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TAME GATE psychic record  作者: 時扉
篠崎勇羅の宝條学園事件簿
132/283

82話・勇羅side



頭から鈍器を思い切り振り降ろされて、殴られたかのように襲いかかる突然の激しい痛みの反動で、勇羅は反射的に膝を床へ付きそうになる。


「う、ぐ…っ」

「殺してやる…。この世界の遥かなる高みを目指す僕と、この僕だけを愛してくれる継美の邪魔をする奴らは皆っ……継美…継美……。待っていて…僕は、君の…継美の為に……。一人ぼっちの継美の為に…僕は、今から、こいつを殺すから…ね」



―ズキン…ズキン…ズキン―…ズキン!



片手で頭を押さえる勇羅の方へと、再びナイフの刃先を向け、勇羅の胸部へ突き刺そうと構えを取る夕妬。今は夕妬の攻撃から、何としてでも避けなければいけないのに、勇羅の頭からは何故だか発作的に激しい痛みが襲ってくる。片手で頭を押さえながら激しい頭痛に耐える勇羅へ、誰かの『声』が勇羅の脳内へ絶え間なく語り掛けてくる。



【お前……殺す……殺して…やる……―】


―誰? 誰を? 誰を殺すの?


【―…殺す…殺してやる……宇都宮夕妬は…あいつ…あいつだけは…っ!】


―!? 違う! 駄目だ、殺すな!



勇羅はいつの間にか、【誰か】と会話していた。今まさに目の前の勇羅に対して攻撃体勢を取り、ブツブツと物騒な発言を続けている夕妬の声など、ほとんど耳に入っていない。



【あんな奴…あんな奴殺してやる…。聖龍も…宇都宮夕妬も…俺の大事な人達を。みんなを傷付けた奴らは…全部…ぶっ殺してやる……!!】


―…そうだよ! 宇都宮は憎いよ! みんなを傷付けた宇都宮夕妬は憎い! 今すぐにでも殺してやりたい位に憎いよ!! それでもあいつは【人間】だよ!! 俺は【人間】を殺してまで復讐したくない!


【でもあいつは…っ。宇都宮夕妬は自分の手を汚さずに、無関係の【人間】までも殺した! だから……あいつだけは殺す!!】



勇羅は無意識下の中で確信した。今、頭の中で自分と会話しているのは、目の前の宇都宮夕妬を殺したくて仕方がない、自分の汚い心だ。


「僕は殺す…殺すよ……。僕は継美の為に、みんなを殺す…全てを壊す…。こんな醜い世界は…僕と継美にとってこんな醜い世界なんて、始めからいらなかったんだよね……。この世界には……この清らかで美しい世界には、僕と継美だけが存在していればいい!!」

「!!」


勇羅は激しい頭の痛みに、倒れそうになりながら必死に堪え、頭を押さえながら混濁する意識の中で、自分へと刃物を。理不尽な殺意を向ける夕妬を見る。

宇都宮夕妬。これ以上宇都宮夕妬に、大切な人達を好き勝手させてはいけない。宇都宮夕妬を―……。



【…―…す―……】


―…れは……それでも……―…。



『お……お前なんか…。お前なんか………大っ嫌いだ!!!』

「!?」



次の瞬間。勇羅の視界は黒く染まり、その意識は完全に途切れた。



―宇都宮夕妬宅・リビング。



「サーバーセキュリティの解除、完了しました!」

「こっちも終わった! メインの管理システムも応急措置程度だが、これで数時間は持ってくれる!」


少々手間どってしまったが、マンションのセキュリティシステムは無事に解除を完了した。時限式のコンピューターウィルスも、和真が急ピッチで作業を始めたお陰で、ウィルスの進行も辛うじてブロックした。この場所ではサーバー設備が充分に整っておらず、コンピューターワクチンの投入も最低限にしか出来ないので、後は雪彦達が呼んだ応援に任せるしかない。


「そうだ、勇羅は!? あいつ宇都宮とやり合ってる筈だ!」


夕妬の事を任された勇羅は恐らく、この場所から彼を引き離す為に宇都宮夕妬とやり合っている。現在の夕妬の状態を考えれば、最悪勇羅本人が無事では済まされない。


「そ、それが……」


泪は何かを言うのを戸惑っている。しかし非異能力者の生命をも感じ取れるのは、和真よりも一際強い念動力を持つ泪くらい。後天的覚醒者とは言え和真の念動力では、非異能力者の気配を感じ取る事が出来ないのだ。


「頼む」

「二人は、マンションの屋上に……。…ユウ君は、無事です。宇都宮夕妬も意識を失っていますが、二人共生きています。ただ、一瞬……。一瞬だけ……ユウ君から異能力者特有の思念波を……感じました」

「な…っ!」


勇羅から異能力者の思念波を感じた。異能力者の思念を感じたと言う事は、それは間違いなく異能力者へと覚醒する兆候だ。後天的な覚醒はもちろん個人差にもよるが、覚醒者の大半が何らかのショックが原因で、突然異能力者へと覚醒する事もあり得るのだ。


「まさか、あいつも…」

「まだ確証はとれません。前に四堂君や麗二君と聖龍のアジトへ乗り込んだ際、聖龍に連行されたユウ君と瑠奈の二人が無傷だったので……」

「……っ」


以前夕妬を初めとした、聖龍の面々が倒れていた聖域での異様な光景。あれは自分の身の危険を感じた、瑠奈が本能的にやったとばかり思っていたが、冷静に考えれば瑠奈にあれだけの人数を、一瞬で吹き飛ばす程の、強大な念動力は持ち合わせていない。確かに瑠奈自身の持つ念動力自体は強いが、彼女の持っている能力の特性上、普段から限界まで力を使うのを避けていた筈だ。完全に聞きそびれてしまったものの、あの状況下では瑠奈本人も何が起きたのかは、恐らく知らないだろう。


