91話・瑠奈side
「同族···。それは、同じ異能力者を···ですか?」
「···そうだ」
同族殺しと言えば、瑠奈にとって裏の世界の出来事しか思い浮かばない。前にルシオラが話していた、裏社会で行われている殺人ゲームの事なのだろうか。
「奴ら異能力研究所の人間共は、自分達とは異なる異質な力を持つ、異能力者を人間とは思っていない。奴らにとって異能力者の存在など、ただの未知数であり世界に突如として発生した異常体でもあり、同時に科学の力では安易に解析する事の出来ない、不可思議な研究材料に過ぎない。
この国内政府が秘密裏に管轄する、異能力研究所の異能力者性能実験の一角として、私はその裏社会で行われているゲームに参加し、そこで泪や私と同じ力を持つ異能力者と出会った」
裏社会のゲームには異能力者も参加しているものなのか? いや違う。
異能力者達が世界規模かつ、表で堂々と迫害が行われているのならば、表の世界を追われ、人間として当たり前の日常生活をする事も、叶わなくなった異能力者達は裏の世界で生きるしか術はない。
「裏社会のゲームって言われても、前に初めて聞いた時から何が何なのか、全然よくわからないんですけど······。その行われてるゲームの内容って、一体なんなんですか?」
深いところまで踏み込むのが無理なら、少しでも構わないのでせめて内容だけでも聞きたい。前はルミナに途中で連れ出されたので、泪が何をしたのか聞くことが出来なかったし、部屋に残りルシオラから話を聞いた鋼太朗も、数時間後に会ったら会ったで酷くぐったりしていた。
しかも容態が落ち着いた後に、ルシオラから聞かされたゲームの話を聞こうとすると、口を固く閉ざし決して瑠奈に話す事をしなかった。
「私や泪が参加した【ゲーム】とは、簡潔に説明すれば、限られた期間内で行われる己の生き残りを掛けたサバイバルだ。···限られた空間内で国内外より選ばれた参加者は、自分達が期限内を生き延びる為に、ゲームを運営している者達によって与えられた、それぞれの指定された生存条件を満たす。
その決められた期間内では空間をでない限り、指定された生存条件を満たしさえすれば、空間内では何をしても構わない。ゲームに生き残る為にその空間内で参加者同士の殺人も行われ、当然それも生存の条件に含まれる。それでも期間内に条件を満たせなければ·········問答無用で死ぬ」
期間内に自分が与えられた条件を満たせなければ死ぬ。真剣に語るルシオラの表情を見て、瑠奈の喉がゴクリと鳴る。
「···すまない。話がそれてしまったな」
「い、いえ。良いんです。その件も後でもっと詳しく聞きたいから···」
ルシオラが関わった殺人ゲーム【ジョーカー】には、泪も大きく関わっている。泪はゲームに過去何度も参加し、全ての参加者を殺害する『殲滅者』として、自発的に何度もゲームに参加した者達からも、悪名高い最悪のプレイヤーとして噂となり恐れられていたと聞くのだ。
「ひとまず話を戻そう。私がファントムを結成したのは数年前に遡る。当時私は国内の異能力者研究所へ、多くの能力者達と共に研究材料として拘束され、中でも飛び抜けた能力を持っていた私の扱いは想像を絶するものだった。異能力者への過剰な暴力は日常茶飯事。中には明らかに人間としての威厳を踏みにじったものや、それ以下の扱いを与えるものすら存在した。
私は異能力者を苦しめる者達への負の思念を溜め込み、研究所の過酷な実験に耐え続けた。私達を人間以下の存在へと陥れ、踏みにじった奴等への復讐を果たす為にこの研究所を出る。同じ時期に捕らえられた仲間達も、皆同じ思いを持ち奴らの実験に耐えた。
それでも多くの異能力者達は、研究所で行われる非人道な実験に耐えられず、次第に心身を削られて行き、共に捕らえられた仲間達は次々に力尽きていった。そして私が研究所脱出の決定打となったのが例のゲームだ。研究所の者達は私がゲームに生き延びる事が出来れば解放すると。当時の参加者の中には私の他にももう一人。女性の異能力者が混じっていた」
女性のサイキッカーは初めて耳にする。泪やルシオラ以外に、飛びぬけて強い能力を持った能力者を余り目にしていないからか。
「その能力者は君と同じく、異能力研究所の被験体でないにも関わらず、長年に渡る異能力者迫害に曝されていた事により、周囲の全てを敵と判断してしまっていた。限られた空間で与えられた生還の条件を探す中で私は、その能力者の説得を幾度となく試みた。だが彼女は常に他者を拒絶し、更にはゲームからの生存を目指す、他の参加者達から心身共に追い詰められ、何もかも堪えきれなくなった彼女は、予め異能力者用に装着される異能力抑制装置をも破壊し、自らの能力を暴走させてしまった。
勿論私にも同じ抑制装置が付けられていたが、並みの異能力者以上に強い力を持つ、サイキッカーの念動力を、抑え込める効果自体大して見込めず私にとっても、その抑制は枷を外しさえすれば安易に破壊出来るものだった。
