにしても慣れ親しんだ相手の方が断然良いだろう。六年たって、冷静に考えてそんな結論に至った。

「それも、ありかも」

「まぁ、あくまで、決まらなかったらだからね?」

「そうそう、あくまで決まらなかったら、だよ」

 ありかも、とつぶやいた私に、二人はあくまでだと何度も口にした。



 *


 私の前にはいくつかの選択肢がある。

 騎士になる道。

 誰かの妻になる道。

 ララムの側妃となる道。

 もしくは、家を出て平民として生きる道か。ただこれはしたくはない。学園で学んだ事が無駄になってしまうから。

 となると、三択のどれか。

 昔の私は騎士団長となり、家督を継ぐのを夢としていた。その未来が来る事を信じ切っていた。

 ガドーラマ侯爵を継いで、ゾフィと結婚して、そして当主として暮らしていく。そんな未来を信じて疑っていなかった。その道はもう途絶えてしまった。

「フレン、今から授業ですか?」

「フレン、元気か?」

 声をかけてきたのは、バリクゥーノ・メッダとテドオラ・ピザウィッド。宰相と魔法師団長の息子で、二人とも私の幼馴染である。それぞれA科とB科に所属している。というか、幼馴染でc科に所属しているのは私だけである。

 私の友人は基本的に幼馴染達しかいない。c科の生徒たちは、男も女も元男であり、侯爵家の娘である私に近寄ってくる事はあまりない。挨拶ぐらいはされるが、本当に仲が良い友人は幼馴染達だけだ。A科の令嬢たちとの付き合いはあるが、それも友人と呼べるほどではない。

 バリクは将来宰相になり、テドは将来魔法師団長になるだろう。そうなる事を二人は昔から目指していた。

 私が騎士団長となり、バリクが宰相となり、テドが魔法師団長なる。

 ――三人でそんな誓いをしたのは懐かしい思い出だ。そして幼馴染であるララムが王になった時に支えようと昔誓い合ったのだ。

 この二人も私が女になって戸惑いはしただろうに、友人として接してくれた。そのことは私にとっての救いだった。

「今から社交界でのマナーの授業があるの」

「そうですか。頑張ってくださいね」

「頑張れよ。フレン。また時間がある時に、ゆっくり話そうぜ」

 たまたま見かけたから話しかけてくれただけのようだ。二人の言葉に頷いて、私は教室に向かった。

 ララム、スハアナ、バリク、テド。そして留学しているゾフィと、女になってしまった私。その六人は同じ年なのもあって、幼馴染として育った。たまにそれぞれの兄弟も加わりながらも一緒に育ってきたのだ。

 王になったララム。そしてそれを支える私とバリクとテド。スハアナは王妃としてララムを支え、ゾフィは私の妻として生きていく。——それが幼いころに思い描いてた叶うと信じていた夢。

 でも私は女になった。

 そしてゾフィも留学した。

 私たちの願った夢が、私が女になったことで変わっていってしまった。

 女であることは受け入れている。でも一つだけ、譲りたくなかったものも譲らなければならなかった。そのことを考えると私は悔しい気持ちになる。


 ―――私が、これからどうしようかと頭を悩ませていた夏休み明け。

 私の想定していない事態が起こった。




 その日は、学園内がなぜか騒がしかった。不思議には思っていたけれど、特に気にしなかった。ただ噂話で転入生が来るという話は聞こえてきた。学園に転入生なんて珍しい。私は驚いた。でもまぁ、転入生が来ようが私の学園生活は変わらないだろうと思っていた。

 だけど、

「ゾフィーア・ヤダスゾーンです」

 そこにいたのは、私の幼馴染だった。私の元婚約者。遠い他国に留学していた幼馴染。ゾフィが此処にいる事実にも驚いたけれどもっと驚いたのは、ゾフィのその姿だ。

「ゾフィ……!?」

「フレン、久しぶり」

「久しぶりじゃない! どうして……、どうして男性の制服を着てるんだ!?」

 転入生として学園にやってきたゾフィは男の制服を着ていた。加えて、胸も膨らんでいないように見えた。背も、私よりもわずかだが高い。——どこからどう見ても男にしか見えなかった。






 *




 私は女になってしまった事で、失ったものがある。

 騎士団長になるという夢。家督を継ぐという目標。——それもショックだったけれど、一番ショックだったのは、ゾフィとの婚約解消だった。

 私はゾフィが好きだった。

 王侯貴族の結婚は政略結婚が多くあるが、私はゾフィが好きだった。そしてゾフィも私の事を好いていてくれていたと思う。

 ゾフィは魔法が得意な女の子だった。

 貴族令嬢としての落ち着きはあまりなくて、じっとしているのが苦手だった。外で遊ぶのも好きだった。ゾフィはいつだって楽しそうで、太陽のような温かい笑みを浮かべていた。