「まずは屋上へ行こう。その場所で何が起きたのか、後は本人に聞くしかない」



―午後十時十五分・高層マンション屋上。



「い、今のは……」



勇羅は今起きた光景に呆然としていた。冷たいコンクリートの床に、べったりと座り込んでいる勇羅の目の前では、屋上に備えてある落下防止の金網近くに、宇都宮夕妬がうつ伏せ状態で倒れている。それは前に聖龍の面々に捕らえられ、瑠奈が夕妬達に襲われかけ助けようとした勇羅が、男達に取り押さえられた時の状況と似ていた。


「いちち……」


頬に受けたナイフの切り傷が、風を受けてヒリヒリと痛む。傷口から今もじわりと血が滲み出ている事から、どうも思っていたより深く切られたようだ。だが今の所大きな騒ぎが起きていないと言う事は、和真達がセキュリティの解除に成功したのだろう。


「勇羅っ!!」


勇羅達が昇って来た、屋上の出入口から現れたのは和真と泪。この場に二人が現れたと言う事は、マンションのセキュリティの解除は、やっぱり無事に成功したようだ。


「宇都宮は…?」

「……気絶してるだけ。俺も宇都宮も大した怪我はしてない」


「あの声の主の女。分家の夕妬も、始めから始末する気だったようだな」

「それにしても準備が周到で出来すぎています。モニターからこちらの様子を視ていた、真宮先生達にも見えないようにしたのですから」


あちらの方は宇都宮ではなく、単純に向こうの様子を自分達に見せつけようとした、聖龍側の詰めが甘いと言うべきか。


「…しっかし。宇都宮夕妬と言いモニターの女と言い、あの言い草は傲慢にも程がありすぎる。最初から自分達が、世界を牛耳れると思ってるのか」


会話する和真と泪を後目に、勇羅は倒れている夕妬を見つめる。宇都宮夕妬を止めたとしても、まだ全部が終わった訳ではない。このマンションに軟禁されていた筈の、友江姉妹の行方が分からないのだ。和真の端末から着信音がなり、着信相手の名前を確認した和真は、すぐに画面をスライドする。


「もしもし」

『もしもしお兄さま! 無事でよかった~。今そっちに京香お姉さまが寄越した、応援が向かってますから、もう大丈夫ですよ~』


雪彦のハイテンションな声を聞いて、泪も勇羅もホッとしたように息を吐く。


『そうそう。宇都宮夕妬の目を盗んで、本家の人間にマンションから、連れ出された友江姉妹なんですが、郊外のどこかで監禁されてる可能性が出てきました。そっちの方は警察に任せてくれとの事です。姉妹を連れ回したのが、本格的に誘拐事件として見なされれば、宇都宮本家も隠蔽工作に必死になるでしょう。


自分達が悪どい事してる自覚あるからこそ、奴らは警察に介入されるのを嫌がりますからね。一般市民である友江姉妹の失踪を、誘拐事件として処理されるならば、奴らも尚更隠蔽に躍起になる筈。自分達が疑われたとしても、宇都宮夕妬と関わってた聖龍に擦り付ける可能性が一番高いでしょうね。元々警察にマークされていた連中だから、こう言う厄介な事件を擦り付けるにはうってつけだろうし』

「わかった。そっちの方は任せる」


雪彦達の尽力で、友江姉妹の居場所は大方把握したらしく、既に警察も動き出したようだ。宇都宮が姉妹の誘拐事件に関わっているとしたら、騒動になる事はまず間違いないないだろう。


「宇都宮はどうすんの」


和真はどこかで調達したのだろう、いつの間にか持って来た縄を取り出し、倒れている夕妬の手首を縛り付ける。


「拘束しておく。こいつの家柄や今の精神状態を考えれば、すぐに解放されるとは言え、聴取自体は免れないだろう」

「彼の性格上、黙秘も否定出来ませんね」


今の夕妬の精神状態では確実に解放される。彼は友江継美を手に入れたいだけに、東皇寺学園を支配し聖龍を利用した。まさかその聖龍も自分達の厄介事を擦り付けるような、とんだ一族と関わってしまった故に、単なる寄せ集めの集団を壊滅に追い込まれるとは、思っても見なかっただろう。

まだ全てとはいかないが、宇都宮一族が関わって来た一連の出来事が、彼を拘束する事でやっと終わったのだ。


「ユウ君?」

「な…なんか……。身体、重い……」


ようやく一段落着いたのだと思った途端、勇羅の全身を凄まじい倦怠感が襲いかかって来た。勇羅の異常に気付いたのか、泪が声を掛けながら近付いてくる。


「あっあれ…? おかしいなぁ…。頭、ふらふら、するー…」

「ちょ!? お前凄い熱だぞ!」

「え? 熱ー……?」


勇羅は受け答えも曖昧で、頭からふらふらとした浮遊染みた感覚を感じる。尋常でない勇羅の状態を見た和真は、急いで携帯のアドレス画面を開き、雪彦へと繋ぐ。


「ユキ、ユキぃっ! 聴こえるか!? 追加で救急車も呼べぇぇ!! 勇羅が倒れた!」

「先輩声が大きいです! そんな声出したら、気絶してる宇都宮まで起こしますよ!」


和真が大慌てで雪彦に携帯で呼び掛け、泪が突っ込みを入れる中、勇羅の視界は再び暗くなって行き意識を失なった。



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