133話・瑠奈&宝條side
「ど、どうして···」
「あいつら、もうここを嗅ぎ付けて来やがったのか!」
異能力者狩りの連中が集まっていると、店へ駆けつけた一人の能力者。瑠奈達を始め店の中に居る人々が、招かれざる訪問者の来訪の一報を聞き、一斉に騒ぎ始める。
「異能力者狩りって···そんなっ」
この店の中には特例で入れて貰った、勇羅と響を除いて店内には異能力者しかいない。勿論店のマスターもパティシエではあるが異能力者だ。
「うふふ···その通りです。あなた達のような、塵に這いつくばるだけの蛆虫共に、逃げ場など絶対に与えません。我が世界の高みを目指す宇都宮の名に置いて、この街全ての異能力者を排除します」
さっきまで勇羅に怒鳴られ、放心していた筈の少女は、我に返ったのか再び、勝ち誇ったように妖艶な笑みを浮かべる。まさかここに来て、ブレイカーまでも動き始めるとは思わなかった。店内にいる異能力者達が、切羽詰まった状況になってしまったのとは対象的に、開き直った少女は勝ち誇るように、クスクスと不敵に笑っている。
「い、異能力者狩りって? もう、さっきから何がなんなのか···」
先ほどとは売って変わって、ある程度平静を取り戻した勇羅は、今の状況がわからず逆に困惑している。クリストフが勇羅に小声でささやき掛ける。
「そうか。君知らなかったんだっけ」
「奴に聞かれると不味い。少し場所を変えよう」
瑠奈達は客達がざわついている隙を狙い、今も勝ち誇る笑みを浮かべている少女に、悟られないようひっそりと店の奥へ移動する。
―店の奥。
喫茶店の奥。瑠奈とクリストフ、響。そして勇羅と麗二の五人は、隠れるように店の奥へと移動した。幸い少女には瑠奈達が、店の奥へ移動した事を気付かれずにすんだ。
「今、この娘は異能力者狩りにも狙われてる。身の安全を確保出来るまで家にも町にも戻れないんだ」
瑠奈が自宅以前に町にも戻れないと聞き、勇羅と麗二の表情は暗くなる。まさか瑠奈が泪を追った代償が、異能力者狩りに狙われてしまうとは。
「連中に気付かれない内に早く店を出た方が良い」
「そうだね」
「あの女は?」
店の入り口前には宇都宮と名乗った女が、今も客達の逃亡を妨害するように立ちはだかっているのだ。何よりも店の外へ逃げる以前に、注文したコーヒーや紅茶の代金も払っていない。正直今の状況だと詰んでいる。
「······っ」
クリストフ達の話を聴いていた店主が、少女に気づかれぬように店の奥で、話し合いをしていた瑠奈達に近付いてくる。
「···その様子だと、あんたら色々訳有りなんだな。特別に勘定はこっちでしといてやるから、早く裏口から出な」
「でも。あの女は···」
店内の異能力者全員を、異能力者狩りの排除対象にしている以上。あの女が瑠奈達も見逃してくれる訳がない。既に異能力者への協力者となっている勇羅と響も、確実に排除対象へと含まれるだろう。
「なぁに。こう見えて俺らも荒事にはなれてんだ。異能力者狩りなんざ、上手く撒いてみせるさ」
「あ、あのっ。この前は、店の中でご迷惑をかけてすみません。色々ありがとうございます」
店の店主に以前、薫と乱闘した謝罪と礼を告げると。瑠奈達は女に気づかれぬよう裏口から店を後にした。
―午後七時半・宝條学園旧校舎。
「全く···異能力者同士の戦いに、物理攻撃とは反則ではありませんか?」
「はんっ。『人質』を盾にしてる、お前に言われちゃおしまいだよ」
伊遠は地面に唾を吐きつつ悪態を吐く。充の周りを取り囲んでいる少女達は、伊遠が思念を使って調べた結果。充の異能力によって、自身の持つ異能力を奪われ、充が直々に行う異能力実験で、洗脳された異能力者達だった。彼女達は念動力を使う力こそ、辛うじて残っているようだが、充が対象の能力を効率良く奪う為に、行っている極めて悪趣味な方法で、少女達は念動力を含めた能力を、根こそぎ奪われているようだ。
