事件記録:輝ける戦士
「どうしたんだ? 王老師? さっきから黙っちまって」
ペガソが王之神に問いかける。だが王老師は憮然として黙ったままだった。ただ一言だけ小さくつぶやくいていた。その言葉を聞き取れたものはペガソだけだ。
「シーサンメイ」
その言葉を耳にしてペガソは怪訝そうに老師を見つめる。その視線に王老師がうなづいている。老師には見えていた。フィールの今なお折れない心を。勝負はまだ終わっては居ないのだ。
そして、老師には見えていた。
「ほう? 来たか」
そのつぶやきは誰にも聞こえていなかった。
月も無い、闇に落ちた夜空。それが雲が割れてそこから星明かりが覗いている。その星明りの中に、老師の鋭敏な感性と深い洞察力は、その星明りを背にして現れた一つの影を見ていた。それは新たなる力である。戦いの第2幕が切って落とされようとしていたのである。
@ @ @
第2科警研の庁舎の屋上――
そこからもう一つの白銀の天使が飛び立った。
シルエットはフィールに似ていたが、細かな部分に差異があった。
所有している装備に違いがあったのは当然として、最も大きく異なるのはその〝翼〟である。
フィールが2枚一組の放電フィンを主翼兼推進装置としているのに対しして、その機体は全く異なる形状の飛行ユニットを装備していた。
両肩の基底部から伸びる一対のサブフレーム。その左右先端に大きめの円筒形状のユニットが装備されている。MHD推進装置とエアジェットダクト装置を組み合わせ、速力より尾比推力の向上と空中での三次元位置の精密制御を狙ったものである。
装備名称『電磁フローター』
布平率いるF班が新たに開発した〝白銀の翼〟である。
フィールの翼が速度性能を重視しているのに対して、電磁フローターは精密空間位置制御を得意とし重量物の起重に重きをおいていた。それは、その装備を必要とする者がフィールたち特攻装警とは異なる組織から求められて産み出されたことに理由があった。
彼女は警察ではない。
彼女はレスキューである。
彼女が制圧するのは犯罪者ではない。
彼女が制圧するのは火災であり自然災害であり事故であり、人命を脅かすあらゆるトラブルに立ち向かうことが彼女の使命である。
特攻装警応用機体第1号機、F型応用機、個体名『フローラ』――
彼女こそは首都圏の人命を守るべく産み出された、新たなる空の守り手である。
フローラは府中の第2科警研を飛び立つと、一直線に東京湾へと向かった。
向かう場所は中央防波堤内域埋め立て市街区。通称『東京アバディーン』
そこで戦いに望んでいるはずの、未だ有ったことのない〝姉〟――特攻装警第6号機フィールを支援することが今回の任務であるのだ。
奇しくもそれはフローラが立ち向かう初めての〝実戦〟であった。とは言え、作戦の詳細が細かに決められているわけではない。現場では誰が居るのか、どんな状況が起きているのか、詳しくは何一つ解っていないのだ。自分の判断で全ての行動決定をしなければならない。
「でも――」
フローラは解っていた。
「わたしは〝命〟を救うために生まれた」
おのれが産み出されたその理由を、彼女は理解していた。
「わたしの翼はそのためのものだから」
フローラはとびつづける。白銀の鋼の翼を震わせて――
現在速力マッハ0.62――、
彼女がまだ見ぬ〝姉〟の下へとたどりつくまで3分足らずである。
府中郊外の中河原から出発して、多摩川沿いに東南東へと進路を取る。進む先には川崎の市街地を右手に見ていた。そしてそこでナビゲーションシステムに従い真東へと進路を切れば、1分ほどで事件現場空域へと到達する。
大井ふ頭の倉庫の灯りを眼下に、羽田エアポートの光を右手に眺めながら直進すれば、そこに見えてくるのが中央防波堤内域エリアである。
