46話・泪side
―午後七時・水海探偵事務所。
「······メール?」
事務所のリビングでパソコンを立ち上げ、和真から受け取ったエクセルファイルのデータを一通り確認していると、仕事以外ではほぼ見る事がないパソコンのメールボックスにメールが一通届いていた。
茉莉に遠回しに事情を説明して瑠奈の護衛の件も既に切った。
学園内で異能力を持つ生徒達の相談役を受け持ったりしている瑠奈の従姉妹の真宮茉莉。
素行にはやや問題はあるものの学園教諭達からの信頼も厚く、茉莉本人も理事長直々に持ち前の能力を使って情報散策なども任されているだけあり、かなり熟練した異能力者だが、既に自分の正体を瑠奈から聞かされ知っている以上、茉莉も自分に対しては無駄な追求をしないだろう。
問題があるとすれば、最近原因不明の体調不良を頻繁に起こしている勇羅くらいだが、異能力者である和真や麗二が勇羅の側に付いている限り、こちらに探りを入れられる事はないし、同じ部の雪彦達も例の件以来慎重になっている事からまず心配ない。瑠奈の事も周りに疑われる心配もない。
これで良い。正直瑠奈が自分の問題に関わる必要など全くないのだ。後の事を冷静に思索しながらも泪は送られてきたメールを確認する。
『To:ファントム
文:貴殿を我が異能力者集団・ファントムへ迎え入れる。
ファントム総帥・ルシオラ=コシュマール』
「······」
何故、世界中から犯罪組織と認知されている異能力者集団・ファントムが自分のパソコンのアドレスを知っている。
自分のパソコンのセキュリティは、第三者に無駄な詮索をされないようガチガチに固めている。送られてきたメール文章の内容も単純に簡潔なものであり、直訳すれば『自分をファントムに迎え入れる』と。
考え込んでいると、玄関のドアを何度か叩く音が聞こえてくる。すぐさま念を探り玄関の向こうの相手が見知った異能力者だと確信。
外の相手にも既に居ることを察知されている以上分かってはいるが、念を入れて慎重に玄関のドアを開ける。
「······何か?」
「彼女が言った通りだな。強大な力を持った異能力者が、建物に一人で住んでいると」
この事務所を訪れるに当たり予想外の相手···異能力者集団ファントム総帥ルシオラ。先程泪に勧誘のメールを送って来た相手だ。
「警戒が強いのは流石だな」
「···当たり前です。思念も力も強すぎるので、普段から念を抑えるのに苦労してますよ」
念の制御自体は昔から慣れているが、如何せん力が強すぎるのも問題が在りすぎる。思念の察知力・感応力の強い異能力者は、此方がどんなに思念を抑え制御していようとも、同じ力を持つ者を探す事に長けているからだ。
「それにしても貴方の組織、部下の躾がまるでなっていませんね」
ルシオラ一人だけなら話し合いの余地はある。
以前この場に訪ねて来た少女は自分の個人的感情が行き過ぎているのか、ほとんど話し合いにならなかったから余計にそう感じるのだ。
「単刀直入に言う。赤石泪、我が組織ファントムへ来い」
「な···っ?」
自分を異能力者集団ファントムへ勧誘するだと? 一体この総帥は何を考えている。
「君が真宮瑠奈を大事にしているのならば、奴らを―」
「真宮瑠奈は無関係の人間です。彼女は僕にとって悪魔も同然の存在なんですから」
「君なら必ずそう断言すると思った。何故そこまでして彼女を異能力から引き離すことにこだわる?」
瑠奈は自分にとって悪魔だと何のこだわりもなく言い放つ泪に対し、ルシオラは泪の冷酷な発言も気にも止めず、表情すらも変えず淡々と告げていく。
「何より自分を破滅の底へ追いやった元凶を擁護するとでも?」
「君の発言には明らかに矛盾がある。何度か彼女と話をして分かった」
表情こそ変わらないが、矛盾と告げられ泪の頬に一筋の汗が流れ落ちる。どうやら彼は最初から自分が瑠奈に行った矛盾に気付き初めている。
「これまでの彼女の言動を見て理解した。あの娘は何も関わっていない」
「だから?」
泪はあくまでも平静を装うが、目の前の相手は同等。
いや、念の制御能力に関しては泪以上の使い手だ。その念の制御力を上回る相手に対して、真実を隠し通せるかも分からない。
「何故頑なに己を偽る必要がある。君はその身に何を抱えている」
自身の得体の知れない精神からの汚染に耐えることが出来なかった瑠奈。
それを一寸の躊躇いなく問い詰めようとする事から、彼もまた得体の知れない『何か』を抱えている。
「それほど強大な念と力を持っているなら、世界中が起こしている異能力者への迫害は知っている筈だ。異能力者に危害を加える者達はいずれ彼女にも慈悲なき牙を向く。真宮瑠奈を守りたければ我々ファントムに力を貸せ」
「彼女はあなた方とは関係ありません。それ以前に僕がファントムに入る必要などありません」
「そうか。なら異能力者を迫害する者ならば、例えそれが同胞であろうとも私は一片の容赦はしない。私は私の理想の為に前へ進み続ける。私の歩みは誰にも止めさせはしない」
「······っ!」
今この場にいるルシオラは、これまで見たルシオラ=コシュマールと言う男とは違う。彼は異能力を迫害する者全てに敵意を抱いている。
感情表現が稀薄である為に、周りからは彼が何を考えているのか気付きにくい。だが彼の内には異能力者を迫害する者への怒りと激情が業火の如く渦巻いている。恐らくはこちらが彼の本質だ。
彼の言っている事は、異能力者でもある瑠奈や自分にとっても余りにも正論だ。異能力に恐れを抱くものは、争いを嫌い力を隠して生きてきた異能力者にすらさえいずれは牙を向く。今、力を隠して生きている者の前にも、いつ異能力狩りの手が伸びるかも分からないのだから。
泪の拒否の言葉を聞き、これ以上の交渉は平行線であると判断したのか、ルシオラは泪に背中を向けると一歩歩き、振り返らないまま立ち止まり沈黙の後告げる。
「······もう一度彼女と面と向かって話し合え。一先ず私の話はそれだけだ」
暗闇の路地を歩くルシオラの背中を、泪は黙って見送っていた。




