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事件記録:不死の女

フィールが遭遇した〝強敵〟とは――

 皆が同意し集団が動き始める。ブロック内の小エレベーターに彼らは向かった。そして、そこからやや所ではフィールとディアリオが何やら会話をしていた。アカデミーの面々を遠巻きに見守っていたのである。


「フィール。それでは私はそろそろ、鏡石隊長の所に戻らせてもらうよ。他のサミット参加者の方たちもそろそろこの第4ブロックに着く頃だろうからね」

「うん、それじゃあたしも、教授たちの所に戻る事にする。でも、どうせ途中までいっしょ何でしょ? よかったらいっしょに行かない?」


 親しさを隠さぬままに問いかけてくるフィールに、ディアリオは毅然として答える。


「いや、これは仕事だからね。それに私の持ち場はここではない。あるべき形に戻らねば」

「そっか。そうだね」


 フィールがしみじみとした表情で告げた言葉に、ディアリオは大きくうなづいた。そして、フィールの肩をそっと叩いた。


「それじゃ、そろそろ行くよ」

「うん、気を付けてね」


 二人は、挨拶もそこそこに分れ、別々の方角へと歩き出した。ディアリオはゴンドラエレベーターの下りで第1ブロックへと降りる予定だ。

 一方のフィールはアカデミーの人々の所へと向かう。現れたフィールの元に、アカデミーの一団は集ってくる。そして、フィールを先頭にして再び移動し始める。フィールに同行しているSPたちもアカデミーメンバー警護を再開した。


 ビルの中には、ゴンドラエレベーターの他にも小型のブロック内エレベーターが幾つも存在する。彼らはその内の一つに向かう。

 彼らはリング状の展望フロアを進んで行く。やがて、透明な光透過性の外壁が終わり光を通さない構造体の外壁が始まった。

 

 通路は、左へと軽くカーブをしていた。視線はそのカーブの向こうへは届くはずがなく、その向こう側に誰がいるかなど判ろうはずもない。だが、フィールはアンドロイドである。人間以上の聴覚が使える。

 フィールが不意に立ち止まる。そして、他の警護官もフィールの行動の変化に機敏に反応した。その場が緊張と言う名の冷気に一瞬包まれた時、ウォルターが問う。


「フィール君。何が――」

「静かに」


 フィールが、その声を発する頃にはすでにその音は皆の耳に聞こえていた。

 フィールは自分からその集団の前に進み出る。警護官たちは即座にアカデミーメンバーの周囲を固める。

 フィールは懐から拳銃を取り出す。スプリングフィールドXDMコンパクト、45口径を使う黒色の金属塊はフィールの華奢な両手の中で日本警察の威を示していた。

 フィールの背後では、突然の彼女の反応にアカデミーの面々は驚きと困惑を隠せないでいる。


「止まりなさい!」


 フィールの白銀の様な烈迫の気合いがその場にこだまする。


「現在、本建築物の第4ブロック階層はサミットの会場に指定されており、サミット関係者と警備要員以外は立入禁止です! 今すぐに身分と所属を提示しなさい! 提示無き場合は不審人物としてその身柄を拘束します!」


 フィールの叫びは人影の皆無な回廊で残響をのこしている。普段の幼さの残る愛らしい話し方とは打って変わった、凛々しさの目立つ毅然とした口調だった。その残響がフェードアウトするのと入れ替わりにフェードインしてきたのは足音であった。プラスティックの上にヒールの堅い音、それはその場に確実に響き渡った。


 フィールの目前。そこには一人の女が立ちはだかっていた。フードの付いた黒いワンピーススーツ、一直線のシルエットのその中に、成熟女性の曲線が宿っていた。

 そのシルエットにフィールの脳裏に何かがひらめく。

 

「あれは? たしか扇島の湾岸道路で――」


 それは見覚えのあるシルエットだった。フィールの脳裏に猛烈な警戒心が動き出していた。

 その警戒と緊張を無視するかのように、その女性はスーツのフードを下ろす。するとそこには男性と見まごうほどに短く刈り上げられたブロンドヘアの女性の姿があった。端正な気品あるシルエットだ。だが、その目だけは別物だ。冬の満月の様な冷気に満ちた目である。その目は、フィールたちの方を一直線に見据える。

 女は止まらなかった。一歩、また一歩と、フィールたちの方へと確実に進んでくる。

 警護のSPたちは大きく前進する。フィールの警告に反応しない以上、不審人物と断定するのがセオリーである。配置されているSPはフィールを除き6人、2人はアカデミーの面々をかばい、背後に下がらせる。残る4人はフィールとともに前方に進み出た。

 フィールは、不審な女に進み寄る警官たちの影で、アカデミーの面々に対して語りかけていた。


「私から離れないないで下さい」


 フィールのその言葉に、誰それとなく同意していた。シェチューションから言って、先刻の女が不審人物である事は間違い無いのだから。その間にも、前に進み出た警護官たちの一人が大きく声を上げて宣言した。