「見えた――」
そうつぶやくフローラの視界の先に見えてくるのは、猥雑な瘴気を立ち上らせる魔窟の洋上楼閣都市である。その中央部に金色に輝く200m規模の高層ビルが立ち、その周囲を100mから150m程度の高さのビル群が魔王の城のように群塊を成していた。
「あそこにお姉ちゃんたちが――」
はやる気持ちを制しながらフローラは光学視界を精査した。
【光学視界システム・モード修正 】
【暗視レベル 〔+2.4〕 】
【望遠倍率 〔×100〕 】
まずは視認を試みたのは市街地の真上、高層ビルの上層階辺りから地上500m程度の空間だった。そこに何か異変がないかを確かめようとしたのだ。
爆発、火災、それに伴う黒煙や異常発光――、事故や災害の発生の可能性を考慮したのは消防レスキュー用途のために産み出されたフローラならではの判断だった。
「火災は――無いみたい。でも――」
確かにビル火災のたぐいはビルエリアでは発生していない。だがそれとは異なる異変をフローラはその目で見つけていた。
「なに? あの黒いカラスの群れみたいなの?」
カラスの群れ、そう形容するにふさわしい光景だった。漆黒の何かが無数に群れながら密集して飛び回っている。それはまるで獲物を弄ぶ猛禽類のようであり、餌を求めて廃棄物をあさる都会のカラスの群れのごとしだ。
そしてその黒い群れの中の中央に〝彼女〟の姿を見つけることとなる。
「あれ? 何か白い物がいる。かもめ? じゃないもっと大きい――」
そうつぶやいた時、炸裂したのは眩いばかりの光を伴った爆発だった。電子励起爆薬――、フィールが使うダイヤモンドブレードに内蔵された高性能な金属水素爆薬である。その爆発の閃光を背景として、黒い群れに閉じ込められた白いシルエットの正体を、フローラは知ることとなる。
【光学映像データ・高速照合―― 】
【適合対象発見 】
【適合対象名〔特攻装警第6号機フィール〕 】
【適合率〔68%〕 】
【補足>人形シルエットに欠損確認 】
【状況推測>四肢部に損傷の可能性あり 】
体内のデータベースと連携して状況判断をすればそこから得られた事実は最悪のものだった。
「お、お姉ちゃん!? 怪我してるの?」
フローラの中に驚きがこみ上げ、一瞬冷静さを失いそうになる。だがそこで彼女の心を押しとどめたのは、フローラの存在を求め、そして、彼女の着任を待ちわびている消防庁の人々からもたらされた言葉の数々だった。
――どんな状況でも冷静であることをこころがけろ――
――現在状況に何が一番適切な行動なのか判断を誤るな――
――災害現場では私心は胸の奥に締まっておけ。優先順位と重要事項を誤るもとだ――
――お前が差し伸べる手によって〝救われる命〟が必ずある! それを忘れるな!――
「そうだ」
フローラは思案する。最適な救助方法を――
「わたしは戦う存在じゃない」
急上昇して高度700mまで舞い上がり、その眼下に、姉であるフィールを取り囲む黒いシルエットの群れを俯瞰で見下ろす。そこから見える黒いカラスの群れのようなものを注視する。そこに見たのは鳥ではなかった。まるで半円のボウルのような物で明らかな人工物である。
【光学系視覚系統・特殊モード 】
【複数同位体、個数高速カウント 】
【対象物・光学照合 】
【推測適合対象名〔夜間用戦闘ドローン〕 】
【確認総個数〔100体以上〕 】
【補足> 】
【〔密集行動中 】
【〔中心部に人形シルエットを発見 】
そこからの映像から得られた情報から最適行動を判断する。
「わたしは――」
行動は決まった。フローラは背面腰部のラックに収納した装備品を左手で引き出すと作動状態へと展開する。
――ハイプレッシャーウォーターガン――
