30話・瑠奈side
―···。
―···な―···。
―瑠奈···瑠奈······!
何かが聞こえる。人の声が、何かを呼ぶ声が聞こえる。
遠くから誰がが-自分を呼ぶ声が聞こえる。自分は今まで何をしていたのだろう。
確か琳に···。鋼太朗や京香先輩や和真さんに手伝ってもらって、泪の精神世界に潜って···何故だろう?
その先が思い出せない。
「瑠奈っ···瑠奈っ!!」
「どうした! 大丈夫か!?」
ゆっくり目を開けると、琳をはじめ鋼太朗や水海兄妹とその場に居た全員が瑠奈を見つめていた。
琳に至っては今にも泣きそうな顔をしている。
「······私」
「よ、良かった···っ。
瑠奈ったら眠ったままなのに、いきなり目を開けたかと思ったら、目からボロボロ涙が出てきたし、泪先輩の精神世界の中で何かあったのか、って···」
琳から先程の事情を聞いても、聞いた事が何故か頭の中に入らず、瑠奈は今の状況が全然呑み込めないでいた。
「お兄ちゃんは···?」
「泪は······もう帰った」
まだ意識はぼんやりとしているものの、ゆっくりと周りを見渡すと数時間前に和真に気絶させられ、隣のベッドで眠っていた筈だった泪の姿は、何故か今は何処にも見当たらない。
「帰った?」
「やられたよ。瑠奈ちゃんが意識を取り戻す少し前に目が覚めて、一瞬で自分が置かれてる状況把握したようだ」
今だぼーっとしている瑠奈の様子を見た和真が、現在起きている事態を冷静に判断する。
「俺だって異能力者の端くれだ。使う異能力の系統はともかく、念動力の方でぶつかるとなると俺の念じゃ絶対泪に勝てないからな。あいつと初めて会った時も、警戒心むき出しで容赦なく思念ぶつけて来たの覚えてる」
和真が異能力者だと言う事は、前に泪から聞かされていた。
それに和真自身が鋼太朗や京香先輩に、泪の事情も聞かされて知ってるなら、すんなり協力してくれる筈だ。
「せめて瑠奈ちゃんが起きるまで止めようとしたけど、『瑠奈はもう大丈夫だから』って言って、結局帰っちゃって···」
「······」
「それでもあいつ大分丸くなったよ。最初会った時の頃は、泪の奴俺らにも感心持たなかったろ?」
「感心が無い、って?」
恐る恐る質問を出す琳に対し、京香はバツが悪そうに口を開く。
「感心が無いって言うよりは···泪君最初から人付き合い諦めてるの···かな?
表面上は穏やかで誰にでも優しく接してるんだけど、遠回しに相手を突き放す態度取ってる···かな」
「······あいつ」
再会した時から泪の態度に違和感を持っていたらしい鋼太朗は、複雑な顔をして黙り混んでいる。
泪の精神の深い部分を覗いた今なら、何とか理解できる。
やはり泪にとっては自分だけでなく、泪自身が本当の意味で自分は必要とされていないと、自分の中で形付けて確信しているから、簡単に瑠奈達を含めた周りを切り捨てて帰れるのだと。
「今日はもう遅いし、瑠奈ちゃんと琳ちゃんの方は俺らが家まで送る」
「先輩すいません···こんな事に巻きこんで」
鋼太朗も申し訳なく和真に謝る。今回の件は自分達が無理を言って、泪を説得して貰ったようなものだ。
「気にすんなって。泪の周り心配なの俺も京香も同じだ。もし泪の事で何かあったら何時でも連絡してくれ」
瑠奈はゆっくりベッドから起き上がろうとするが、立とうとした瞬間ぐらりと身体がふらついて琳に支えられる。
「私は······『この世界に生きてちゃいけない』」
瑠奈の小さな呟きは周りにいた者達の誰にも聞こえなかった。




