109話・瑠奈side
※警告!!
この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件には一切関係ありません。
瑠奈編109話には暴力・犯罪・いじめ・グロテスクな描写及び精神的に不快を催す描写がございます。内容に不快を催されましたら、直ちにブラウザをバックするようにお願いします。
「う"······っ、うあ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ぁぁぁぁぁっっ!!!」
泪は瑠奈の首を締めると同時に瑠奈の脳内へ、自身の持つありったけの思念を注ぎ込んだのか、全身に襲い掛かる激痛と、膨大な負の思念に瑠奈は獣の咆哮を上げる。ここはあくまで精神世界だと言うのに、今にも意識が飛んでしまいそうな程に、痛みも感覚も瑠奈の髪から爪先まで、ダイレクトに伝わって来るのだ。
「う"、ぐぅ···っ······あ"、が······ぁ······っ」
ここで痛みに耐えきらなければ泪を救えない。脳神経の隅から隅へと。いや。精神に悪意の塊に満ちた思念を注ぎ込まれ、外からは首を絞められ、泪は想像以上の悪意と殺意を持ってして、瑠奈へ襲いかかる。呼吸を圧迫される息苦しさに、瑠奈の首を絞めている泪の両手を、うめき声を上げもがきながら何とか掴み、死にものぐるいに耐える瑠奈に泪が口を開いた。
「どうして···ー······僕の前に······」
「······ぐ······ぁ···?」
思うように力の入らない手で、泪の手を掴む瑠奈の口から僅かに声が漏れる。
「······死ぬのは怖くなかった。僕は死ねば楽になれた···ここで死ぬ事が出来れば、僕は幸せになれたんだ·········でも。瑠奈······?」
泪の言葉が突然、疑問となって瑠奈の名前を呼んだ途端に止まる。瑠奈は涙目になりながらも、なんとか呼吸をしようと泪の攻撃に耐える。
「な······っ」
「瑠奈ぁ······瑠奈······よくもぉ······っ。よくもぉ···よくも······よくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくも······っっ!!!」
首を絞める手が緩んだと思った瞬間。呼吸をするべく再び息を吸い込もうと、口を動かした瑠奈の一瞬の隙を突き、泪の首を締める手の握力が再び強まる。
「よくもこの【生塵】の僕を、生き地獄に堕としてくれたなあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
「―っっ!!?」
慟哭にも似た咆哮と同時に、泪の握力から首を絞め上げる力が更に強まっていく。両手の首を絞める握力が一掃強まった事で、泪の手を掴んでいた瑠奈の手が、崩れ落ちるように放れてしまった。いま此所で意識が途絶えたら、これ以上の精神介入は危険と判断したルシオラの手で、泪の精神世界から強制排除されてしまう。ここはなんとしてでも、意識を保ち続けなればいけない。
「う"···ぐ、っ···が···ぁぁ···っ」
「死ねっっ!! 死ねっ!! 死ねっ!! 死ね!! 死ね!! 死ね!! お前なんか······っ。お前なんか死んでしまええええええええぇぇぇっっ!!!!! お前さえこの世に居なければ、こんなに苦しまずにすんだ···。お前さえ······お前さえ僕の前に現れなければ、【生塵】の僕は苦しまずに楽に死ねたんだよおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉっっ!!!!!」
―殺すな···殺すなっ······殺すなっっ!!
絶対に意識を失うまいと耐える瑠奈の頭の中で、再び泪の声が聞こえてくる。穏やかかつ悲壮感すら感じる声は、他者への殺意を否定する、もう一つの泪の声だった。
「お兄···ちゃ······う、ぐっ···ぁ、ぁっ···っ」
―殺すな···瑠奈を······瑠奈を殺すなっ!!
