95話・鋼太朗side
『四堂君は僕達がなし崩しに、巻き込んでしまっただけで。本当なら、この事件には無関係だったんです。四堂君まで無理をしなくても良かったのに···』
「構わねぇよ。和真さんが俺や泪に、あれを見せる事渋ったの分かる。第一研究所の事もあるし、あの手の件には慣れてるけどさ。だけど流石にあれは···」
実は退院の後。鋼太朗はすぐに和真に連絡を取り、無理を言って例のDVDを見せて貰った。だが聖龍古参による人を人とも思わぬ、あまりにも凄惨な映像に、鋼太朗だけでなく一緒に観賞した和真までも気分を悪くした程だ。あのような映像を見ても尚、平静を保っていた泪は、鋼太朗が思っている以上に何かが欠落している。
あれから父・両兵と何度か連絡を取り合い、自分が暁に居ない間。短期間の交流の末、別れた泪に何があったのか聞いてみた。父親は色々手続きがあるからと、まだ宇都宮の管轄を離れていないので、流石に詳しい情報は聞けなかったが、泪は異能力研究所の異能力研究に、深く関わっている事だけは知った。
泪があのような凄惨な映像を見ても、気分を悪くした鋼太朗達と違い平静を保っていられたのは、泪自身が深く関わっていたと言う研究所の研究が、大きく関係しているのかもしれない。
『宇都宮本家は自分達の身内が関わっている、東皇寺や聖龍の事件を何がなんでも揉み消すでしょう。既に東皇寺学園管轄都市の委員会や市議会に、宇都宮一族は積極的に介入して、一連の事件を揉み消すように圧力を掛けています。
ですが政界の関係者にも聖龍の被害が及んでいる以上、事件の全てを揉み消す事など出来ません。一族が強引に事件の捜査へ介入すれば、後々不利になるのは自分達の方だと、連中も分かっている筈です』
「···だよな。下手に警察の捜査に介入して圧力を掛ければ、逆に自分達の方が周りに追い詰められて、不利になるのも十分理解してる筈だ」
聖龍の被害にあったのは、宇都宮一族が目の敵にしている、政界や財界の関係者だけではない。かつての人気アイドルグループのメンバーまでもが、聖龍の被害にあった事が発覚している。今回の事件では人気アイドル数名の失踪も公になり、アイドルの失踪に伴って、かなりの人数のマスコミも一連の事件を追って、東皇寺学園やその学園都市周辺を嗅ぎ回っている。
宇都宮一族単独で警察だけでなく、マスコミをも抑え込むのは容易ではない。更にツイート炎上でお馴染みのネット歌い手・ぱふっこが、身内を中傷され怒り狂った和真を始めとした周辺に、ギッチリ絞められたにも関わらず、彼は再び自分の存在をアピールするべく、ツイートでの呟き活動を開始した。
再活動を始めた歌い手は、現在注目のネタを待ってましたと言わんばかりに、聖龍の事件に巻き込まれ、失踪が判明した人気アイドルに対し。中傷を始めとした被害者の名誉毀損を匂わせるような、悪質な煽りをネット上で堂々と行っている。
そんなネット歌い手の悪辣な呟きは、当然悪辣な呟きを始めたと同時に爆発的に炎上を始め、歌い手の炎上騒ぎはネットニュースを始めとした匿名掲示板を跨いで、歌い手ファンと過激派アンチによる、激しい殴り合いが現在も続いている。失踪中かつ生死もわからない人気アイドルを、歌い手が面白おかしく彼女達を非難したのが災いし、既にテレビのワイドショーにもアイドル失踪事件を、話題に上げられてしまっているのだ。
『後は、ユウ君の事になるんですが。これは真宮先生からも聞いたんです···。彼、実は日に日に勘が鋭くなって来ています。勘が冴えてくるのは決まって体調不良を起こした後。昨日に至っては回復直後、隣町の警察がこの学園に来る事も、当ててしまったそう。
······ユウ君が異能力者への覚醒へと近づいているのは確実です』
これは気になる。厄介な事に勇羅は、周りを空気を読む感覚が鋭くなっていっているらしい。勘が鋭くなるのは、原因不明の体調不良を起こした後。しかも自分の元へ訪れて来る人間が誰なのかすらも、当ててしまうまでに読んでしまうとは。
『真宮先生もおっしゃっていましたが、あそこまで感覚が鋭くなってしまっている以上、ユウ君の異能力者覚醒は逃れられません。こんな事を言うのもなんですが、四堂君にはユウ君が覚醒するまでの間、なんとか彼の事をお願い出来ませんか?
···和真先輩が現状会社周辺の方が手一杯で、安易に自分から動けない以上。異能力者への内外事情に詳しい、四堂君にしか頼めないんです』
「まぁ、和真さんが動けないなら仕方ないとして···。それなら付き合いの短い俺よりも、勇羅と付き合いの長い麗二か瑠奈の方が良くないか」
麗二や瑠奈に任せた方が効率が良いのでは、と当たり前の疑問を鋼太朗は口にするが、すぐに携帯越しから泪の溜め息が伝わってくる。
『···そうもいかないんです。これは和真先輩からの又聞きですが、家庭環境が複雑な麗二君にとってユウ君は、数少ない同年代の友達。ユウ君の異能力覚醒を知れば、彼は何が何でもユウ君を異能力者周りのものから、引き離そうとするでしょう。瑠奈にまかせるのは真宮先生の方が反対しました。下手したら麗二君にも伝わる可能性が、あるかもしれないからと···』
「そうか···」
異能力者への覚醒が近付いている以上、勇羅に近すぎる麗二や瑠奈には頼めないと言う事か。異能力者であり異能力周りの事情を、身をもって知る麗二なら尚更、勇羅を異能力周りから引き離しかねない。
瑠奈ならば麗二同様に勇羅と付き合いも長いし、周りの理解もあるから勇羅を無理に引き離す事はしないだろう。だが泪や茉莉の話だと彼女は、誘導尋問に弱い所があると言っていたので、結局は第三者を通じて麗二にバレてしまう可能性がある。
『···最後に。噂の【異能力者集団】も神在内に在住している、異能力者の獲得に水面下で動き始めているようです。更には自分達の戦力を求めて覚醒間もない、発展途上の異能力者達をも引き込もうとしています。くれぐれも彼らにだけは悟られないように』
入院中の間。連続殺人事件の犯人や異能力者狩りなど警戒し、あまり裏通りに出向いていなかったが、ある異能力者の圧倒的カリスマ性で、表社会の間でも悪い意味で認識されていると噂の、【異能力者集団】は神在近辺まで迫って来ていたのか。
最近彼らの異能力者勧誘のやり口は、以前にも増して過激になっていっていると聞いていた。ここに来て彼らは力を隠しながらも密やかに社会の中で暮らし、力を持ちながら無駄な争いを望まない異能力者までも、争いに巻き込もうとでも言うつもりなのか。
「わかった。お前も気を付けろよ」