枷が外れ自我崩壊を起こした彼女は、襲いかかる多数の参加者を容赦なく殺害した。このまま放置すればゲームが行われている空間の裏で、見物している自分達にも火の粉が降りかかると危惧した運営側は、暴走した彼女を殺害するよう、もう一人の異能力として参加していた、私の条件を書き換えたのだ」
「じ、条件を···?」
「そうだ。運営次第で参加者の生還条件は書き換えられる。私の元々の条件は、異能力を使わず最終日まで生き残る事だった。もし能力を使えばルール違反と見なされ、開始前に参加者全員に付けられた、遠隔操作式爆弾が仕掛けられた首輪が作動し私は死ぬ。運営側は私の能力使用制限を解除し、異能力者の殺害を私の生還条件として再設定したのだ。
皮肉にも暴走した彼女を殺すことで私は条件を満たし、研究所の要求通りゲームからの生還を果たした。ゲームの唯一の生還者となり、研究所へ帰還した待っていたのは、解放されると思われていた仲間の亡骸。同時期に捕らえられた仲間全員が、無惨な亡骸となっていた···。中には原型を留めていないものまであった。
そして研究所の人間達は、私が殺人ゲームで自分と同じ異能力者を殺した事を、遠くから嘲笑って見ていたと言う事実だけ······」
「······」
淡々と異能力研究所の内情を話すルシオラに対し、瑠奈は言葉が出てこなかった。ルシオラは研究所の条件を受け入れ、ゲームから生還したにも関わらず、研究所はルシオラが突きつけた要求を一切聞かなかった。迫害とは無縁の日常でいた瑠奈と違い、これまで多くの異能力者達が、世界規模で隠蔽されている異能力研究所の中で、人間以下の扱いを受けていただけでも衝撃なのだから。
「ファントムを結成した初めは、研究所に捕らわれる以前に国外で過ごしていた玄也や、数名の能力者の協力で私達は、国内外の幾つもの異能力研究所を裏で襲撃した。当然研究所の奴らの対応も的確で、我々の襲撃で犠牲になった者も決して少なくなかった。だが私達の手で救いだした同志や周りに触発され、自力で研究所を脱出した同志も数多くいた。薫もまた私が救出した同志の一人だ」
数年前。数ヶ月に渡り立て続けに国内外の山林地帯で、連続発生した原因不明の爆発事件。ルシオラを筆頭としたファントムが行ったものだったのか。
「次々に同志を集め、数多くのネットワークを手に入れたファントムは、異能力同士による繋がりによって、国内から世界へと規模を拡大していった。だが同志の数が増すにつれて、ファントムの思想は少しづつ歪められていった。
異能力者による世界征服。今のファントムの方針を自分の目で確認して何度も耳をも疑った。私が国外でファントムの異能力者として活動を続けている内に、ファントムはいつの間にか私を異能力者集団・ファントム総帥として祭り上げられ姿を変えていった。私は私自身のこの目で、壊れた能力者を山程見てきた。当然例の事件も含めて」
「私が初めて会ったファントムの異能力者は、ファントムの力で世界を支配すると言っていました。それが『ファントム総帥の意志』だとも」
それが異能力者による世界征服。異能力と言う未知の力を持った人間が、力を持たない人間を支配する。その異能力者による支配には何が含まれているのだろうか。
「全てはファントム総帥の······私の意志、か。私は異能力者による支配など望んでいない」
「ルシオラさん···」
ファントムの今の状況を語るルシオラの声は苦しんでいる。
話すルシオラの表情は無表情で全く変わらないが、明らかに声色が違う。心配そうにルシオラを見る瑠奈をよそに、ルシオラは会話を続ける。
「既にこのファントムという異能力者集団は、私一人の力ではどうにでもならない程、日に日に規模を拡大している。ファントムの思想に納得がいかず、組織を離反した者に対しても私は引き留めなかった。力を隠しながら暮らす者や、四堂鋼太朗のように能力を持ちながらも、ファントムの思想に反発する者がいる事も理解している。
私の掲げた思想をファントムの思想と重ねた同志は、離反者すらを裏切り者と断じて処罰しようとする。当然その思想は私の意図に関わらず形を歪めたまま。更に同志達には私の姿を知らない者達が数多くいる。
君と今話をしている『異能力者ルシオラ』ではない。【ファントム総帥】の肩書きだけが、勝手に独り歩きしているに過ぎないのだ。力を望まずただひたすらに平穏を望む異能力者にとってもまた、我々の存在が一種の脅威となりつつある。ある意味ここを抜けた伊遠が······彼が去り際に私へ告げた言葉は、正しかったのは事実だ」
ルシオラは人間を支配する為に、ファントムを結成したのではないと。当然ファントムの構成員達にも、それぞれ意思があり考えがある。ファントムを離反した伊遠と言う異能力者は、ファントムがいつか内部崩壊を起こす事を、見抜いていたのだろう。




