124話・瑠奈&ルシオラside
「いったっ!! あんたいきなり何すんのよっ!?」
突然向かって来た翠恋に平手打ちを繰り出され、瑠奈も反射的に翠恋の頬を思い切り叩き返す。
「きゃっ、痛いっ。何すんのよ人殺しっ!! か、可愛いあたしの顔を殴って良いと思ってんの!?」
―ぱんっ!
「ちょ、また打つかっ!? 前々から散々言いまくってるけど、自意識過剰も大概にしなよ! この体重詐称のパッド女っ!!」
―ぱんっ! ぱんっ!
瑠奈が翠恋へ飛ばしたのは、渾身の往復ビンタ。頬を二発叩かれた翠恋も、また負けじと瑠奈の頬へ往復ビンタを叩き返す。
―ぱんっ! ぱんっ!
「ちょっとやめてよっ! あんたも言いたい放題よくも言ってくれたわねぇ!!」
「うわっ!?」
お互いの頬を叩き合い、顔を引っ掻き合い服を掴みながら取っ組みあい、床へ倒れた泪の命に猶予がないと理解しながら、瑠奈と翠恋のそれぞれの意地が掛かった、キャットファイトが繰り広げられる。
「いっつもいっつもあたしの前で、上から目線でヘラヘラ笑って、調子乗ってる癖して···。あんたのそういう生意気な態度がムカつくのよ!」
―ぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんっ!!
翠恋は瑠奈を壁へ押し付け、立て続けに瑠奈の顔へ三発の往復ビンタを飛ばした。
「誰がいつどこで、ヘラヘラ笑っていい気になって調子乗ってるって!? 毎回先輩達にタメ口叩いて、上から目線で喧嘩売ってる、あんたにだけは言われたくないわよ!!」
負けじと瑠奈も翠恋の隙を突き床へ押し倒すと、翠恋の身体へ馬乗りになり、さっき喰らった回数と同じ数の往復ビンタを飛ばす。
―ぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんっ!!
「そんなに叩かないでよっ、痛いじゃないっ!! 精神年齢小学生で暴力女のチビデブの癖にっ! あんた先輩達になんて言われてるか知ってるの? 『プライドだけは一人前の、生意気な媚び媚びぶりっこ』ですって。バカで劣等感の塊で頭の弱い先輩達に、媚び売るあんたにお似合いよねっ!!」
こいつにだけは絶対に負けまいと、翠恋は瑠奈の頬へ力の限り往復ビンタを飛ばす。
「いっったぁっ?! つーかそれ全部あんた自分が京香先輩達に、裏側で言われてる暴言じゃないっ!! さすがは二年や三年の先輩達に、真っ正面から見た目や性格のマウント取りまくって、陰口叩かれてるだけあるわよねっ。先輩達にあれだけの暴言吐きまくっても、いじめられないのが奇跡だよ!!」
瑠奈もまた言ってくれたお返しと言わんばかりに、翠恋の頬へ全力の往復ビンタを喰らわせる。
「ちょっともうやめてよねっ! 可愛いあたしの綺麗な肌が台無しじゃない!!」
「あんたもさっきから、パンパンパンパン散々人の頬叩きまくって痛っったいのよぉ!!」
恥もプライドも殴り捨てた激しい女の戦いに、ルシオラは無意識に眉を潜める。元々瑠奈の能力は戦闘向きでない反面、以前店内で躊躇いなく異能力を使い、攻撃した薫とも殴り合いをした位だ。どうも瑠奈は自分の念動力を使うよりも、肉弾戦の方を好んでいるらしい。
「止めなくて宜しいのですか?」
二人の壮絶な取っ組み合いを、まるで他人事のようにニヤニヤと眺めながら語る充に、ルシオラはすぐに充へ視線を向ける。ルシオラが充へ視線を向けたその無表情からは、考えられない位に殺気立った思念が放たれる。
「今彼女を止めれば貴様が動く」
「よく理解していますね。流石はファントム総帥」
翠恋と交戦している瑠奈を止めれば必ず充が動き出す。充の足元には銃で撃たれ、負傷したままの泪もいるのだ。ルシオラ達が歩いていた後方から足音が聞こえてくる。充に感付かれないように思念を探ると、自分達への敵意は感じない。近付いてくる対象もまた、思念を使いルシオラ達の安否を探っている。
「ルシオっ!」
大きくなる足音と同時に、聴こえてくる聞き覚えのある少年の声。後方から姿を現したのは、情報収集に奔走中の仲間を呼びに、引き返していたクリストフだった。
「クリフか、無事だったのか」
既にクリストフは、両手に愛用のトンファーを持っている。状況を察したクリストフは、すぐさまルシオラ達の元に駆け寄る。
「玄也達の方は?」
「みんな無事だよ。今こっちに向かってる」
仲間の無事を聞きルシオラは安堵する。この支部にいた同志の大半が、充の側へ付いてしまった以上、今は一人たりとも仲間を失う訳には行かないのだ。
「な、何よっ。い、一体ぜんたいどうなってんのよっ」
異能力者と思われる仲間がまた現れた、翠恋は瑠奈へのビンタ攻撃を止め戸惑い出す。慌てふためく翠恋を見た瑠奈はすかさず翠恋から離れ、ルシオラ達の元へ駆け寄る。翠恋の姿を見たクリストフは、駆け寄ってきた瑠奈と翠恋を、交互に見ながら怪訝な顔をする。
