126話・瑠奈&ファントムside
「ルシオ···」
研究材料と聞いて、クリストフは何とも言えないような険しい表情になる。確かにルシオラの言う通りだ。目の前に立ちはだかる玖苑充は、今だ不気味な笑顔を浮かべたまま、瑠奈達を見つめている。
「どうです? 悪くない話でしょうルシオラ。彼女を私に引き渡しなさい」
「ルシオ!」
「ルシオラ様っ!!」
クリストフが現れた後方から、更に複数の足音が聞こえてくる。彼が既に呼んでいた駆けつけた玄也とヴィルヘルミナ。すぐ後ろへ続くように薫もルシオラ達の元へ駆け寄ってくる。
「何なのよ一体···もしかして。そうだわ! あっ、あんた達も真宮に騙されてんのね···。真宮がどんな卑怯な女なのか知らないでっ。そいつは頭のおかしい人殺しなのよっ、みんな真宮に騙されてるのよっ!!」
あくまで無実の瑠奈を、卑劣で慈悲のない恐ろしい敵と見なす翠恋。何とかして自分の味方を増やそうとしているが、今の翠恋の行為は異能力者に仇なす者は、敵と見なしているファントムの面々に火に油を注ぐだけだ。
「あら···。確かあなた、前に学校って場所で会った事あったわね。異能力者でも何でもないあなたが、どうして充なんかと一緒にいるの」
翠恋の苛立ち染みた疑問に答えたのは薫だ。どうやら薫は翠恋と面識があったらしく、会った時の事も覚えていたらしい。
「あ、あんた達はそこにいる真宮瑠奈に騙されてんのよ! そいつはヘラヘラ笑いながら人殺しの出来る、救いようのない奴なんだから!!」
「瑠奈さんが人殺し? あなたは何を訳のわからない事言ってるの。今このファントムが滅茶苦茶になってるのは、あなたの隣にいる玖苑充のせいじゃない。大体世界中にある、異能力研究所の内情を何も欠片も知らない、瑠奈さんに人殺しなんて出来る訳ないわ」
「何よっ、ふざけないでよっ!! 真宮は卑怯者の人殺しなのよっ!」
「あなた瑠奈さんと同級生なんでしょう。自分の学校の同級生の人柄を、知らないなんておかしくない?」
完全に追い詰められているような翠恋の言動に対し、薫はあくまで冷静に最もな正論を、翠恋に突き付ける。初対面で瑠奈と真っ正面から喧嘩して、後に正面向かって会話しただけあって、薫は短い間に瑠奈と言う人物を理解している。
薫はルシオラに救出される迄の間、長年にわたって監禁され、研究所の非人道な研究の実体を知る故に言えるのだ。異能力者ではあるが、常に能力を隠し続け人間と変わらない普通の生活を送り、今まで異能力者達の暗部を知らずに育った瑠奈が、非道な事を出来る筈がないと。
「クリフ。お前はその娘を連れて、早くここから脱出しろ」
玄也の脱出しろとの言葉に、クリストフだけでなく瑠奈も困惑する。ルミナが瑠奈の側に近付いて、瑠奈の肩に手を置く。
「異能力者狩りの連中がまた、このファントム支部に迫って来ているわ。せめて瑠奈ちゃんだけでも連れて脱出して」
「···それじゃあ薫も一緒に行こう。お前もいた方が心強い」
ルシオラに玄也とルミナが残る。戦闘向きの異能力でないクリストフと瑠奈だけで、どこまで異能力者狩り連中から逃げ切れるがわからない。より確実にこの場を脱出するには、攻撃系の能力を持つ薫も一緒にいた方が更に安全性が増す。
「···ううん。私はここに残るわ」
「薫さん?」
「···クリフやルミナさん達の言いたいこともわかるわ。今の私の能力じゃあルシオラ様達の、足手まといになるのもわかってる。でもここで何もしないまま、あいつらの掌で踊らされるのだけは嫌なの」
複雑な表情をしているが、薫の目は真剣だ。自分がファントムの異能力者として、まだまだ実力不足である事を理解していると同時に、一人の異能力者としての意地もあるのだと。
「···行こう」
「······っつ」
クリストフは瑠奈の手首を掴むと、元来た道を再び走り出していく。
「絶対に······絶対にここへ戻ってくるから! だからみんな生き延びて!!」
走りながら泪達を見る瑠奈の腕を掴みつつ、彼女と一緒に走りながらクリストフは叫ぶ。今の二人にはこの場へ残る者達に、声を掛ける事しか出来なかった。
「まっ、待ちなさいよっ!! あんただけは絶対に逃がさ―」
翠恋は再び拳銃を構え、逃走する瑠奈だけへ向けて、銃の引き金を引こうとするが薫が立ちはだかる。薫は掌へ集中して思念を込めると、風の刃を翠恋へ向けて繰り出し連続で飛ばす。
「きゃあっ!」