本来は消化用の液体薬剤を圧縮散布して瞬間消火するためのバズーカー状のアイテムだ。薬液はカートリッジ式であり、装填するカートリッジの中身を変えることで、消火以外の用途にも運用可能な多機能ツールである。
「わたしは〝命を救う者〟――救助活動用アンドロイド――」
そしてフローラは右の大腿部の側面に設けたカートリッジラックから一つの薬剤カートリッジを取り出し、ウォーターガンへと装填した。薬剤カートリッジには数種類あり、一つのカートリッジで2回から数回の発射が可能となっている。
「待っててお姉ちゃん――」
そしてフローラは電磁フローターの推力を急速上昇させると姉の居る空間ポイントめがけて一気に飛び込んだのだ。
「わたしが今、助けるから!」
今、フローラも彼女にしかできない戦いへと飛び込んでいったのである。
@ @ @
フローラは一気に加速した。
その視界内には、フローラの姉であるフィールへと群がる醜悪なる黒い機械物が捕らえられている。フローラはその群れの3次元位置を即座に推測すると、黒い群れの中に捕らわれているフィールの位置を推測して最適な突入ルートを割り出した。
「お姉ちゃんを救うにはこれ!」
電磁ブースターの推力を全開にして、戦闘ドローンの群れの真っ只中へと突入を敢行する。そしてドローンの黒い群れに接近すること100mを切った時、左手で構えたハイプレッシャーウォーターガンのトリガーを引き絞る。ウォーター内部の散布液状物メインチャンバーに予備圧縮されていた高圧空気を瞬間的に送り込む事により、メインチャンバー内の液状物を瞬時に拡散発射するものである。
「どけぇええっ!!」
雄叫びにも似た叫びを轟かせながらフローラは狙いを定めてウォーターガンのトリガーを引いた。照準位置はフィールが居るであろう位置からほんの僅かずれた位置。そして、急角度で真下に放射された液剤は強力な物理的な衝撃効果を発揮して、数機のドローンを破壊し、醜悪なる囲みに隙間を作ったのである。
〔なに? 何が起きた?!〕
ファイブが驚きと戸惑いの声を解き放つ。突如上空から突入してきたフローラの存在はファイブには全くの想定外だったのだろう。混乱する敵を尻目にフローラはさらに行動を続ける。
【マイクロアンカー装備・右腕部作動 】
【アンカー先端部三次元飛行モードにて高速射出】
【飛行起動>中枢部思考結果に連動 】
右腕を伸ばした先にはフィールが居た。自らの視界でその姿と位置を把握すると間髪置かずにマイクロアンカーを射出する。そのアンカー先端は単なる銛ではなく、小型の飛行推進装置となっており、エアジェット流や小型の羽根を駆使することで、フローラがその思考に思い描いたとおりに飛行軌道を描いて飛ばすことが可能なのだ。
そのフローラが思い描いた飛行軌道は――
「おねえちゃん!!!!」
――何よりも強い思いを伴ってフィールのもとへと到達する。一直線に飛来し、しかる後にフィールの体の胸部で輪を描いて3度ほど周回すると、ワイヤーをフィールの体へと巻き付かせる。そしてしっかりと捕縛したのを確信すると、フローラはそのまま真下へと一気に通り抜けようとする。
〔させるかぁああ!!〕
とっさにファイブが退路を断とうとする。だがそれすらもフローラは見切っていた。
「邪魔だぁっ!!!」
轟くような叫びを響かせてウォーターガンのトリガーを更に引く。鈍いグレーの粘性の高い薬剤は重い質量を伴った幕となって、妨害を図ろうとするドローン群へと襲いかかり、そして、鋭利な刃物か、重いハンマーとなって、妨害物を一瞬にして葬り去るのだ。
脱出の突破口はこじ開けた。あとはフィールとともにここから逃れるだけだ。
「おねえちゃん! 捕まって!!」
