113話・瑠奈side
「···それは凄く気になってた。私は宇都宮家に見つかる前に、家族と一緒に暁の地を離れたって」
泪との精神会合で見た、瑠奈と同じ顔をした少女。瑠奈が精神の中で見たのは、瑠奈と瓜二つの顔と同じ声。その時の彼女は泪へ酷い罵声を浴びせている以外、詳しい事は分からなかった。自分と同じ顔と声をしているのなら、当然彼女は泪とも大きな関わりがある。
最も。今までの泪の話や精神世界で見せられた、残酷な光景の出来事からして、彼女の話題は泪にとって良くない話になりそうだ。
「······複製体の正式名称は、【ルナシリーズ】。暁研究所の職員達からはそう呼ばれている。彼女達は瑠奈の遺伝子情報をベースに、国内のありとあらゆる異能学知識や、遺伝子技術を結集して作りだされた。生命の禁忌に踏み込んだ切っ掛けは、暁村の異能力研究所職員が偶然。四堂元所長管轄下の、暁研究所に潜り込んでいた瑠奈の髪を、見つけ出して拾って持ち帰った。この時に特殊な異能力を持つ瑠奈の存在を、宇都宮一族に知られたんだろう。
その奈留は、暁特殊異能学研究所が、管理している内の最重要機密と言われる、研究所の地下最深部。【暁の深淵】と言われている場所で、宇都宮一族選りすぐりの異能学研究員達が、捕らえた異能力者達を実験体として、宇都宮一族が目指す、『不老不死』の研究をも行っている。ルナシリーズは細胞分裂の研究を始めとして、幾度となく暁の研究員達が、実験を繰り返した研究の技術の成果だ。その成功した細胞分裂を、更に細胞や遺伝子の研究を重ねながら、複製に成功した瑠奈の細胞を厳重に管理し、度重なる細胞研究の末に成功した奈留こそ、ルナシリーズの内の一体」
奴らは趣味が悪いと言った表情になる泪。この場で全てを知る必要がある瑠奈は、無言で泪の話を聞いている。
「ル、ルナシリーズは何のために? 宇都宮の連中が、お兄ちゃんを単純に追い詰める為だけに、造った訳でもないんでしょう。その娘達は人工異能力者計画とも関係してるの?」
宇都宮が泪を追い詰める為だけに、自分のクローンが作られたのなら性質が悪すぎる。瑠奈の疑問に答えるべく、泪は軽く溜め息を吐いた後に話を続ける。
「それだけなら、まだ良かった。ルナシリーズと並行して行われているのが、暁特殊異能学研究所の本筋でもある、人工異能力者計画だ。最もルナシリーズの方は、あくまで異質の力を持つ異能力者を、人間の手で人為的に生み出す為の、行程の一つに過ぎないし、宇都宮が求めている不老不死もまた、人工異能力者計画のついでの寄り道に行っているだけだろう。
暁の研究者達は、ルナシリーズを元にした遺伝子を更に研究。異能力者の遺伝子を元にして、異能力を持たない非異能力者へ、人為的に念動力を発生させる薬物までも開発した。異能力を持たない人間に、人為的に念動力を発生させる事には、成功したものの国内ではまだ実験段階だ。だけど国外での人工異能力者の研究は、暁···。いや、国内以上に技術が進んでいるらしい。僕が聞いた範囲なんだが、国外のごく一部の範囲では、既に人工異能力者の部隊までもが投入されているとか」
「じっ、人工異能力者の部隊だなんて···」
異能力を持たない者に対し、人為的に念動力を注入したとして、強制的に念動力を発生させられた人間は、一体どうなってしまうのか。しかも国外では、人為的に能力を生み出した、異能力者の部隊が出来る程に技術が進んでいる。話を聞けば聞くほど、異能力研究と言うものが未知の世界に思えてくる。
「その研究者達の歪んだ研究欲で、作り出された人工異能力者にも、極めて重大な欠陥があった。その欠陥は国内外全ての、異能力研究所内でも、特に問題視されていた。人為的に念動力を注ぎ込まれた人工異能力者は、人格面や精神面が極端に不安定である事と、生物に対する破壊衝動が非常に強い事。瑠奈の複製体として作られたルナシリーズも、人為的に異能力を注入された者達と、同様の欠陥を持っていた。【彼女達】は最初から徹底して僕の精神を追い込み、僕の自由意思と自我を失わせる為だけに、作り出された。しかし【彼女達】が瑠奈に酷似しているのは、あくまでも外観と声だけ。瑠奈の記憶と人格。そして生まれながらにして持っている、瑠奈の精神侵入の能力まで、模倣する事は当然出来なかった。
瑠奈に近づけようとすればする程、複製体の精神は人間としての自戒が、完全に破綻して行った。それ以前に瑠奈の異能力を求めて作られた複製体達は、どんなに肉体を強化しようが、強い念動力を持っていようが、誰一人として瑠奈の精神干渉能力を使う事が出来なかった。瑠奈の複製体は僕が知っているだけでも、数百体以上は作られている」
「すっ、数百体いっっ!?」
自分と同じ顔の人間が数百体も造られ、それがもし目の前に現れるなど、今の瑠奈にはまるで想像が出来ず、反射的にすっとんきょうな声を上げてしまった。