「てめぇのやり口そのものが悪趣味なんだよ。······見てるだけで反吐が出る」
恍惚な表情を浮かべながら、充に寄り添う少女達を見て、伊遠は更に顔を不快そうに歪める。校舎の壁やその周囲には、既に伊遠が対戦車ライフルで何発も撃ったと、思われる弾跡が大量に残っている。充はともかく充を守っている少女達には、極力当てないようにしているが、充の方も伊遠が無益な殺しを嫌うのを理解しているのか、積極的に少女達を自分への盾にする。
異能力研究を交えた充の洗脳は、非常に悪質かつ徹底的であり、並の異能力者では充の支配下に置かれてしまう。更に充は洗脳対象としてあくまでも、若い女性だけを狙う為に性質が悪すぎる。充の徹底した洗脳によって自我を失った少女達が、積極的に充を守るおかげで弾の狙いが、充へと上手く定まらないのだから。
「伊遠ちゃん!」
「茉莉」
どうやら充に騙された少女の始末を終えた茉莉が、伊遠の元へ駆け付けてくる。
「あの赤髪のお嬢ちゃんは」
「あんまり騒ぐから、気絶させて保健室で眠って貰ってるわ~。ちゃんと、あの娘の持ってたブツは没収出来たわよ」
茉莉が掌にかざしたのは、光輪の間に浮かんだ拳銃。翠恋の隙を突いて、念動力で弾いた所を自分の光輪を使って奪い取ったのだ。翠恋は普段から怒りの沸点が、低すぎるのが本当に幸いした。
「······あの男の能力が悪趣味、ってのは本当なのね」
充の周りに佇む少女達を見て、茉莉も顔を歪める。異能力者としての能力だけでなく、充の『実験材料』となり、記憶も自我も意志も奪われた哀れな少女達。感情すらも奪われ、ただ主の命令に従うだけの機械と化している。
「玖苑充さん···だったわね。仮にも政府議員の秘書なら、もっとレディの扱い方を覚えるべきじゃないかしら~?」
「···おや。確かあなたも聖域の職員でしたね。あなたの記憶介入能力には、大いに興味はありますね。ですがあなた自身には、全く興味が沸かないのですよ。いくら見た目が若くとも、実年齢が四捨五入で三十路の方などにとてもとても···」
茉莉に対し、充の放った一言一言の全てが、茉莉の怒髪天を突くに十分な破壊力を持っていた。
「······嬉しいわ。私もあなた見たいな、粘着質で陰険でいい年してお人形遊びにハマってる、気持ち悪い中年は生理的にお断りよ」
茉莉は表情こそ笑っているが、充と言う男を見る目は全然笑っておらず、声の方も完全に据わっている。普段から甘い蜜を漂わせるような、甘ったるい話し方をするが、キレた時は完全にドスが効いた素の声色が出る。
「あっはははははっ! いいねぇ~」
「おやおや。大体貴方がたはもう若くないのですから、お年を弁えた相応の格好をしたらどうですか? いやはや何ともみっともない」
「伊遠ちゃん、ちょっとそのライフル貸して。······殺すわ」
充のあらかさま過ぎる挑発で、茉莉の中で何かしらのスイッチが入ってしまったらしい。普段からメディアで積極的に顔を出し、議員に代わり政治秘書として交渉もこなすので口も達者。話術による煽りスキルは流石としか言い様がない。このままでは最悪、茉莉が完全にキレかねない。しかも運の悪い事に、この手の荒事が大好きな、櫂や椿は遠方での別任務だ。
本来茉莉も聖域の職員だけあり、戦闘能力もそれなりに備えている。だが彼女の聖域での仕事は、あくまで自身の異能力を生かした諜報活動メインである。自身の模倣により攻撃系の能力は確実に持っているだろう、充相手では分が悪すぎる。