フローラは必死の思いを込めて叫んだ。ここでワイヤーが外れて姉を敵領域の中へと残してきたら最悪の事態を招きかねない。絶対に失敗が許されぬプレッシャーを感じながらも、結果を信じてフローラは姉の体を引きずり出したのだ。
とっさに背後を振り返れば、無事、敵ドローンの黒い群れの中から、満身創痍状態のフィールを救出することに成功しているのが見えた。あとはここから離れて安全な距離をとるだである。
フローラは電磁フローターを制御しつつ、U字型の軌道を描きつつ急速上昇する。その間にもファイブが操るドローンはフィールを再び捉えようと追いすがってきていた。それを視認したフィールは、その右手に用意していた4振りほどの投擲ナイフ・ダイヤモンドブレードを投げ放つ。
「しつこいのはモテないって言われなかった?!」
ナイフは緩やかなカーブ軌道を描いて、追手となるドローンを3機ほど葬り去った。そしてついにドローン群の追跡を見事に振り切ったのである。
フローラは更に上昇を続ける。高度800mまで上昇してようやくにしてその動きを止めた。無我夢中のままに行動して周囲を見回せば、乾坤一擲の突入救出を成功させたフローラの眼前に佇んでいたのは、傷だらけになりながらも無事に生還を果たした、彼女の姉の笑顔だったのである。
「ありがとう、助かったわ」
そこには安心があった。歓びがあった。そして希望があった。
頭部は半壊、左腕喪失、左足全損、右足半損、胴体側部破損――、まともに残っているのは右腕と右目だけという惨状でありながらも、それでもフィールは安堵と希望を噛み締めていた。彼女は生き残ったのである。
絶体絶命の状況下から拾い上げた命を喜びながらフィールはおのれを救ってくれた見慣れぬアンドロイドへと問い掛けた。
「わたしはフィール。あなたは?」
シンプルな名乗りを伴った問い掛けに、フローラは気恥ずかしさと戸惑いを覚えながらも、力強く、快活に答え返す。
「わたしは、特攻装警F型発展応用機、公称F2、東京消防庁警防部特殊災害課所属のレスキュー用機体。個体名『フローラ』――」
その言葉の意味に驚くフィールにフローラは告げた。
「あなたの〝妹〟です!」
「妹――、わたしの?」
「はい!」
驚きの真っ只中に居る姉フィールに、フローラは彼女に巻きつけていたワイヤーを解除し回収しながら笑顔で答えた。
「正式ロールアウトはまだなんですが、今回の事態を受けて、東京消防庁の特別許可を得て救援に駆けつけました。そしたら、お姉ちゃんがあのドローンに襲われているのを気づいて、救出しようと思って飛び込んだんです」
「そんな無茶な! 下手したらアナタも殺られてたのよ?」
「かもしれません。でも――」
フローラは安堵を言葉の中ににじませながら告げる。
「お姉ちゃんを救うことしか考えられなかった。わたしは〝命を救うために〟生まれたから」
それは悲しい事実でもあった。アンドロイドははじめから運命づけられてこの世に産み出される。役割はすでに規定され、能力も、任務も、あらゆるものが決定済みでこの世に姿を表すのだ。アンドロイドの人生には、人間のような〝自由な将来〟は存在しないのである。
でもだからこそ――、フィールはフローラに手向ける事ができる言葉があるのだ。
「そう――、素晴らしいじゃない! アナタが人々を救うために生まれたなら、わたしは人々の命を護るのが役目。フローラ――」
フィールは一本だけ残された右手をそっと差し出すとフローラにさらに語りかける。
「――一緒に戦いましょう!」
姉からの心からの言葉を拒む理由は何もなかった。フローラもまた笑顔を溢れさせながら姉の右手をしっかりと握り返したのだ。
「はい!」
手と手を結び合い、力強い視線が交わされる。それは戦いの真っ直中に生きることを宿命付けられた2人の〝姉妹〟としての家族の絆の確認であった。だがそれは悲劇ではない。誇るべき絆だ。それを改めて確信した2人は、眼下から上昇してくるドローン群の黒い群れに強い視線を向けたのである。
