15話・泪side
―…神在駅前商店街。
「……」
彩佳の異能力特訓の件で瑠奈から家に来ないかとお誘いを受けたが、申し訳ないと言い断った。
女性だけの面子に男が一人など、自分にとって色々と気が重い。助言はいつでも出来るのだが、異能力の制御の事は能力者として覚醒した彩佳自身の問題であり、本来なら泪が直接介入する問題ではない。
「きゃあっ!!」
「…っつ!?」
―…パンッ!
何かとぶつかる鈍い音がし、泪は尻餅を付きそうになる。反射的に体制を立て直そうとした途端、右頬に熱を感じ横にしなだれる様に泪は倒れてしまった。
「ちょっとあんたっ、一体どこよそ見してんのよっ!! ちゃんと前見ないと危ないじゃないのよ! この可愛い私が怪我でもしたらどうしてくれるの!?」
頬が僅かに赤くなったが痛みも大したものではない。泪はゆっくり立ち上がると、すぐに声のする方へ振り向く。泪の目の前でぎゃあぎゃあと騒いでいる女性には見覚えがあった。
「あなたは……一年の三間坂翠恋さん。ですね」
確か一年で勇羅や瑠奈と同じクラスの三間坂翠恋だったか。初対面に自分を痴漢扱いして殴って来たのを覚えているし、勇羅だけでなく瑠奈とも何度か騒ぎを起こしていたのを目撃している。
自分の事は別にどうでも構わないが、正直彼女は年上に対する礼儀がまるでなっていない。クラスメイトの京香を始め同級生の女生徒達が、彼女への不満をこぼしていたのを何度も耳にした。何もしていない相手を痴漢呼ばわりする女など、個人としてもお付き合いしたくない。
「えっ、あっ……る、泪っ? かっ、か、勘違いしないでよ!? べっ、別に私はあなたの心配してる訳じゃないんだからねっ!!」
「……」
瑠奈が彼女を嫌う理由も理解出来る。翠恋は自分の事を過大評価しているのではない。彼女は…。
「な、何よっ? 泪は私の事が可愛いから見とれてるの? でっ、でも勘違いしないでよねっ! 私はあなたの事憧れてるとかでも何でもなくて」
今こんな所で時間を取られるのはまっぴらご免だ。何を勘違いしているのか、未だに騒ぎ立てる翠恋を無視し先へ進もうとする。
「ち、ちょっとどこいくのよっ!? や、やることがないなら別に手伝ってあげても良いわよ? 泪は私の力が必要なんでしょ?」
「それでは篠崎君達のお手伝いしていただけません?」
勇羅達には悪いが彼女の犠牲になって貰おう。丁度こちらも厄介払いが出来て一石二鳥だ。
「篠崎の手伝い? あっ、あいつなんか私の手伝いなんてなくても良いじゃない! あいつはチビの癖に私と違って頭良いし運動神経も良いし…そ、それに比べて私なんかっ」
勇羅が聞けば確実に暴れるだろう言葉をズケズケ言い放つ翠恋に、泪は追い打ちをかけんとばかりに一言。
「だからこそあなたの力が必要なんです」
柔らかな笑顔を翠恋に向ける泪。泪の穏やかな笑顔に翠恋は思わず頬を赤く染める。
「そっ、それならー…仕方ないわねっ! 私の力が必要なら、篠崎の奴も泪に頼まないで可愛い私に直接言いなさいよねっ!」
「お願いします、勇羅君達を止めるのはあなたにしか出来ないんです。勇羅君達は制服のまま東皇寺学園へ行きましたので、すぐ見つかります」
自分が直接行けばすぐに勇羅達を止められるが、今日は和真に頼まれたバイトがある為外せない。勇羅だけでなく雪彦と万里相手でも彼女一人なら十二分に時間稼ぎになる。
「もう篠崎の奴! いつも泪に迷惑ばっかりかけるんだから! いつも努力してて可愛くて何でも出来る私に感謝するべきだわ!!」
ブチブチと文句を言いながら、翠恋は神在駅方面へ向かって走っていく。この手の他者には礼儀知らずの自意識過剰な癖して、本質的には自分を自虐し自分を嫌う女は煽てるに限る。
あくまでも泪の表情は笑顔。だが恐ろしく冷めた視線で泪は翠恋を見送っていた。
「…?」
バッグに入れている携帯から振動がする。常時マナーモードにしているもう一つの携帯端末の方からだ、待ち受け画面を確認すると、相手は先程まで彩佳の件で通話していた瑠奈だった。
「!……もしもし。瑠奈」
『お兄ちゃん。ごめんね、忙しい時に。少し時間とれる?』




