134話・瑠奈side
―午後八時・郊外裏通り。
「ここまで来れば、一先ずは大丈夫だろう···」
「う、うん。そうだね」
小夜と言う少女の手引きで、異能力者狩りが近付きつつあった店を脱出し、裏通りの入り口まで辿り着いた瑠奈達。勇羅が携帯画面のデジタル時計を見ると、既に夜の八時を過ぎていて、辺りもすっかり暗くなってしまった。問題は瑠奈達に付いて来た勇羅と麗二だ。
二人は単純に学園前で鉢合わせてしまっただけで、なし崩しに巻き込まれてしまった。二人共異能力者狩りに顔を見られていないのが幸いだ。特に麗二は表立ってバレてはいないが、ファントムからも秘密裏に、マークされていた異能力者だ。家族の立場もあるし、麗二の能力が表沙汰になると、あっという間に麗二の人生は終わる。
「あの女···。確か宇都宮小夜って言ってたな」
店での小夜の高圧的な態度の事を、思い出した麗二が忌々しげに呟く。あの宇都宮夕妬と同じく、小夜と言う女性も宇都宮一族の人間で間違いない。
「そうだ。あの権力で威張るしか能のない、クソ一族当主の孫娘」
「私、あの人一度だけ見た事ある」
以前小夜と言う少女に瑠奈は会った。水海家で暁村の事を調べ、結局手掛かりも掴めなかった帰り。
「どっかで会ったの?」
「うん。会ったと言っても、一度街の中でぶつかりそうになっただけ。大丈夫だって言ったら、すぐにどっか行った」
「そういやあいつと会った時も、ほとんど思念を感じなかったけど。異能力者かどうかも怪しいよな」
クリストフ達はまさかとお互いの顔を見合わせる。
「ルシオラさんやお兄ちゃんと彼女の事で話した。彼女も政府に認知されてる異能力者だよ。最も、研究所の能力者としての規定値を下回っているって」
「そ、そんな事って? 宇都宮は異能力者を嫌ってるのに···」
宇都宮一族の中に、異能力者がいた事実に戸惑う勇羅に対して、今度は響が口を開く。
「···ある。これは時緒から教えて貰ったんだけど、実は念動力の規定値が低すぎる異能力者が、一番見つけにくいって。異能力研究所の念動力感知センサーは、一定の念動力を持った異能力者に反応する。規定値の低い異能力者の方が、身を隠す術を知ってるし、研究所も異能力者個人の、念動力の強弱までは研究しきれていないとか」
念動力の数値が、異能力研究所の予想していた値よりも低く、見つけにくい異能力者。念動力が低い者ほど見つけづらいと言う事は、脳波や特定の思念測定で一定の反応を示す、ESP検査にも引っ掛かりにくく、それが幸運にも政府に見つからず、ひっそりと暮らしている異能力者も居ると言う事。逆に研究所の感知に引っ掛からない事を利用し、悪事を働くと言う事もある。
「瑠奈達は、これからどうするんだ」
「クリストフさん達と一緒にファントム支部へ戻る。支部に残ったままのお兄ちゃん達を助けないと」
「ファントムに戻るって······。お前、玖苑充にも異能力者狩りにも狙われてるんだろ」
二人は心配そうに瑠奈達を見る。勇羅も麗二もこれまで、何度も異能力者絡みの事件に巻き込まれて来たから、異能力者絡みの事件の規模の大きさが、どれ程のものか痛い程理解している。だがこれ以上、勇羅達を異能力者同士の争いに、巻き込む訳にはいかないのだ。
「······ごめん。でも、どうしてもお兄ちゃんの事助けたいの」
何を言っても引くつもりはないと言う、瑠奈の表情を見た勇羅は、何かを察したのか大きく溜め息を吐く。
「異能力と無縁の、三間坂まで巻き込まれちゃったもんな。これ以上は、俺達が止めてもムダだよね。じゃあ一つだけ教えて。泪さん···俺達の所に帰ってくるよね」