それを視認しつつフィールが告げる。
「その為にはアレを始末しないとね」
それはまるで押し寄せるイナゴかハエのごとくだ。姉の言葉にフローラが言う。
「はい。一気に葬らないとキリが無いです」
「そうね。できれば〝本元〟も叩きたいところね。増援の戦力を呼ばれたら事だわ」
「本元――?」
姉のフィールが不意に口にした言葉に、フローラは何かをひらめいたようだ。
「おねえちゃん! それ、わたしに任せてくれる?」
「え?」
「わたしに考えがあるの。必ず仕留めてみせるから」
自信と勢いをにじませながらフローラが言う。その言葉にフィールは問い返した。
「フローラ、あなたはナニが出来るの?」
シンプルだが真剣な問いに、フローラは告げる。
「お姉ちゃんが出来ることなら投げナイフ以外はなんでも」
「飛行性能は?」
「精密制御重視で、トップスピードはお姉ちゃんの80%程度」
「〝糸〟は?」
「できるよ! 全力で行けばお姉ちゃんにだって負けない自信があるよ」
「言ったわね? あとで見せてもらうわよ? それじゃ一気に仕掛けるからね。わたしは〝縦糸〟を張るから、フローラ――あなたは〝横糸〟をおねがい」
「任せて! 完ぺきにとらえてみせるから」
「オーケィ! カウント3で〝発動〟するわよ! ついてきて!」
「了解。準備開始します」
2人はうなずき合いながら、手を離す。そして、反撃のためにスタンバイを始める。
互いの飛行装備を加速させながら、一旦大きく離れる。そして、再加速するとドローン群の真っ只中へとVの字を描くように2人は一点を目指して飛び続ける。今日始めて会ったにもかかわらず、長年に渡って連れ添い支え合った家族であるかのように、二人の息は見事にシンクロしていた。
その2人に対して全ドローンを巨大なスピーカーのように響かせながらファイブが声を発する。
〔何をする気だ? 死にかけが! 同型機が二体に増えてもどうにもならんぞ! オレからは逃れられん! おとなしくオレの欲望の糧となれ!〕
それはおのれが負けることすら想像できない傲慢極まりない愚か者の姿だった。そんな愚物に対してフィールは力強く叫び返した。
「そんなのお断りよ!! 散々やってくれた借りはきっちり返すから覚悟なさい! それにアナタは最大のミスを犯した!」
〔ミス? そんなのはありえない! 僕は完璧だ!〕
完璧――、安易にその言葉を口にする者に限ってロクなものではないということをフィールはこれまでの経験から知っていた。愚か者に対してフィールは告げる。
「まだ気づかないの? あなたの最大のミスは――」
そして、フィールは右手の指を3本立ててそれをフローラに指し示しながら、3カウントを数え始めた。
【 単分子ワイヤー高速生成システム 】
【 タランチュラ起動準備開始 】
3つ――
【 速度レンジ・マキシマム 】
【 体内負荷 限界値の95%まで 】
【 超高速飛行モードをスタンバイ 】
2つ――
「――わたしの〝翼〟を奪わなかったことよ!!」
その叫びとともにフィールは残る一つの指をたたむ。3カウントがコールされたのだ。
2人の姉妹の叫びがこだまする。
「――超高速起動! ダブル!!――」
今、二つの白いシルエットは飛行加速装備の作動時の電磁ノイズにより流星のように輝き始める。そして目にも留まらぬ超高速で加速飛行しつつ白銀の光を放つ。
今2人は――〝輝きの戦士〟――となったのだ。
――キィィィィィィ――
まるで天界の銀の鈴が鳴り響くような甲高い音が鳴り響く。それはフィールが宿した3対の白銀の翼が持てる全ての力を解き放っている姿。2枚一組の放電フィンが電磁波を解き放ちながら共振する時の作動音だ。