「···それよりあの娘は? この支部じゃ見たことないけど···。特に能力者の思念は感じないから、異能力者じゃあないよね」
「私の学校の同級生だよ。······あいつ、充に騙されてる」
翠恋との激しいビンタ合戦で、赤くなった片方の頬を擦りながら、瑠奈がクリストフに分かるように簡潔に説明する。聞き終えると同時に、クリストフはたちまち渋い表情になる。
「なるほど、ああいう思い込み激しいタイプって厄介だよな。薫とか···」
「薫さんは真っ直ぐなだけだよ。あいつは一度思い込んだら全然融通聞かないし、薫さんと一緒にしたら怒る」
「ま、まぁね···」
薫を庇う瑠奈にクリストフは苦笑する。もしも目の前に薫が居て、これを聞いたら怒る事この上ない。薫はルシオラへの思いが強すぎる位で、単純に研究所の監禁生活が長かった影響で、世間を知らなかっただけ。と言った方が良いかもしれない。正直思い込みも激しく更には頭が固すぎる分、翠恋の方が圧倒的に性質が悪い。
「な、何こそこそ話してんのよっ! さ、さてはあんたも人殺しの真宮に騙されてんのね」
「僕が瑠奈に騙されてるって···。自分よがりで勝手な思い込みも、そこまで行くと清々しいね」
「う、うるさいわねっ!」
さっきまで瑠奈とビンタ合戦を始めとした、激しい取っ組みあいをしたのはともかく、自分の手で泪を拳銃で撃ったショックは、まだ完全に抜けきれていないようだ。
「真宮っ! あんたはどうすんのよっ!? そ、そうよっ。早くあんたが充の所へ行かないと泪が······泪があんたのせいで死んじゃうのよ?」
何を思ったのか、開き直ったのか翠恋は余裕綽々に語る。今の泪の命を自分達が握っていると言う、絶望的な状況はルシオラ達では覆せない絶対的な自信。
「あんたのその理解出来ない自信が、一体どこから湧き出るのか知りたいわ!! 大体私に何度言わせたらあんたは気が済む訳? そのニタニタした気持ち悪い中年の所には、絶っっっ対に!! いかないって言ってんの!!」
翠恋が完全に利用されてるのを感じてるといえ、翠恋の方は充を信じきってしまったが故に、ここまで思い切った行動が出来るのだ。しかし瑠奈にとって最早、充の事などただのニタニタした気持ちの悪い中年扱いだ。クリストフは無意識に口を歪ませる。
「充の事、気持ち悪い中年だって···くくっ」
「まったく不愉快な事、この上ありませんねぇ。貴方は自分の部下の教育も、まともにしなかったのですか?」
「部下の教育など必要ない。私がファントムを結成したのは、これまで奴らから受けた仕打ちを思えば、ただの私怨に過ぎない。私は自分で立ち上げた組織を使って、世界を支配する気など毛頭ない。これはお前達のような、私欲のままに動く者を好きにさせてしまった、私へと跳ね返って来た因果応報に過ぎないのだからな」
クリストフを始めとした数人の仲間達と、研究所を脱出したルシオラは、異能力者を虐げた人間達への復讐を誓った。サイキッカーとしての強大な力と持ち合わせたカリスマにより、たった数年でファントムと言う集団を、世界の脅威になるまでに成長させた。
同時に集団そのものが、虐げられた異能力者達の拠り所となってしまった故に、ルシオラ個人の思想が歪んだ形で肥大化したファントム。それを知っていながら、日に日に暴走していく同志達を止める事をしなかった、ルシオラへの因果応報。そしてルシオラ自身が暴走した同志達への、ケジメをつけるべきものなのだから。
「そのような貧相な力で戦うと? あなた方に私は倒せませんよ」
「今此処で、あんたを倒そうなんて思ってないよ。僕の異能力がこの場で使えないのは、あんたもとっくに知ってるじゃないか」
充とクリストフはお互い、牽制し合うかのように睨み合う。聞いている限りでは、クリストフの異能力も、瑠奈と同じく使える場所が限定されるようだ。
「あなたの異能力も私からしてみれば、厄介極まりないものなんですがね」
「口だけは達者だな、オッサン」
ルシオラは隙を突いて倒れている泪に近づき、泪の顔色を覗きこむように屈む。ルシオラの近付く足音に気付いたのか、うっすらと目を開ける泪。どうやら気を失っていたのは、ほんの数分程度だったようで、泪は既に意識を取り戻していた。
「大丈夫か?」
「え、えぇ···。幸い、弾は···中に、残って···いま、せん···」
拳銃で撃たれた泪の脇腹から、今も血がじわりじわりと滲み出している。撃たれた脇腹を押さえている手が、僅かに光っている。泪は恐らく自分の念動力で、怪我の進行を防いでいるのだろうが、それは一時的なものにすぎない。早い所手当てをしなければ、失血死は免れない。
「瑠奈を······お願い、します···。あ、あの娘を······っ。あの娘だけは、玖苑充に渡す訳にはいかない···。充の···っ。玖苑、充の持つ異能力は···他者の異能力を、模倣する。······模倣です」




