106話・瑠奈side
※警告!!
この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件には一切関係ありません。
瑠奈編106話には暴力・犯罪・いじめ・グロテスクな描写及び精神的に不快を催す描写がございます。内容に不快を催されましたら、直ちにブラウザをバックするようにお願いします。
―…。
「ルシオラさん。防衛規制に会話が成立しないって…」
『言葉の通りだ。泪は幼少の頃より、常に過酷な状況の中にいるのだ。泪は自分の心が外部から安易に壊されないよう、【本来の赤石泪】を守る為に、自身の防衛規制へ相当強力な権限を持たせたようだ。
防衛規制は【本来の赤石泪】を守る為には、どんな手段をも使う。過剰とも言える防衛反応は、泪自身の目的を果たせるよう、【本来の自分】すら欺くように仕向けている。生半可な説得は一切通用しないと思っていい』
「……っ」
自分の心を守る為。自分の目的を果たす為に、誰の言葉にも耳を傾けず、本当の自分すらを欺く程に、強力な防衛規制を作り出す泪の精神世界。泪の精神世界を支配する力を持った防衛規制は、あくまで【本当の泪】を守る為だけに存在している。
『君が彼の防衛規制と会話してる間。思念を集中して探りを入れたら、一つ気になる場所を見つけた。その場所は、泪の防衛規制へ特に影響を、与えている場所である事は確かだ』
ルシオラも自分が干渉出来る範囲で、泪の精神世界内を調べていたらしい。やはり【本来の赤石泪】は、防衛規制によって守られている事。泪の防衛規制はありとあらゆる全てを、徹底して欺くように仕向けている事。そして【本来の泪】は【本来の泪】を守る為に、防衛規制に絶えず力を与えている事。
「その場所へ行けば、防衛規制の力の源が分かる。って訳ですね」
『…ただし。過酷な実験と、無縁な生活を送って来た君にとって、目を背けたくなる光景である事は、間違いない。気をつけろ』
瑠奈は暗闇で頷くと、頭の中のルシオラの声に導かれ【本来の赤石泪】がいる場所へと向かった。
―…。
「…お兄ちゃんだ」
防衛規制がいた所から離れた別の場所。瑠奈の視界に広がるのは、所々に崩れた建物や枯れた木々が置かれ、まさに廃墟を思わせる殺風景な広場。廃墟の中心には、さっき見かけた筈の泪とはまた別の泪がいた。防衛規制の泪と決定的に違うのは、泪は全身傷だらけのまま、薄汚れた襤褸を身にまとい、沢山の人間に囲まれている。
「人殺し!!」
「人殺し!!」
「人殺し!!」
「お前は人殺しだ!!」
「人殺しは早く死ね!!」
ボロボロの姿の泪は、大勢の人間に罵倒されていた。耳を塞ぎたくなるような罵倒に交じり、泪には殴る蹴ると言った激しい暴力までも加えられている。中には明らかに人体に掛けてはいけない、あるまじき液体をぶちまけている者もいた。
「どうして……」
『そうか…。そういう事か…』
「ルシオラさん?」
『これは彼が過去に体験した記憶を、泪自身が精神世界内で忠実に再現している。……あれが【本来の赤石泪】だ』
「!!」
瑠奈の目の前で行われているのは、泪が今も抑え続けている過去。泪が生まれた時から、現在に至るまで受け続けている傷。あまりにも凄惨かつ非人道な光景に、瑠奈は目を逸らしたかったが、泪を本当の意味で救いたければ、泪が経験した過去を受け入れなければいけない。
「死ね!! 早く死ね!!」
誰かが死ねと叫びながら、勢いに任せ無抵抗の泪を蹴りあげる。
「人殺しは早く死ね!!」
泪を囲んでいる誰かが人殺しは死ねと、ヒステリックに叫び泪を罵り続ける。
「何で人殺しがのうのうと暮らしてるんだよ!? 犯罪者は早く死んじまえよ!!」
また誰がが泪の事を犯罪者だと叫び、泪に絶え間なく激しい暴力を奮い続ける。何も言わず淡々と人々の非難を、受け入れている泪の目に生気はなく、先ほども見た無機質な機械の顔だった。泪は成すがまま周囲からの、激しい暴力と中傷罵倒に晒され続ける。