「却下。お前にコレ持たせると余計な被害が出る。それにまだ学園でやる事あるんだろ? もう少しだけ抑えろ」
「っ······わかったわよ」
静かに殺気立ち、今にも充へ向かって飛び掛かりそうな茉莉を、どうにかなだめると。伊遠はいつの間にか、弾の補充を終えたライフルを両手で持ち直す。
「大体伊遠ちゃんの能力。普段から簡単には使えないんでしょう」
「···最悪だな。奴の狙いは僕に能力を使わせる事だろうよ」
伊遠の異能力は使う場所や、時間などがとにかく限定されている。普段から自身の念動力の大半で、力を抑え込まなければいけない程に。
「どうしたのですか?」
恐らく充は世界にも一割に、満たないと言われる『サイキッカー』の一人である、陸道伊遠の能力を使わせる事を狙っている。伊遠の持つ異能力を模倣する為に。
「···別に。てめェが毎度汚ねぇ策ばっかり、立てまくってるから考え事してただけ」
「私は何も企んでいませんよ」
「茉莉。お前は先に行け」
「でも···」
「今やることあるんだろ。こんな奴相手にして、お前を死なす訳にはいかん」
教諭を勤めている茉莉に、聖域から追加で与えられた任務。宝條学園に通う一人の生徒を保護する事。その生徒とはあの『ブレイカー宗主の娘』であるのだ。異能力者狩りを纏める宗主の娘と聞かされた時は、伊遠達も目を疑ったものだ。しかし宗主も『自分と同じ力』を持った娘に、思うところがあるらしい。裏ルートを通して、聖域に娘を保護するように依頼したのだ。異能力者狩りの同志にも悟られないよう、秘密裏に行って貰いたいと。更に宗主は玖苑充の能力と悪評も知っており、充にだけは娘の情報を洩らすなとも頼まれている。
「年寄りの冷や水はお止しなさい。彼女もですが、あなたももう若くないのですから」
「三十代前半で四十代に近い老け顔の、てめぇにだけは言われたくないね」
当然充より伊遠の方が十以上も年上だ。高すぎる念動力と持った能力の代償が原因で、伊遠の見た目が若すぎるだけ。つい先日健康診断を受けたが、恐ろしいことに内蔵年齢もピチピチ二十代だ。まさか反動が見た目だけでなく、内臓にまで影響を及ぼすとは思っていなかったが。
「······やるしかないな」
「ようやく使う気になりましたか」
充の狙いは伊遠の異能力を模倣する事。伊遠は躊躇いなくライフルの引き金を引いた。だがその狙撃銃の照準は、充達へと向いていなかった。
「!?」
いきなりの爆発音に、充は一瞬だけ驚いた表情を見せるが、爆発の方向から飛んできた、小石や砂から身を守るように光輪を展開する。そして爆発の煙の中から一枚の紙切れが、充の元へ飛んできた。
『ウケケケケ!誰がお前みたいな薄ら笑いのキモい変態の為に使うか。バーカバーカ!!』
子供じみた顔文字だらけの手紙。毎度お馴染み伊遠の嫌がらせだ。爆発の煙が少なくなるにつれ、充が『そこ』に目をやると、伊遠も茉莉も既にこの場から姿を消していた。
「···やってくれますね。陸道伊遠」
伊遠が茉莉を先に逃がした目的は、充も既に知っている。宗主から異能力者狩り集団・ブレイカーを乗っ取った。異能力者狩りを纏める、宗主の素性を内部の人間全てに明かした事で、宗主は異能力者狩りのトップから失脚した。充にとって予定外だったのは、宗主の素性を知りながら、あえて宗主個人に協力している者もいた事。結果的に彼らの妨害により、宗主は逃がしてしまったが、充にとって有益な情報も入手出来た。宗主の血縁者が異能力者であり、宗主と同じ能力を持っている事だ。伊遠の手紙を握りしめたまま、少女達を寄り添わせる充は不敵に笑う。
「······逃がしませんよ。全てはこの私の思うままに、世界は動くのですから」




