82話・瑠奈side
「まさか、そんな···」
異能力者狩り。数ヶ月前より神在市周辺内外で、発生している謎の連続殺人事件と異能力者狩り集団が、密接に関わっているのではないかと、以前の話で聞いた事があった。これまで起きた殺人事件の犠牲者は、異能力者も非異能力者関係なく数十人に及んでいて、犯人の手掛かりすらなく未だに捕まっていない。
実際瑠奈はこれまでに何度も、連続殺人事件の名前を聞いている。鋼太朗や泪から聞いた話を合わせると、犠牲者を殺害した痕跡には、銃刀法違反確実な刃物や銃弾は当たり前で、更に一部の犯行には国内では、絶対に使われないだろう重火器までもが使用されていたから。
「皮肉だよなぁ。伊遠の警報装置が今だに使われてるなんてさ」
クリストフが告げる伊遠と言う名前に対し、どこか聞き覚えがあったのだが何故か思い出せない。
「うちは悪い意味でも有名だからね。普段からマッドで変人で超偏屈だけど、無駄な所で堅物の伊遠の事だろうから、僕らの情報漏らす事は絶対にないと思うけど」
「その人は?」
「とっくにファントムを抜けたよ。『お前達とは考え方が合わない』って」
やはりファントムの方針に不信感を持ち、正面からルシオラを始めとした幹部達に意を唱え、組織を抜ける異能力者もいる。だが、ルシオラ個人ではなく組織全体の方針に、不信を持っているのが正しいのかもしれない。異能力者同士でも当然、思想や考えなどの違いが出ていて、それが結果的にファントムの内部で充による内部抗争と言う形で、ファントムと言う組織に対する不信として表れてしまっているのだ。
「ルシオも自分の意思でファントムから去る者は、絶対に止めなかったからね。僕や玄也、ルミナもその事自体ちゃんと理解してた。でも周りの···外部からファントムに入った連中は、自分の意思でファントムを去る同志達が、ルシオに反発していると思っていて、どうしても納得しなかったんだろうな。
そもそも外部の連中は、ルシオラの異能力者の居場所を作ると言う意志を、いつの間にか異能力者全体の意志にすり替えていて···。基本的にルシオは外部の同志の考えなど放っておけと言っていたし、ファントムが大きくなかった頃は、表だって過激な行動に走る構成員を、ルシオ本人が直接出向いて止めていたよ。外部末端の連中も、自分達がルシオの力に敵わないのを、本能的に理解していたから、不満を表に出さなかったんだろうな。だけどルシオラの放った言葉は、世界中から存在そのものを隠蔽されていた異能力者達にとって希望だった。
ルシオの活躍が裏の世界で活動していた、世界中の異能力者達の間で拡がっていって···。ファントムが段々大きくなって、世界中に散らばっている同志達の力で、いつの間にか世界中にファントムの支部が出来ていってた。ルシオが正式にファントム総帥に付いた頃には、とっくに世界的に危険な組織だと認知されて、ルシオ一人の力だけじゃ取り返しが付かなくなって···。
···結果的に大きくなりすぎたまま、団員一人一人の考えは、当然変える事なんて出来ずに、今の組織はルシオ個人の思惑を無視して、歪んだ思想だけがそのまま伝えられ続けてるって訳」
ルシオラの意志を盲信する余り、ルシオラの思想が歪んだ形となって過激な行動に走る同志がいる。しかし彼らはクリストフ達とは違い、ルシオラ個人の意思ではなく『ファントム総帥ルシオラ』『ファントムの思想』を盲信してしまっているのだ。
異能力者だけで構成された小さな組織が、ルシオラと言う絶大な力を持った存在。ファントムと言う集団が世界中へ肥大化し組織化するに連れて、ルシオラ個人の思想は周りによって間違った方向へ歪んでいってしまったのだ。
「クリストフ! 瑠奈さん!」
クリストフと話をしながら並んで廊下を歩いていくと、ホールには薫が立っていた。二人の顔を見た薫はどこかホッとした表情で瑠奈達に駆け寄ってくる。
「薫さん」
「大変よ。充の奴、取り込んだ構成員を引き連れてこの支部を抜け出したわ」
「やっぱり···」
思っていた通りの展開にクリストフは無意識に舌打ちをする。
「瑠奈さんの言ってた通りね。あいつ政府にも通じてたみたい」
「今の状況はどうなってる?」
薫は戸惑いながらも、頭の中で今起きている出来事を整理しながら、ゆっくりと状況を説明する。
「正直、充の謀反発言で支部の皆は混乱してるわ。ルシオラ様はファントムの異能力者を見捨てるのか、って疑ってる構成員も何人か出始めて···」
充は最初からこれを狙っていたのだ。異能力者同士を争わせて、組織が弱らせた所でファントムの全てを奪い取る気だった。
「充はこの機会を狙ってたんだろうな。実は異能力者狩りがこの支部に近付いて来てる」
異能力者狩りの言葉に反応したのか、薫は目を丸くさせる。
「ち、ちょっと待って。まさか、充がそいつらを呼んだんじゃ」
「そこまではわからない。とにかく今は構成員同士で争ってる場合じゃない」
クリストフと薫が話し合っている間、瑠奈は一人頭を下に俯かせて考えていた。ルシオラの···―本来のファントムの目的は、異能力者達が安心して暮らせる居場所を作る事。ルシオラは研究所に捕らえられていた異能力者達を、自ら積極的に救出しファントムの勢力に加えた。ルシオラがサイキッカーと呼ばれる強大な力を奮いながら、ファントム総帥としての活動を行い、ファントムの勢力が拡大する毎に異能力者の数は増えていく。
ルシオラの思想が先走って、それが歪められたとしたならば、ファントム総帥としてのルシオラの存在を知っている者は限られている。これまで瑠奈はルシオラと何度も会話しているが、彼自身は異能力者による支配を望んでいる訳ではないのだ。ルシオラ自身の目的は···。
「僕はルシオ達を探しに行く。薫は味方の中で戦闘出来る構成員を集めるだけ集めろ。くれぐれも充派の構成員に悟られるな」
「わかったわ」