「あんたみたいな、くっさい生塵と同じ空気を吸ってるだけで、気持ち悪くなるの!! あんたみたいな人殺し、早く死ねばいいのよ!!」
泪へ激しい暴力を奮いつつ、口汚く罵倒している者の中には、どこかで見た人間が何人かいる。よく確認しながら見てみると、泪に危害を加えている者達の中には、明らかに瑠奈が見知った人間達も数多く混じっていた。
「あ、あ…れっ? あそこにいるの…まさか鋼太朗!? って…ゆ、勇羅も!? め…芽衣子に茉莉姉…り、琳までっ!? ど、どうして一体…」
『…自身が知りうる限りの人間全てに、自分を罵倒させているらしいな。自身の望みが叶うまで彼は何度も何度でも、自らを罰し痛め付ける事を繰り返している。【泪の本当の目的】に近づく為に、この場所で徹底的に、己の精神を傷付け常に泪自身にとって、都合の良い世界に書き換え続けていく。自身の価値観を変えさえないよう、【本来の自分自身】を傷め付ける事で、泪は防衛規制に力を与え続けているようだ』
「お兄ちゃんにとって都合の良い世界…」
『【他者の幸福と引き換えに、自身が不幸のドン底に居続ける事】。今の泪にとって【苦痛】や【迫害】こそ、最も居心地の良い場所なのだ。君は今まで異能力者間の争いや、異能力者迫害そのものから無縁だと聞いた。君が泪に望む【日常】や【平穏】は、彼にとって苦痛そのものでしかない…』
「……」
泪の精神世界のルシオラが。琳が。芽衣子が。勇羅が。茉莉が。麗二が。和真が。自分の知る親しい人達が。そして泪の過去を知る鋼太朗までもが、泪を汚い言葉で罵倒し暴力を加え傷付けている。【赤石泪が赤石泪でいる】為だけに。
「何で生きてるんだよ? お前は早く死ね!!」
精神世界の和真が、泪の顔を激しく殴りつける。
「お前なんか早く死んじゃえ!!」
精神世界の勇羅が、和真に続くように泪の顔を更に激しく殴る。
「うざってぇ…早く死ねよ!! この生塵が!!」
精神世界の鋼太朗が泪の腹を蹴りつけ、乱暴に頭を掴むと同時に、泪の身体を勢いよく地面へ叩きつける。
「いつ見ても汚い生塵ね……。早く死になさいよ!!」
精神世界の茉莉が地面へ身体を叩きつけられた泪の頭を、ぐりぐりとねじるように踏みつける。
「あんたなんか早く死んじゃえ!!」
「死ね!!」「死ね!!」「死ね!!」「死ね!!」「死ね!!」「死ね!!」「死ね!!」「死ね!!」
「死ね!!」「死ね!!」「死ね!!」「死ね!!」「死ね!!」「死ね!!」「死ね!!」「死ね!!」
「死ね!!」「死ね!!」「死ね!!」「死ね!!」「死ね!!」「死ね!!」「死ね!!」「死ね!!」
「死ね!!」「死ね!!」「死ね!!」「死ね!!」「死ね!!」「死ね!!」「死ね!!」「死ね!!」
「死ね!!」「死ね!!」「死ね!!」「死ね!!」「死ね!!」「死ね!!」「死ね!!」「死ね!!」
泪の精神世界に存在する、全ての人間が泪に暴力を振るい罵倒する。泪を永遠に痛めつける為。ただ淡々と泪の目的を、果たす為だけに泪を痛め続ける。
「………」
泪は自分が大嫌いなのだ。
物心つく前から常に周りに利用され、本当の気持ちは常に心の片隅へ抑え込んだまま。人より優れた力を持っているが故に、誰からも頼られ時には都合よく利用される。泪は他者に対して都合の良い、自分自身が嫌で嫌で仕方がない。だから一刻も早くこの世界から、消えてしまいたいと願ったのだ。
そしてそんな自分の願いも叶えてくれない世界も、周りに利用され続ける自分自身が大嫌い。だから自分なんか早く消えてしまいたい。『汚くて醜い生塵』の自分を、この世から消してほしい。
それでも泪の願いは………【絶対に叶わない】。
「………消す。私はお兄ちゃんの防衛規制を消す」




