52話・ファントムside
―午後七時・某所。
「こりゃ、ついてないな···」
「どうする。このままだとルシオ達と合流出来なくなる」
不運な事に車を運転中の玄也と助手席に乗り合わせていたクリストフは、現在ブレイカー戦闘員の車に追われていた。
車のバックミラーと助手席に座っているクリストフの思念で確認した所、後方の車で追撃をかけて来たブレイカー戦闘員は二人。厄介な事に戦闘員のバッジは上級と中級。更にはファントム内でも比較的名が知れている二人だった。
「よりによって、あの『挽き肉の時緒』かよ···」
しかも追撃者の一人がブレイカー古参上級戦闘員で名を知らしめている、浅枝時緒とは今日は本当についていない。彼によって惨たらしく原形をとどめること無く殺されたファントム同志も、決して少なくない。そんなファントム内部で拡がった浅枝時緒の通り名が『挽き肉』。彼のやり口が原因で数ヶ月以上も肉が食べられなくなった仲間もいた事だし物騒な事この上ない。
その時緒が運転している隣の助手席に座っているのは、見た目はクリフと同年代位で、長髪を頭の上へ一つに纏めた水色の髪の少年。彼もまた付けている戦闘員バッジが、これまた中級の為そちらの相手も油断は出来ない。
長年外国で力を隠しながら流れの傭兵をやって来ただけあって、車を使った逃走自体玄也は馴れているものの、向こうの運転技術もかなりの手練れと見たのか、カーチェイスもそう長くは続かない。
「玄也! 後ろ!」
「!?」
助手席で自身の思念をフルに使い、車の周りを確認していたクリフの声でサイドミラーを横目で確認すると、車のハンドルを左手で握ったまま、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた時緒が空いている右手で拳銃を構え、そのまま引き金を引き玄也達の乗っている車へと発砲した。
「うおっ!!」
玄也は咄嗟にハンドルを全開で回し、自分達に直接銃弾を当てられる事は回避したものの、完全に避けきる事が出来ずに後ろのタイヤを拳銃で撃たれ、急激にバランスが崩れた車は右へ左へと大きく揺れる。玄也はハンドルを回しながら急ブレーキを掛け、ギリギリの処で車が停止し辛うじて建造物への衝突は回避した。
「よくもやってくれたな」
乗っていた車はもう動けないと判断した玄也達は渋々車を降りる。ブレイカー側もいつの間にか車を止め、既に浅枝時緒と中級戦闘員の逢前響が二人を待ち構えていた。
自分が銃を発砲した車から出て来た男性異能力者二人を見て、時緒は不満げな顔をしているものの、相手が幹部クラスである事を悟ったか、むすっとした表情とは裏腹に十分な殺気を放っている。
「ちっ······男相手じゃやる気は出ないが、幹部クラスとなれば仕方ない」
「そんなに不満垂れんなって、獲物は歯ごたえある方が良いだろ。俺らの車パンクさせたお返しキッチリさせて貰うからよ」
時緒と玄也が向かい合う中、クリストフもまた車から降りてきた響と向き合っていた。
「僕の相手はあんたか。その長髪切った方が良くない? 綺麗にカットしてやる」
「上等だ、クソガキ。僕を舐めるな」
響は身の丈の長さの棒を構え、クリストフも二丁のトンファーを両手で持ち構える。暫く戦闘体勢のまま構えていたが、近くの小石が地面に落ちた瞬間、二人の少年は同時に攻撃を開始した。
「···そこ!」
「―っ!」
互いの武器のぶつかり合う音が何度もリズミカルに響き合う。
何度も何度も武器同士による鍔迫り合いに持ち込みながら、響はクリストフに対し一つ違和感を感じとる。
「お前···異能力使わないのか」
相手は全く異能力を使っていない。何度か念を使ってはいる感覚を感じるものの、相手の攻撃方向に集中すればなんとか回避出来る。
「お生憎様···。僕自身攻撃系の異能力が使えないから、こうやって物理に特化してん···のっ!」
「っ!」
腕をクロスさせ持っている二丁のトンファーで響を押し返すが、弾き返された響もすぐさま体制を立て直し、棒を叩き付けんばかりにクリストフの頭上へと振り下ろす。
片方のトンファーを使い頭上からの叩き付けを間一髪防いだクリストフは、もう片方のトンファーですぐさま響に反撃する。
「あっちは派手にやってんなぁ」
「お前が反則なんだよ、筋肉ハゲ」
玄也と時緒も少年二人が交戦しているすぐ近くで、また交戦していた。
サバイバルナイフで適格に動脈を狙おうとする時緒の技量は流石である。玄也も長年の勘を働かせギリギリの所で時緒の突きを回避し、接近と回避の攻防を繰り返す。
単発の破壊力では玄也が勝る。だが攻撃の精密さと速度は間違いなく時緒の方が上であると判断したか、玄也は躊躇いなく思念を込め自らの異能力を使い時緒の動きを鈍らせた。玄也の異能力に時緒は元々の動きを抑え込まれ、思わず悪態を吐く。
「筋肉はともかく、ハゲはないだろ。これでもちょっと気にしてるんだぜ」
「思ってた事正直に言っただけだ。次はその太い喉元一気にかっ切ってやる」
二人の周りが磁力の圧に覆われていく中で、時緒は愛用のサバイバルナイフを握り直し、玄也へ向かおうと足を踏み出そうとした矢先、時緒達の乗っていた車のレコーダーから声が響いて来た。
『時緒、響。この場は撤退しろ』
「!?」
「一体どう言うつもりだ! ファントム五芒星を目の前にして、撤退しろだと!?」
『これは俺達の愛しき『愛姫』の命令だ。俺達の愛しき姫は無益な殺戮を好まないんだ』
「ふざけるな!! そいつのおキレイなクソ命令が原因で、何度上級クラスの異能力者を見逃したと思ってる!?」
恐らくは味方である筈の相手へと放たれた時緒の場違いの怒号に対し、玄也とクリストフは戦闘体制を取ったまま唖然とした表情で、戦闘中止の声が放たれた車の方を見ている。
『これは我が愛しき『愛姫』の命令だ、撤退しろ時緒。俺達の愛しき清らかな『愛姫』の命令は絶対だ。早くこの場を退け』
「······糞がっ!!」
「時緒···」
響も苦々しい表情で車から流れてくる音声を聞いている。響の方も味方による突然の撤退命令に納得が言っていないらしい。
「······退くのか」
玄也は敢えて聞く。響が車に乗ったのを確認し、続いて運転席に乗り込んだ時緒のドアを閉めようとした手が止まる。
「···本当なら奴らの命令に違反してでも、お前らのような異能力者をこの場から排除したい所だが、『宗主』の命令に背く訳にゃいかん。だが次は殺す」
「ああ、わかった」
玄也とクリストフは時緒達が乗った車を、何とも言えない表情をしながら黙って見送っていた。