「ここから先へは行かせないわよ。視野の狭い人の方が性質悪いって、私もクリフと何度も言い合いしてたけど···。私も今まで視野が狭かったんだって、あなたを見て痛い位理解したわ。当然あなたにも退けない理由が、あるのかもしれないけど私にも、私なりの意地があるの」
「なっ···何なのよ、みんなして···。みんなして、あんな真宮なんかの味方して···っ」
翠恋は落とした拳銃を拾いあげると、既に遠ざかりつつある瑠奈の背中へ向けて再び引き金を引き始める。
「やっぱりみんな···みんなあいつが悪いのよっ!! あいつのっ······真宮のせいで、みんなこんな目にあうんだからあああああぁっっ!!」
翠恋は今度は躊躇いなく、遠ざかっていく瑠奈へ向けて拳銃の引き金を引いた。
「ぐうっ!」
「ルシオラ様っ!!」
翠恋の放った一発の銃弾は、寸前で瑠奈の方向の目の前へ立ちはだかったルシオラの肩を貫通していた。
「真宮がっ···そうよっ、真宮なんかがいなければ。みんなこうならなかったのよっ!! みんな···みんな真宮が悪いのよ!! 全部真宮が悪いんだからああぁっ!!」
脱出する為に逃亡しようとする瑠奈を始末する為だけに、無関係のルシオラを躊躇いなく撃った翠恋に対し、ルシオラの盾になるように立ち塞がった薫は、あらかさまに不快感を露にする。
「···あなた最低だわ。自分の思い通りにならないから、無関係の人に八つ当たりだなんてみっともない。第一あの充の言う事を鵜呑みにするなんて、あなたの頭の中身はどうなってるの」
不快な表情を向ける薫と翠恋が睨み合う。自身へ明確な不快感を向ける薫に苛立ちを見せる翠恋。殺伐とした状況の中、一人の構成員が玄也達が来た方向から駆け込んでくる。
「玄也様、ヴィルヘルミナ様っ···。ル、ルシオラ様っ。た、大変です!! この支部内の至るところに、思念の熱源反応が···っ」
「な! ね、熱源反応だぁぁ!?」
「は、はいっ。確認した熱源反応の数はす、数百···全て時限式。我々だけで対処しようにも、もう既に時間がありませんっ!!」
ルシオラ側に付いている、ファントム構成員の一人が、支部の至るところから熱源を感知した。しかもその熱源反応は支部内数百箇所。
「充、まさかてめェっ!!」
「ははははははっ。貴方がた異能力者は今······。いいえ、異能力者集団ファントムは今ここで、跡形もなく消えてしまうのです!!」
「えっ、ちょっと私そんなの聞いてないっ。ば、爆発って!? る、泪はっ! 泪はどうなるのっ!?」
「異能力者共を纏める頭さえ、排除してしまえばファントムなど小物同然。対処しようにも既に時間はないでしょうね。貴方の力など利用させませんよ。ルシオラ、貴方はここで消えるのです!!」
支部の爆発までもう時間がないと、翠恋も激しく戸惑いを見せる中。銃で撃たれた肩を押さえ、更に念の力で撃たれた傷を塞ぎながら、無表情で充を睨み付けるルシオラ。
「そういう事か······」
踞り倒れたままの泪も何かに感付いたのか、苦しみながらもルシオラに語りかける。
「······ルシオラ。方法が······あり、ます」
「!?」
泪の口からルシオラに語られる一つの方法。泪が語った方法とはサイキッカーである、泪とルシオラにしか出来ない方法だった。
「······」
「···分かった」
―数十分後・某所。
玄也やヴィルヘルミナ。そして残る事になった薫達の機転で、ファントム支部からの脱出を図る瑠奈とクリストフ。幸い充派の能力者達には遭遇する事もなく、警備が手薄になっていた裏口から支部を出て、支部管轄近くの駐車場に向かおうとした直後だった。
「クリストフさん。な、何か感じませんか? さっきから支部の方から、嫌な感じの思念がどんどん膨らんで行って···」
「えっ、思念が? あっ、この思念っ、ま、まさか···っ!!」
悪意と敵意の混ざったような、異質な思念の固まりに二人が気付いた瞬間。
―ドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!!!
「ぁ······そ、そんな······ファントム支部が······。み、充の奴っ!! 始めからああするつもりで······くそっ!!」
「お、お兄ちゃん···みんな······」
瑠奈とクリストフは、凄まじい轟音を立てて爆発したファントムの支部を、立ち尽くしたまま茫然とした表情で見つめていた。