 その笑みを見るのが私は好きだった。

 ゾフィが応援してくれるから、ゾフィの笑顔を見たいから――だからもっと頑張ろうと思えた。幼いながらに、ゾフィが好きだった。ゾフィが婚約者である事が嬉しくて、頬にキスしただけで顔を赤くするゾフィが可愛くて仕方がなかった。

「ゾフィの事を守れるぐらい、俺は強くなる。ゾフィの事はずっと守っていくんだ!」

 私の言い放ったそんな言葉を聞いて、「約束ね!」とゾフィは満面の笑顔で頷いていた。

 騎士として弱者を守る。民を守る。そんな父上の背中を見てきたけれど、一番守りたいものはゾフィだった。ゾフィの隣で、ゾフィの事をずっと死ぬまで守っていきたいと幼いながらに願っていた。

 

 でも、私はあの日、女になった。



 私が女になり、ゾフィは貴族令嬢。

 これからの事を考えて、ゾフィの事を考えた時、ゾフィとの婚約はどちらにせよ解消しなければならない事だった。私はゾフィが好きだった。ずっと守っていきたかった。ゾフィの傍に居たかった。でも、無理だってわかった。だから、自分から申し出た。

 同性同士の婚約など元々認められないから、自分から申し出なくても解消はされただろうけど、自分から申し出た。

 そして私とゾフィの婚約は解消されたのだ。

 ……ゾフィは、私じゃない誰かのものになる。ゾフィは貴族令嬢として、誰かに嫁いで、子を成す。

 私が本来いるべきだった場所に、他の誰かがいて。

 私しか触れらなかったはずなのに、他の誰かが触る。

 その事を考えただけで、狂いそうなほど嫉妬した。それだけ私はゾフィが好きだった。ゾフィの事を独占したい、他の誰かに触られたくないとさえ思ってた。

 ――でも、私が女性になってしまったから。

 婚約を解消して、何でもないというように笑った。ゾフィに対するそんな感情を周りに出さないようにした。女性へと体が変化し、ゾフィが誰かの物になってしまう未来を考えて嫉妬に狂っているような私を見せたくなかった。

 ゾフィが留学をすると聞いた時、私は寂しいと同時にほっとした。

 だって、私はゾフィが男と仲よくするのを見たくなかった。婚約は解消され、ただの幼馴染でしかない。女になってしまったのに、未練がましくもずっとゾフィが好きだったから。

 五年間離れても、その気持ちは変わらなかった。

 六年も女性として生きて、大分、女性としての感覚に変化していっていると思う。もしかしたら男性の誰かに恋でもするかもしれないとは思ったが、私はずっとゾフィ以外をそういう意味で好きになれなかった。

 ゾフィが留学したのはもしかしたら婚約者を探しにではないか、女になった私を見たくないのではないかとか色々考えてしまったけれど、手紙では婚約者が出来たなどと言う話は一切なかったので私は毎月ほっとしていた。ゾフィが帰ってきた時、ゾフィが誰かと結婚するにしても受け入れようと、そう思いながら過ごしていた。

 ゾフィは目標があって、それが叶うまでかえってこないと言っていた。だからまだ帰ってこないだろうと思ってた。



 ―――だけど、今なぜか、ゾフィは男の形で此処にいる。





 十歳までこの学園にいたゾフィを知っていた生徒は多くいる。生徒たちも混乱しているようだったが、私が一番混乱していると思う。混乱している私の手を引いて、ゾフィは転入初日にもかかわらず菊の間に向かった。

 いつもの部屋には、誰もいない。

 此処にいるのは、私と、ゾフィと侍女だけだ。

「ゾ、ゾフィ、その恰好は……。まるで、男みたいじゃないか」

 まるで男。いや、何処からどう見ても男でしかない。記憶の中にあるゾフィと確かに一致するけれど、何だかおかしい。

 その栗色の髪も、その藍色の瞳も昔から見慣れたものだ。

 人懐っこい明るい笑みも、私が大好きだったものと同じだ。

「うん。今、私、男だから」

 ゾフィは、にこやかに笑って衝撃の事実を言い放った。

「え?」

「性転換の秘術、自分にかけたんだ」

「え?」

 今、ゾフィはなんといった? 性転換の秘術を自分にかけた? 私にかけられたものと同じものを?

