116話・瑠奈side
―ファントム支部・八階廊下。
異能力を持っていない侵入者を、物理的・感覚的に察知できるように、支部内の至るところに設置されている筈の警報器は、何故か鳴っていない。隠密行動に強い異能力者狩りを警戒し、いつでも迎撃出来るよう、支部の能力者達の状態は常に万全の状態である。最も現状、内部分裂が起こっている今のファントムで、能力者達が万全と言えるのか分からないが。
「異能力者狩りの数は?」
「支部に迫ってくる思念の数は四つ。奴らの手段にしては、あまりに人数が少なすぎる」
味方の謀反で散々掻き回され、現在も内部の体勢の整っていないファントム支部へと、攻め込んでくる侵入者達を確認するルシオラと泪。ルシオラは支部に近付いてくる異能力者狩り達の人数に、疑問を抱いているようだ。
「まだ迎撃準備も整ってすらないのに、性懲りもなく来やがったよ」
「こんな時に限って···」
早歩きで歩きながら話し合う泪とルシオラの少し後ろを、瑠奈とクリストフが同じく早歩きで後を追う。この支部にサイキッカーが二人いるとは言え、ファントムの戦力も玖苑充に引っ掻き回された現状、手練れの者も居らず十分に整っていない。
「それにしても奴らは、数時間前に撤退したばかりの筈だ。人数が少ないとは言え、体勢を立て直すには動きが余りにも早すぎる」
「連中が前に襲いかかって来た時。あいつら仲間割れしてなかった?」
クリストフの疑問に答えるように、ルシオラの隣にいた泪が口を開く。
「···この作戦、覚えがあります」
「覚えがある?」
「はい。宇都宮一族管轄の工作員が、任務遂行に楽だからと好んで使っていました。こちらへ攻め込んできた人数から、これは明らかに陽動です。恐らくは異能力者狩りの連中も、宇都宮一族を嫌っている構成員が、紛れ混んでいる事を知っている筈」
宇都宮の工作員と言えば、瑠奈の知る限りだと宇都宮夕妬と共謀していた、聖龍しか思い浮かばない。しかし彼らは過去の事件の痕跡を残したまま、古参の面々を含めて聖龍と言うグループはとっくに壊滅した。彼らの中にも宇都宮一族である夕妬に反感を持ち、己の権力で自分達のグループを好き放題する、夕妬の目を欺き暴走した結果。最終的に本家へと戻された夕妬共々、全員自滅した形になったのだが。
「待って。異能力者狩りが宇都宮一族を嫌ってるって、初めて聞いたんだけど」
「宇都宮一族が関わっているなら、異能力者狩り内部でも、意見が割れている可能性が高いんです。異能力者狩りのトップは、宇都宮一族を特に毛嫌いしています。宇都宮の悪業を知る幹部クラスの構成員ならば、彼らの策に乗る筈があり得ない。
ですが宇都宮一族は、とうの異能力者達を、自分達が管理下に置いている村ぐるみで迫害するまでに、能力者達を酷く嫌っています。村の中には宇都宮一族に絶対的な忠誠を誓う構成員を、育成する施設までも存在します。この作戦を考えたのは、幼少から自分達以外を駒として、利用する事を徹底的に叩き込まれた、宇都宮一族管轄下の構成員の可能性が高い。
それでも人数や内容を把握出来れば、作戦の対処は容易です。この状況下だと高い確率で、奴らは異能力者狩りを呼び込むでしょう。それ以外考えられません」
泪の話の内容に納得が言った。異能力者狩りが宇都宮一族を嫌っているなら、響達が愛姫一行と仲間割れしたのも納得が行く。あの事件で響も自分達の学校生活を、滅茶苦茶にした宇都宮を酷く嫌っていたのだし。
「作戦を把握出来れば、対処は容易と言う訳か。クリフ、すぐにこの事をルミナ達に伝えろ」
「わかった」
クリストフは仲間達に、異能力者狩りによる陽動の情報を知らせる為、元の通路から来た場所へ引き返していく。クリストフの後ろ姿を見送る三人に、瑠奈はある事実に気付く。
「私は?」
「······待って下さい。すぐ先に誰かの思念を感じます」
「あぁ。クリフでも他の仲間の思念でもない。君は私達と一緒にいた方が良い」