今もまだ複雑な表情をしているが、勇羅の目は本気だ。数ヶ月前に瑠奈が再会するまで、泪を最も慕っていたのは勇羅なのだから。
「······多分。お兄ちゃんは私達が絶対越えられない所まで、越えてる。もう私達の所へは二度と帰ってこれない」
泪は二度と自分達の所へは帰ってこれない。勇羅と麗二の表情が暗くなる。聞いただけで察してしまった。翠恋がこの件に巻き込まれたのも、一心に泪を助けたいからだろう。充は何も知らない翠恋を利用したのだ。
「じゃあさ。全部終わったら、瑠奈が見てきた事とか色々聞かせてよ」
「わかった」
全て終わったら、神在に戻り瑠奈が見てきた勇羅達に伝える。帰って来た時、瑠奈達の側に泪が居る保障はない。
「瑠奈! 盆休みにみんなで旅行行くんだからな! 忘れるなよー!!」
ファントムの異能力者と会合する数日前。勇羅達や小学校時代の友人との旅行の約束をした。だが泪の過去と真実を知り、先へ進むと決めた以上。瑠奈が友人達との再会を果たす事は二度とないだろう。
「うん! 私の友達紹介するねっ!」
勇羅と麗二に見送られ、瑠奈とクリストフ、響の三人はその塲を走るように進む。二人は三人の姿が見えなくなるまで、見つめていた。
「どうした?」
「······泪さんだけじゃない。もしかすると俺達、瑠奈とも二度と会えないような気がするんだ」
完全に勇羅の直感だった。これまで異能力研究や異能力者間の争いとは、無縁の状況にいた自分達を守る為に、自分を犠牲にし続けた泪だけではない。恐らく今後、瑠奈にも会えなくなる。瑠奈はこの社会では忌むべき存在でもある、異能力者として知ってはいけない所まで踏み込んでしまった。これまで泪が隠し通してきた秘密に踏み込んだ以上、瑠奈は泪を追い続ける。
―午後八時半・郊外某所。
「先輩。資料が置いてある研究所の場所は」
「神在の郊外山間部だ。ファントムの異能力者達も、そこに連れて行かれた可能性が高い。その研究所は暁以外で、一番設備が揃ってる」
響はポーチから地図を取り出した。端末の媒体を使っていないと言う事は、異能力者狩り集団の基地から持ち出してきたのだろう。地図を見たクリストフは訝しげな顔を。
「待ってよ。あんたが言った研究所、此処からだと大分時間が掛かるじゃないか」
「そう。この研究所への侵入は、時間以前に戦力も足りなさすぎる。まずはこの研究所へ行く」
響が地図で指を指した所に、青いバツ印が付けられている。今瑠奈達が居る場所からかなり近い。
「ここも政府管轄下の研究所。まずはこの場所へ侵入する。遠回しになってしまうけど、ここから遠くないし何よりも山間部研究所のセキュリティシステムと連動している。この研究所に侵入して内部にあるコントロールシステムを破壊する。システムを破壊すれば、山間部研究所の侵入も楽になるし」
響の説明に瑠奈とクリストフは頷きながら、真剣に聞いている。研究所のシステムが連動しているなら、侵入も安易になると言う事か。
「なるほど。そこの研究所のシステムを壊して、セキュリティを解いてから、侵入―!?」
ガサガサと草をかき分ける音と同時に、瑠奈とクリストフは人の気配を察知した。響も同じく察知したようで、三人は一斉に音のする方向へ振り向く。
「見つけたぞ」
現れたのは黒いスーツ姿の若い男。男の顔を見た途端、響の表情が一気に険しくなる。クリストフと瑠奈も、現れたスーツ男の顔に見覚えが会った。
「よくものうのうと、この神聖な聖域に土足で踏み込んで来たな。汚ならしい異物共! そしてブレイカーの裏切り者・逢前響!!」
「お前は···っ」