――ヒュボォォォォォ――
それを追うように鳴り響くのは救いの聖火が吹き上がるような燃焼音。フローラの電磁フーターがフルスロットルで電磁火花とプラズマ火炎をほとばしらせている。フィールが銀色の羽を広げたようなハレーションの残渣を放射しながら飛翔し、フローラは七色の輝きの軌跡を、二条の直線光を細長く解き放っている。
2人が放つ光の翼は退廃の街の頭上にて、鮮烈なる輪舞曲ロンドを奏でるのだ。
しかし、その一方で、彼女たちが仕掛けた〝技〟である超高速起動は諸刃の剣でもある。
限界を超える速度を得られる代わりに、メインリアクターも推進装置もギリギリまでの負荷に見舞われる。余剰熱も危険なレベルにまで達し、誘爆や自己発火の危険もある。けっして長い時間をかけることはできないのだ。それになにより――
「このダメージではリスクは大きい! でもせめて十数秒だけ!」
――無傷なら多少の無理を通した連続動作も可能だったが、今のフィールではギリギリ粘って十数秒程度が限界だろう。だがそれを押してでも限界に迫りたい理由が有るのだ。
「あの子の努力を無駄にはさせない!」
今、フィールのあとを追って飛んでいるのは妹であるフローラなのだ。まだ何も知らないこの世に生まれ落ちたばかりの魂で、危険を犯してまで救いに来てくれたのだ。ならば姉妹で共に手を携えて飛びながら、立ちはだかる敵を捉え葬りさり、この街から生還することだけが、この恩に報いる唯一の手段なのだ。
フィールがその右手の先端から、5本の耐熱仕様の単分子ワイヤーを放射していく。そして飛行軌跡のそのままにドローンの群れを取り囲んでいく。それを後続のフローラが両指の先端から10本の単分子ワイヤーを多様な方向へと射出し、姉のフィールが張る縦糸を確実に固定していく。
100体以上のドローンが広範囲に拡散し切る前に行動範囲を制限しなければならない。そのためには100m以上の範囲地に散らばりつつ有るドローンの全個体を取り囲めるだけの大きな円を一刻も早く描かなければならないのだ。その速度は限りなく音速へと近づき、一つの円を描くのに1秒を切るほどになる。
――ギィィィィィィン――
電磁火花のノイズと亜音速飛行が混じり合い、独特の唸り音を奏でていく。そして肉眼で捉えることも困難なくらいの加速で、2人は闇夜の真っ只中に鈍い白銀色に輝く微細鋼線の檻を構築し完成へと導くのだ。
闇夜のコウモリの如きドローンどもは、着実にその中へと囚われていく。一切のあらゆる逃亡を許さず、ただ粛々と――
だが、ファイブはドローン越しに声を響かせるとある事実を指摘する。
〔なんだ? 小細工でも弄するつもりか? どうした? 完璧には囲めてないぞ? 檻と呼ぶにはザル過ぎるぞ!〕
その言葉のとおり、全ては囲みきれていない。数にして1割程度だろうか、囲みから漏れたドローンも有る。その数12機とけっして少ない数ではない。そのチャンスを逃すほどファイブは甘くはない。
〔くだらん小細工もコレで終わりだ!!〕
奇声のような叫びとともにファイブが操作したのは、唯一一回りサイズが大きいタイプだ。その機体が左右に割れていて、そこから火炎放射のノズルが覗いているのだ。それがフローラの進行を遮る位置へと回り込むと、ノズルから紅蓮の炎を噴出させ高温のナパーム弾を浴びせかける。フローラのシルエットが瞬時にして真紅の炎へと包まれたのである。
その光景はフィールにも見えている。突然の凄惨なヴィジュアルに叫ばずには居られなかった。
「フローラ!!!」
驚きの声を上げるフィールにファイブが嘲りを浴びせた。
〔残念だな! 初めて会えた妹ともいきなりお別れだ! だが寂しくない! スグに廃品置き場で再会させてやるからなぁ!!〕