「······宇都宮小夜が欲しがったんだよ。一族が瑠奈に目を付けた時期と、小夜が目を付けたのと同じだろう。瑠奈に目を付けた詳しい経緯までは知らないが、人工異能力者計画の一環として、複製体の瑠奈を暁研究所で、造られる話を聞いた小夜は『自分だけの真宮瑠奈』を求めた。最も宇都宮小夜本人は、瑠奈の複製体達全てに、『誰一人私の瑠奈になれなかった』とも言っていた」
自分の複製体が沢山作られていた事で、驚きの声を上げポカンとなりながら泪を見ている瑠奈に対し、泪の声が更に何かが入り雑じったものになる。泪を追い詰める為だけに、自分を利用された事に憤りを感じているのだ。そして宇都宮小夜は、泪を追い詰めるだけでなく、自分をも求めている。
「瑠奈の複製体だけじゃない···。人工異能力者計画には、精神干渉能力を持つ異能力者も、数多く犠牲になった。異能力者の精神世界の構造を解析し、対象の精神を操作する実験。もちろんその逆でもある精神を破壊する実験。そして破壊された精神を復元する実験。ありとあらゆる精神の構造に関わる、研究と実験が数多く行われてきた。
その内の壊された精神世界を、元の状態へと復元する実験で、唯一成功した異能力者は僕だけ···。人工異能力者計画に関わっている中で、僕以外の異能力者はほぼ全員。精神干渉実験の負荷に、耐えきれず息を引き取った。それ以上に精神干渉の異能力に優れた、真宮の一族を誰一人として、確保出来なかった事が致命的だった」
それで宇都宮は精神介入能力を持つ自分に、目を付けたと言う訳だったのか。瑠奈の複製体を何十体何百体作ろうが、どうやっても瑠奈本人の能力を使えない以上。オリジナルの瑠奈に、精神侵入の能力を使わせる魂胆だったのだろう。
「それと、あの防衛規制は···。お兄ちゃんの精神世界の中でどうなったの?」
これだけはどうしても聞きたい。本当に泪の防衛規制の排除は、失敗してしまったのだろうか。
「······わからない。でも、僕が力を暴走させた時の状況と似ている」
「え?」
「···僕が一年位前。郊外で倒れてる所を、和真先輩に助けられたのは聞いてるだろ。和真先輩と会う数日前。僕は暁研究所のある実験に参加していた」
昔いた研究所の出来事を語っていると言う事は、泪の過去の記憶が戻っているのだろうか。
「やっぱり、昔の記憶が···」
「普段。僕に対する異能力実験は、人工異能力者計画を中心に関わっていたから。類いまれな念動力と異能力を持つ能力者自体、異能力研究所にとっても貴重な素材でもあるから、政府管轄の研究職員の手で実験は慎重に行われた。どれだけ過酷な実験を行う時でも、常に万全な体制で行わされた」
簡単に自分の事を素材と語る泪。母親からおぼろげに聞いた話だが、長い時間同じ環境に居ると、自分が置かれている環境の感覚が麻痺する事もあると。
「一年前に起きた山間部で起きた、山間部工場爆発事故のニュース。知ってる?」
「テレビやネットで見たし少しだけ。なんかあの事故、死者も数十人出たって話だよね」
一年前に発生した、火元不明の山間部爆発事故。犠牲者も数十人程出ており、全国ニュースでも取り上げられたので、ある程度は知っている。しかし数ヵ月後になると、まるで事故が起きていないと言った形で、あっという間に忘れ去られていったのだ。あれだけ大きな爆発火災で、かつ相応の数の犠牲者まで出てきたのに、たった数ヶ月で警察の捜査を打ち切られるとは、何かしら引っ掛かりがあると、茉莉は愚痴っていた。
「······あの爆発を起こしたのは僕だ。自分の能力を暴走させた結果があの事故だ」
「!!」
「当時の実験には、宇都宮一族管轄の研究員が参加していた。その研究員は宇都宮の権力を盾にして、僕を実験に使うよう要求したよ。僕を対象とした実験に関わっている研究員は、宇都宮の提案に当然反対した。只でさえ確保の難しい『サイキッカー』を、小規模の実験で使い潰されたくなかったからだ。だが宇都宮に圧力を掛けられた研究所は、実験を強行せざるを得なかった。当然宇都宮主導で行ったのは、暁で受けていたものと同じ行為。その実験内容は異能力研究所の研究員でも、難色を示すほどに酷かった。
更に僕は次の実験へ向けて、暁で受けた行為からの治療を、受けている途中だった。だが肉体の治療も不完全で、精神も不安定な状態のまま、宇都宮の要求する実験を強行した結果、僕は自分の能力を暴走・爆発させた」
山間部の爆発事故は、泪の念動力と異能力の暴走によるものだったとは。異能力が関わっているとなると、国家で隠蔽されるのも当然だ。泪の暴走は、宇都宮一族が強行した一方的な異能力実験により起こされた。そして宇都宮一族は、ある組織の管轄下にある、神在の監視を掻い潜りながら、一年前に泪を見つけ出し、和真達や泪自身の素性を楯に、ジョーカーへと参加させた。
「後······。これは数ヶ月前に知ったばかりなんだが、一年前のジョーカーに瑠奈が、ゲームの参加者として選ばれていた」
「!?」