「!!?」
もう一人の泪が、頭の中で強く叫ぶと同時に突然。瑠奈の首を締め付けていた泪の両手が放された。両手を放された瑠奈は残っている力を使い、地面へ一回二回転がった後、うつ伏せに倒れたまま力の入らない身体を使いつつ、どうにか呼吸を確保しようとする。
「っげっ···げ、ほっ···。げ、ほ······げほっ···げほ···げほ···っ」
泪の殺気に満ちた視線と、強烈な締め付けから解放された瑠奈は、何度も咳き込みながらも、呼吸を調えつつ上半身を起こす。攻撃を止めいきなり苦しみだした泪へ、ゆっくりと視線を向けた瑠奈の目の前には、もう一人の泪がいた。
【もう一人の泪】は両手を頭に押さえながら、うめき声を上げて苦しむ泪の頭へ、壊れ物を扱うようみたいにゆっくり触れると、【泪】の手に触れられた泪は砂が崩れて行くように、あっと言う間に消滅してしまった。今瑠奈の前に立っているのは【本来の赤石泪】だ。
「お···お兄···ちゃ、ん?」
瑠奈の首を絞めていた泪を消滅させた【本来の赤石泪】は、無機質な機械のような冷たい視線を瑠奈へ向ける。
【僕は生きていてはいけない。僕は死ななければいけない】
生きていてはいけない。と、瑠奈の耳へ。脳内へと再び泪の声が響き渡る。何重にも響き渡る泪の言葉は、自分自身に言い聞かせているように見えた。
【僕は死ぬ···僕は必ず死ぬんだ!! だから瑠奈だけは絶対に生きろ!! 死ぬのは僕だけで良い!! 僕は死ぬ!! 僕は生きていてはいけない!! 僕は死ななければいけないんだ!!】
「な···っ」
自分は絶対に死ななければいけないと、泪は何度も何度も繰り返す。最早狂気ともしか言いようがない、泪自身の強靭な死への意志。生まれた時から『塵』として生きる事を強いられ、壮絶な経験をしてしまったが為に、生きる事の全てに絶望してしまった故による死への願望。
「なっ、な···ぜ···。死な、ないと、いけない···の? お兄、ちゃんが···死ぬ必要、なんて···」
瑠奈はなんとか呼吸を整え、途切れ途切れになりながら疑問に思っていた言葉に口にしていく。
【僕は生きてはいけない。僕は誰にも必要とされていない。僕に生きる価値は存在しない。僕は必ず死ぬ!!】
泪に伝えなくてはいけない。泪は必要とされている事を。泪にはちゃんと居場所があるという事を、瑠奈は伝えなくてはいけない。
「ち、違う···。お兄ちゃんが、誰にも必要とされてないなんて」
【僕は誰にも必要とされていない。だから僕は死ぬ!! 僕は死ぬ!! 僕は死ぬ!! 僕は死ぬ! 僕は死ぬ!! 僕は死ぬ!!】
「どうして······。ど···う···し、て······っ」
頑として己の存在を否定する泪。瑠奈の目からは涙が止まらない。せっかく此処までたどり着いたのに、泪の価値観を変える事が出来ない。生まれてから己の存在全てを否定され、傷付き過ぎた泪の闇は余りにも深いと言うのだと、改めて思い知らされた。
「·········っ、て」
【死ぬ。僕は死ぬ。例えどんな事があろうとも、僕は絶対に死ぬ。僕の居場所も生きる価値もどこにもない】
「·········言って。お兄ちゃん、本当の事言って!! 本当の事言ってよっっ!!!」
泪の本当の気持ちを聞きたい。嘘でも偽りでもない、本当の泪自身の言葉を聞きたいのだ。
【僕は生きていてはいけない!! 僕の居場所は何処にもない!!】
泪の強固かつ、狂気的な意志に負けてはいけない。ここまで来ると完全に瑠奈の意地と、泪の意志とのぶつかり合いだった。
「痛いなら痛いって···苦しいなら苦しいって······助けてほしいなら助けてって言ってよっ!! たった一言だけでもいい!! お兄ちゃんの本当の気持ちをぶつけてよっ!!!」
【僕の居場所は、世界中探しても何処にもない!! 僕はこの世界に生きていちゃいけないんだよっ!!!!】
自分自身のあるべき居場所を。自分の信じられるものを、何もかも失ってしまった故の狂気。
「なら最初は私を信じて! 始めから全部好きにならくていい!! 誰かを憎んだって良い!! だから全部を嫌いにならないで!! お兄ちゃんっっ!!!」
泪の表情が微笑んだと瞬間。瑠奈の右手に、何かを握った感触があった。瑠奈が握っていた―。握らされていたそれは、磨かれたナイフだった。いつの間にか握っている刃物を見た瑠奈は、すぐに泪の顔を見る。そこには無機質な表情の泪が存在した。
「お兄―···っ!!」
「さようなら」
泪は瑠奈のナイフを持つ右手を掴むと、自身の首筋へ瑠奈の手を一気に押し当てた。今まで瑠奈が聞いたことのない、肉を斬る音の感触が伝わってくる。
「!!!」
肉の斬撃と血が噴き出す水音と同時に、二人の周囲から大きな地鳴りが響き渡る。それは泪の精神を支えていた世界が、崩れていく合図だった。瑠奈の頭の中にルシオラの声が響きわたる。
『瑠奈!! これ以上ここに居ては、精神世界の崩壊に巻き込まれる! 早く戻れ!!』