状況の逆転に成功して、再びチャンスを手に入れたと確信しての発言だった。
だが――
――ドォォン!!――
突如として鳴り響いたのはフローラがその手にしていた専用ツール――ハイプレッシャーウォーターガン――である。
――ガシャッ――
火炎放射仕様のドローンは瞬時にして粉砕される。そしてフローラは何の損傷もなくナパーム火炎を振り切って残存ドローンの囲みへと突入するのである。
「どけぇ!」
強い叫びを上げながらフローラはウォーターガンの引き金を引き続けた。
「壁面破壊用の砂鉄と水銀の混合粘液弾よ! 食らえ!」
残る12機のドローンをさらに半数以下へと追い込んでいく。携帯していたカートリッジは使い果たしたフローラは、空となったカートリッジケースを排莢しながらファイブにこう告げたのだ。
「あなた馬鹿?」
〔なにぃ?〕
「消防のレスキューを、炎で葬れるはずがないでしょうが! わたしは炎を退治する者よ! 覚えておきなさい!」
フローラは警察ではない。消防庁所属のレスキューである。彼女にとって炎とは恐れるものではなく、立ち向かうものなのだ。
その叫びはフィールにも聞こえていた。単分子ワイヤーのネットで行動を制限したドローンの群れを挟んで互いに反対側に位置していた。フィールが上空でフローラが地上に近い。それはフィールにとって絶好のポジションだったのである。
「決めるなら今だ」
フィールは一言つぶやくとフローラへと叫んだ。
「フローラ! 電磁波反射シールドを展開して! ショックオシレーションの応用モードで可能よ! 急いで!」
「了解! 電磁波反射シールド展開します!」
姉からの声にフローラは即座に反応した。
【体内高周波モジュレーター作動 】
【両腕部チャンバー内、電磁衝撃波発信準備 】
【発信モード:対波形増幅反射モード 】
【 】
【 ――ショック・オシレーション―― 】
【 ――電磁波反射シールド・展開―― 】
腰裏にウォーターガンを戻し両手の平を広げてフィールの方へと向ける。それは高圧電磁波を対消滅させ、電磁波を投射してきた方へと反射させるための機能であった。
「反射シールド、準備よし!」
そしてフィールは自らの右の手の平を広げて、捉えた全てのドローンへと向ける。しかる後にその体内で所定のプログラム動作を開始させた。
【体内高周波モジュレーター作動 】
【両腕部チャンバー内、電磁衝撃波発信開始 】
【チャンバー高速蓄積スタート 】
それはかつて有明の第5階層ブロックでの戦闘でも用いたことの有るショックオシレーションの使用プロセスであった。その動作の意味をファイブはすでに調査済みであった。
〔何の真似だ? そんなちゃちい電磁波でこのドローンの大群が始末できると思うのか?! 今この単分子ワイヤーを切断してやるから待っていろ! 今度こそ終わりだ!〕
だがその挑発にもフィールは全く動じなかった。
「いいえ、終わるのはアナタです。あなたは私達の事を何も知らない」
【体内電磁波チャンバー 】
【〝法的リミッター〟強制解除 】
【作動状況証明ログ、強制記録を開始 】
【物理リミッター限界値まで高速充填完了 】
そしてフィールは、その攻撃機能の最終トリガーと自らの意識を接続する
「レベル・オーバーマキシマム!」
その叫びと共に、自らの意識でトリガーをオンにして全てを作動させたのである。
「ショックオシレーション! ――インフェルノ!!――」
その瞬間、フィールの全身が青白い炎を上げた。
物理的な炎ではない。電磁波放電による発光現象、いわゆるセントエルモの火にも似た現象である。その青白い光の炎をまといながら、フィールの右手は純白へと輝き始める。そして、あらゆるものを焼き尽くす〝裁きの業火〟を解き放ったのである。