 理解した私は思わず叫んでしまった。

「何を考えているの!? 性転換の秘術は一度しかかけられないんだ! なんてことをしているんだ! ゾフィはもう、女に戻れないんだぞ!?」

 性転換の秘術が一度しかかけられない事は身をもって知っている。だからこそ、私は男に戻る事が出来ずに、女として生きているわけだ。それなのに、自分からその秘術を受けるなんて……信じられなかった。

「うん。知ってる。知った上で、覚悟の上で、私はかけてもらったの。何度も何度も確認されたよ。でもどうしても男になりたかったの」

 私はゾフィが言っている事の意味が分からない。混乱する私にゾフィが手を伸ばして、私の手に手を重ねた。大きな手。男に体を変化させたゾフィの手は、女になった俺の手よりも大きい。ゾフィが私を見る。私の好きな、ゾフィの瞳が、私を見てる。

 それだけで、私の心は熱を持つ。こんなにドキドキした事、他の人にはない。ゾフィにだから、私はドキドキしている。

「あのね、フレン。私が男になりたかったのは手に入れたかったものがあるからなんだ。そのために留学してたんだ。性転換の秘術が生まれた国に」

 じっと私を見つめたまま、ゾフィが言う。

「私ね、六年まえ、フレンが女に変わった時、ショックだった」

「……うん」

「それは、女になった事がというより、フレンと婚約破棄しなければならなかったこと」

「……うん」

「婚約解消されたけど、私はフレン以外と結婚したくなかった」

「……うん」

 混乱して、手を重ねられて緊張している私はただ頷く事しか出来ない。

「だからね、考えたんだ。フレンが男に戻れない。それで私が女で、女同士だから結婚できないっていうなら、私が男になればいいって」

「……うん、っては!?」

「それでね、陛下やお父様とか皆をうまく説得して、反対されたし、叶うか分からないけれど留学する事にしたんだ。男になろうって思ったから。散々反対されたけど、私はフレンが女になったとしても、やっぱり優しくて頼もしいフレンの事が好きだったから」

 真っ直ぐに、ゾフィは私を見つめて、続けた。

「フレンの事、愛しているんだ。だから、結婚して、フレン。私が男になったから、フレンが女の子になってても問題はないから」

 愛しているから、結婚してほしいとゾフィは言った。私はその言葉に、泣いた。

「馬鹿……っ。私のために、男になるなんて」

 馬鹿だと思った。私が女になったから、自分が男になるって。性転換して大変なのは俺が身をもって知っている。俺と一緒に居たいからって、令嬢から子息になるために動くなんて、馬鹿だと思う。

 でも……、

「本当に馬鹿っ。……でも、嬉しい」

 嬉しい。ゾフィが私を好きだと言ってくれている事、ゾフィが愛していると言ってくれている事、結婚してほしいと言ってくれた事。

 嬉しくて仕方がなくて、私の方がゾフィよりずっと馬鹿だと思った。

 こんなにも、ゾフィと一緒に居れるんだって思うと心の奥底が温かくて、嬉しくてたまらないのだ。

「私も……っ。ゾフィのこと、だいすき!」

 頭が一杯一杯で涙を流しながら、私は叫んだ。

 その言葉に、ゾフィは私が大好きな笑みを浮かべて、私の事を抱きしめた。






 後から聞いた話だけど、ララム達もゾフィが何をしようとしているのか知っていたらしい。ただ、性転換の秘術は、秘術と言われるほどに難しいものだ。ゾフィが幾ら望んで頑張ったとしても、男になれるか分からない。

 だからこそ、卒業する頃にもゾフィが男になれていなかったら互いに相手をあてがおうという話に私の知らない所でなっていたらしい。

 それでゾフィが上手くいかなかった場合、一番良い選択肢としてララムの側室はどうかと言う話になっていたようだ。私の知らない所で話が進んでいて、もっと前からそういう案は出てたらしい。高等部に上がっても春の時点ではゾフィが秘術を成功させていなかったのもあって、私にも側妃になるという提案を言うことにしたようだ。

 あと、私は知らなかったけれど、性転換した私にも縁談は多く来ていたらしい。ただ父上やゾフィ達の間で卒業までは誰とも婚約させないという協定が結ばれていたようだ。というか、何で私の知らない所で皆、そんな話を進めているんだ。

