100話・響side
響と琳が声のする方へ振り向くと、響達の背後の壁際にはいつの間にか琳の姉・真宮茉莉が立っていた。
「ねっ、姉さん。いつ病院に来てたの」
「真宮先生···」
予想もしていなかった人物の登場に、響はポカンとしている。響の表情とは逆に、茉莉の表情はかなり深刻だ。
「···悪いとは思ってたんだけどね。途中から壁の間に隠れて、あなた達の話を立ち聞きしてたの。やっぱり宇都宮一族も、異能力者勢力の争いに介入しているらしいわね」
茉莉の話のそぶりからして、彼女はこれまでに起きた一連の出来事を何か知っているようだ。
「それから琳。あなたの荷物はもう父さん達が運び出してるから、神在郊外へ避難するわよ。今日から数日の間に、神在市内全域にESP検査通知を発送するって、学校の緊急会議で委員会から連絡が入ったの」
突然の郊外避難と言った姉の発言に、琳はいきなりの出来事に付いていけず、完全に口を空けながら固まっている。神在市全体がESP検査通知の発送と聞き、琳は明らかに戸惑っているのだ。
「し、市内全体って···。神在って異能力者受け入れが進んでるから、政府の介入なんてほとんどなかった筈。神在も委員会も何を考えて···」
琳も響もさっきの宇都宮小夜の事と言い、茉莉が今話している事と言い、入ってくる情報が多すぎて頭が追い付かない。元々ESP検査自体は、周辺地域に異能力者がいると言う騒ぎが、市民の周りに起こらないよう、秘密裏で行われるものだと聞いている。神在総合病院の特殊医科内のESP検査も、基本は検査対象者と近親者のみに検査の詳細を伝え、表向きには対象者が異能力者である事を、知られないようあくまでも極秘で行われるものだ。
何よりも今回は、検査の対象範囲があまりにも広すぎる以前に、騒ぎを起こすには唐突過ぎる。
「この検査が委員会や神在市の意向じゃないのは確かよ。どうやらこの件、政府の方が大っぴらに動いてるし、大体此処への根回しが明らかに早すぎるもの。政府は異能力者の受け入れを積極的に推薦してる、この神在を真っ先に潰す気らしいわ」
茉莉は困った表情をしながらこれ以上はお手上げ、という風に両手を軽く挙げる。
「学校には予め私が直々に、瑠奈と琳の休学届けも出しといたわ。都市全体に検査の通知が出された以上、宝條学園も安全と言う訳にはいかなくなったしね」
先ほどから茉莉は、当たり前のように自分の身内へ休学の通知を話す。だが実の妹へ休学を告げる、茉莉の表情そのものはかなり深刻だ。既に自分達の通う学園へ居られない程に、充の魔手は侵食していると言う事らしい。
「······響君。瑠奈がいる場所は何処? 奏ちゃんが失踪した以上、あなたの方も切迫詰まっている筈よ」
「な、何で姉さんの事を···」
彼女は奏が失踪している事も、とっくに知っていたようだった。
「奏ちゃん。二日前から自宅からも看護学部からも、連絡が取れなくなったんでしょう。それも彼女の携帯、いつの間にか解約されてたわ」
「かっ、解約!? 僕がまだ姉さんに連絡した時は、不在通知のままだった筈···」
茉莉の方もまた。奏と連絡を取ろうとして、繋がらなかったようだ。しかも茉莉が連絡した時には、奏の携帯が解約までされていたとは。
「最悪の場合。彼女も異能力者間の争いに巻き込まれてる。それも彼女の身内が、異能力者と何らかの関わりを握ってると思われて、拉致された可能性が高いわ。奏ちゃんが巻き込まれる可能性があるとすれば······響君。異能力者狩り『挽き肉の時緒』と、関わっているあなたしかいないの。昏睡状態で今も入院中の彼の知人も、医師や周辺に止められたにも関わらず、ある人物の介入によって、半ば強制的に別の施設へ移送させさられた。
本来なら無関係の一般市民であり。それ以上にあなた達姉弟と同じ、異能力事件の被害者でもある彼女が、あのような状況になったとすれば、彼女も異能力者間の争いに巻き込まれているしか考えられない。浅枝さん······。浅枝時緒はあなた以上に、闇の世界に踏み込んでいる。そうでしょう」
「ま、真宮先生···。貴方は···一体······」
時緒の周りの状況はもとより、彼の異能力者狩りとしての通り名だけでない。自分の裏の世界に関わっている事をも、あっさりと指摘されて呆然とする響に、茉莉は更に言葉を続ける。
「···響君、瑠奈が何処にいるのか教えて欲しいの。奏ちゃんも失踪した以上、これはあなた一人だけの問題じゃないわよ。実は浅枝さんの知人の彼女。あれから行方が全くわからないの。彼女が移送された病院を医師はおろか、一番の身内である家族にすら病院の場所を知らされていないなんて、あまりにも不自然すぎるのよ」
「······」
茉莉の話によって、奏だけでなく時緒の恋人までもが、異能力者集団と異能力者狩りとの争いに、巻き込まれてしまった事を改めて思い知らされる。しかも時緒の恋人は昏睡状態のまま移送され、病状を知るべき家族すらも身内の消息が掴めない状況に、陥っているとは思っても見なかった。
それに茉莉の言う事にも一利ある。もしかしたら色々な場所に、様々な情報を収集出来る伝手を持っている彼女ならば、充や宇都宮一族に悟られずに奏や時緒の恋人を、助けられる可能性があるのかもしれない。
「真宮瑠奈は······。その、今は······彼女は。異能力者集団・ファントム日本支部に居ます」