「止まれ!」


 無論、女は止まらない。警護官たちは懐から金属製のスタン警棒を取り出し延ばすと、それを構えて女に近寄る。威嚇と拘束のためだ。


 アカデミーの面々は皆、不安げな面持ちで様子を見ていた。

 ガドニックも、ウォルターも、トムも、エリザベスも――、皆、突然始まった捕り物劇に緊張している。もっとも、カレルは全く表情を変えずに憮然としていた。この様な事件現場はカレルは慣れっこなのだ。仕事がら頻繁に目の当たりにしているのだから。

 しかし、ただ一人ホプキンスだけが、眼前に展開される情景をじっと見ていた。目に力がこもっていた。何かを凝視している。疑惑と思索の目である。

 警戒しながらも一歩一歩近寄る警護官に、女は眉一つ動かそうとしない。そのたびに、彼女の靴のヒールの音が展望フロアの空間に鳴り響いている。警護官が間近まで近寄ってきているにも関わらず、女はじっと目をつむる。そして、その足音が止まった。


 ――と、その時である。


「いかん! 離れろっ!」


 ホプキンスの絶叫に、警護官の一人が弾かれる様に振り向いた。


「そいつは、戦闘アンドロイドだ!!」


 その瞬間、その警護官はコンクリート壁の血痕の一部となっていた。その女の右腕は、さながらオーディンの振るうハンマーのごとく一旋され、その凶器ぶりをあらわにする。その女は拳の端についた血を振り落すと、再び目を見開くのだ。


 動いた――。人の集団が形を変えた。カレルが、女の居ない方に目を配り周囲の人影に神経を配っている。そして、それ以上の不審人物が居ない事を確かめると、そのすぐそばのアカデミーの人間の手や衿を掴み引っ張った。


「こっちだ!」


 カレルの言葉に、皆が無言で走り出していた。アカデミーのそばに下がっていた2人の警護官は、その集団を庇う様に流れに逆らう。フィールはただ一人、冷徹にその頭脳を駆動させていた。

 手にしたスプリングフィールドの引き金を引き、目前の女を狙い撃つ。

 だが弾丸は女の胸板で弾けてしまう。女は弾丸を物ともせずにその身を踊らせる。残る3人は何も出来ずに、頭から、首から、左胸から、その急所を瞬時に打ち砕かれて無残にその場に倒れて行く。

 フィールは残った2人の警護官に告げる。


「アカデミーの人たちを!」


 フィールの言葉を受けて警護官は引き下がりアカデミーの皆の元へと向かっていた。

 それを視認し安堵するとフィールは再び引き金を引いた。今度は手加減をしない。額を確実に狙い撃つ。特攻装警の射撃は並みのレベルではない。ありとあらゆる射撃にまつわる不確定要素を瞬時にコンピューターでシュミレートした末での射撃である。近距離なら99%命中させる事が出来るのだ。


 だが、弾丸は虚空を切った。その女の動態視力が尋常ではないのか、単に常識はずれな反射神経の持ち主なのか、その時のフィールには判断尽きかねている。だが外した事は確かである。


 女が弾丸を避け、その身体を傾けた瞬間である。フィールは当て身をくらっていた。

 避けたその瞬間に、次の攻撃のステップに瞬時に移行したのだ。


 右ひじで強力な当て身を食らってもフィールが飛ばされなかったのは、その女の左の脇の下にフィール自身の右の手首を強固に挟まれていたためである。その女はそのままフィールに当てた右前腕をひねり、フィールの右手首を挟んだ左腕に満身の力を込めた。鈍い音が響いた。


 高圧の電磁火花が婦警の制服の中からほとばしる。フィールの右腕は鈍い音を立てて肩の付け根からもぎれてしまう。言葉にならない絶叫が響く。フィールはその場に崩れて落ちた。

 女は無言でフィールの腕を捨てた。眼下には当て身と腕を毟られたショックでうずくまるフィールがある。女はフィールの存在を無視して進む。すでにアカデミーの皆の姿は無くさらなる追跡が必要だった。

 そして女は、何か呟いていた。どこかに無線の様なものがあるのだろうか、何者かに報告をしているようだ。


「ジュリアだ。ネズミを見つけた。だが邪魔が入ったので逃げられた、これより――」


 ジュリアは言葉を止める。彼女の視界の中に、真紅に燃え上がった弾丸が飛び込んできたからだ。

 弾丸がジュリアの額を割った。だが、そこからは血は流れてはこなかった。


「ホプキンス教授が言ってましたよ。素手で戦う暗殺用戦闘アンドロイドは極めて頑丈であらねばならないため、確実に重量が上がる。そのため、どんなに外見を取り繕っても足音が微妙に、重くなる」


 ジュリアは、弾丸の飛んできた方を見た。そこには、1mもの大形の電磁警棒を持ち、銀に光るオートマチック拳銃を構えたアンドロイドが居た。その姿にフィールが呟く。


「ディ、ディ兄ぃ――」


 ディアリオは怒っていた。アンドロイドでありながらも、沸上がる感情と言う名の情報とエネルギーの渦にその身を振るわさせずには居られない。その手に握った大形の電磁警棒が震えていた。


「来い、お前を解体して、その頭脳に直に尋問する」


 ジュリアは目前のディアリオを睨んでいた。ジュリアは呟いた。


「訂正、機械仕掛けの日本犬が現れた。処分する」


 ディアリオは2度目の引き金を引く。その瞬間。ジュリアの身体が突風の様に駆け出していた。


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