瑠奈が質問する直前。泪は先の見えない前方に、異能力者の思念を察知していたようだ。何者かの思念は泪だけでなく、ルシオラも同時に察知したらしい。侵入者の思念を察知した今の状況で、瑠奈を一人にするのは危険だと判断したらしく、ルシオラは瑠奈へ留まるように告げ、泪も無言で頷き同意する。
「あっ! 思念が強まって···ううん。何だか私達が近づく度に強くなって来てる」
「···向こう側から、わざと思念を強めてるようだな」
前方からの思念が強くなり瑠奈も察知し、警戒を強める。泪やルシオラの反応から、侵入者の思念は明らかにこちらへの敵意に満ちている。
「っ! この思念は······」
「貴様···。······やはり充か」
強い敵意の思念を感じる先の、誰もいないと思われた通路から、いきなり一人の長身の男が現れる。ルシオラの想像通り。男はファントムに謀反を起こし、更に政府にまで繋がりを持っている玖苑充だった。
「貴方のその様子ですと···。宇都宮一族は、己の管轄下研究所の中でも、一際高い念動力と異能力を持つ貴方を。自らの支配下へ置く事に、完全にしくじったようですね」
「ええ、おかげさまで。宇都宮の連中が、研究所に無断で実験と称して、色々と余計なバカをしてくれましたよ。奴らが政府におかげで、ようやく思いっきり動く事が出来ますよ」
充の皮肉混じりに対して、容赦ない皮肉を返す泪。敵意全開で睨み付ける泪を見て、充は笑みを浮かべる。悪意を感じ取れる感覚が強い者ならば、確実に不快感を催す歪な笑み。
「···素直に宇都宮一族の、忠実なお人形でいれば良かったものを。あなたの存在など我々にとっても、都合のよいただの人形でしか過ぎないのですよ」
人形と言う言葉に泪の表情が更に険しくなる。昔から泪の存在は都合の良い道具だと、宇都宮を始めとした村の人間達からも、散々言われ続けていたのだろう。
「普段からろくに手綱を握らず、好き放題野晒しに自分の飼っている犬を、放置してる連中に言われたくありませんよ。貴方がたに都合の良い人形だなんて、言われる筋合いはありませんね。この作戦を箱庭の工作員···。鳴城院の連中に任せたのが、仇になりましたね」
泪の口から聞きなれない言葉が飛び出てくる。話の内容からして鳴城院と言う存在が、宇都宮一族と異能力者狩りに、関わっている連中のようだ。
「······神在の町全体にESP検査通知の発送送ったの。あんたが関わってるんだって?」
異能力者の受け入れが進んでいる、神在の都市全域にESP検査通知が入ったのには、国内の政府と深い繋がりを持つ、充も深く関わっている。これ以上身近な人達を巻き込まない為にも、安易に茉莉達の名前は出さない方が良い。
「私は異能力者を受け入れるなどと言う、あの愚かな行為を行う町へ、最善の手段を取らせて頂いたまでですよ。彼ら神在の者達はこの国内の平穏と、安定を願う政府へ歯向かう、調和などと下らない理想主義を掲げた、忌々しい愚か者達に過ぎません。市内に滞在する全ての異能力者共を、いち早く政府に引き渡し、素直に国に従っていれば良いものを」
神在の町は消えるべきだと、当たり前のように喋る充に対し、瑠奈達は戦慄する。充は自身の政府議員秘書としての立場を利用して、神在を。この男は異能力者を受け入れる場所そのものを、何もかも排除する気なのだ。
「最も、あなたがこちら側へ···。この私の元へ簡単に来てくれるとは思いませんでしたが」
充の見下した態度が気に入らないのか、瑠奈は充を睨み付ける。泪とルシオラも顔つきが険しくなると同時に、強念者の証とも言わんばかりに、それぞれが二つの光輪を展開する。
「ルシオラ···彼は」
「どうやら貴様は、この場で始末した方が手っ取り早く済みそうだ」
充はやれやれと言った表情で瑠奈達を見る。二人の強いサイキッカーから、敵意どころか殺気に満ちた、強力な思念を受けている筈なのに、充は汗一つかいていない。
「随分と余裕ですね。自分が誰を相手にしているのか分からない程、貴方は愚かではないでしょう」
「······やれやれ、困りましたね。あなた方のような愚か者達など、この私が相手をするまでもありません。雑魚は雑魚らしく、『彼女』の相手でもして頂きましょう」