「……言ってくれたら良かったのに」

「下手に希望を持たせて、うまくいかなかったらフレンがまた悲しくなるでしょう? 私はフレンを悲しませたくなかったから。それに絶対反対しただろうし」

 文句を言った私に、ゾフィはそんなことを言う。確かに、ゾフィが男になるなどといったら何が何でも私は反対しただろう。好きだからこそ同じ苦しみを味合わせたいとは思わなかった。だから反対しただろう。

 納得したとしても、それに希望を抱いてしまうだろう。うまくいかなかった時、私は嫉妬でくるってしまったかもしれない。——だってゾフィは私が手放したくないけれど手放したものだったから。

 ゾフィはそんな私の性格を分かった上で、内緒で行動を起こしていたのだ。……私とまた婚約して、結婚するためだけに。

「まぁ、とりあえず五年もかかちゃったから五年もフレンと一緒に居れなかったから、その分、これからずっと一緒にいよう」

「……うん」

 告げられた言葉に、私は頷いたのだった。



 それから三年後、学園を卒業した私はゾフィと結婚した。










 


TSもの書いてみたいなと考えた結果、思いついたので書いたお話です。思いついたもの詰め込んだら気づいたら短編なのに1万字超えましたが、書いていて楽しかったので満足しています。

ちなみに王弟は処刑済み。


フレンツィア・ガドーラマ 男→女

騎士団長の息子で侯爵家の跡継ぎだった。しかし九歳の時に性転換の秘術を受ける。その結果女性になってしまった。婚約者との婚約解消しても、婚約者が大好きだった。しかし同性になってしまったしとあきらめていたが、勝手に元婚約者や幼馴染や親たちが行動していたため、性転換した幼馴染と結婚することになる。

女性の体になってもC科に所属して、騎士となる事を望んでいる。剣技の腕前は学園でもトップクラス。身体強化の魔法も使えるので滅茶苦茶強い。

生徒達に遠巻きにされているのは高嶺の花扱いされているから。真面目な性格で、生徒達にアドバイスをしたりもするので、生徒達には憧れられているが本人は自覚してない。男の時から顔立ちは整っていたが、女性化して美人さんになっている。元男だろうが縁談は沢山来ていた。ただし、ゾフィの事があるので両親はそのことは本人にいってなかった。


ゾフィーア・ヤダスゾーン 女→男

ヤダスゾーン侯爵家の二女。本来ならガドーラマ侯爵を継いだフレンに嫁ぎ、夫人になるはずだった。しかしフレンが性転換してしまい、解消される。でも女になったとしてもフレンの事が大好きで、フレン以外と結婚したくないと考えた結果、男になる事にした。留学先は秘術が生まれたとされる国。男になるために五年間費やし、なんとか秘術を使って男になれた。五年間かえってこなかったのはフレンに会ったら、あふれんばかりの思いを伝えそうだったから。告白とか求婚するのは男になってからと決めてた。無事男になってフレンと結婚する。性別とか関係なしにフレン大好き。

魔法が得意で、いつもにこにこしていて元気な性格。男だった頃はフレンは女性にもてもてで、女性化してからは男にもてもてでちょっと焦ってた(フレン本人はあんまり気づいてない)。


ララム・ゼドリア

ゼドリア王国の王太子。フレンとゾフィとは幼馴染。自分をかばったせいで親友が女になってしまい気を病んでいた。ゾフィなら何が何でも男になるだろうとは思っていたが、万が一の可能性があるので側妃としてフレンを入れる事を提案していた。フレンが女になってもフレンに対する感情は親友に対するものでしかなかった。スハアナとラブラブ。


スハアナ・ニッベラジィア

ニッベラジィア公爵家の娘。王太子の婚約者で、フレンとゾフィの幼馴染。フレンの事は友人として大好きなので、側妃にすることは特に問題としてなかった。寧ろ、体の関係がフレンとララムの間で生まれたとしてもそれはそれで問題ないと思ってた。気に食わない側妃よりも、幼馴染の側妃の方がいいと思ってる。ゾフィが無事男になって戻ってきて、祝福してる。ララムとはラブラブ。


バリクゥーノ。メッダ

宰相の息子。父親の背中を目指してる。幼馴染の一人、婚約者あり。性転換してもフレンに対する態度は変わらない。寧ろ幼いころから知っているから女としてみてない。


テドオラ・ピザウィット

魔法師団長の息子。父親の背中を目指している。幼馴染の一人。婚約者あり。性転換してもフレンに対する態度は変わらない。寧ろ幼いころから知っているから女としてみてない。


 


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― 新着の感想 ―
[一言] 幸せになれてよかったです! TSモノとしては少し物足りなさを感じますが、楽しめました。
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