事件記録:絶望と希望
フィールは諦めては居なかった。
退路はない。完璧に周囲を封鎖された状況下、とれる手段は一つしか無い。
【体内高周波モジュレーター作動 】
【両腕部チャンバー内、電磁衝撃波発信開始 】
【電磁チャンバー急速充填――100%OK 】
両手の平を双方異なる方向へと向けるとフィールは叫んだ。
「ショックオシレーション!」
両手の平の中央部から攻撃対象の電子回路を焼ききれるだけのマイクロウェーブを圧縮放射する。そしてそれは周囲のドローンを少しでも削り、退路確保への道筋となるはずであった。だが――
〔おっと、そうはいかないよ〕
進み出てきたのは、4対の高圧放電端子を備えた放電機能タイプだ。それは数機で連動して電子波干渉しあう事で電磁ノイズやマイクロウェーブを撒き散らすことができた。相互の位置関係や干渉方法を調整することで攻撃的な収束型マイクロウェーブをピンポイントで打ち出すことも可能だ。
当然ながら、フィールの放ったマイクロウェーブはそれらのドローン群により拡散反射されてしまう。ただの一体にもダメージを与えることはできなかった。
「くっ!!」
悔しさを声にもらすフィールにファイブは告げる。
〔どうした? 得意の電磁波攻撃はどうした? 南本牧でも、湾岸高速でも、有明でも散々使ったじゃないか! 〝ぼく〟のドローンにはかなわないとでも言うのかい? なぁ!? フィール!〕
ファイブは敢えてフィールを挑発的に侮辱した。彼女の冷静さを削り取るためだ。間を置かずしてファイブはさらなる絡め手の手段を講じる。
――ヒュッ!――
フィールからみて下方向、そこから突如とて放たれたのは直径2センチ程の径のワイヤーケーブルだ。先端が投げ縄のようになっており可動式で獲物を容易にとらえることが可能だ。それがフィールの右足首を捕らえたのだ。
「あっ!?」
思わず悲鳴が漏れる。じわじわと最悪の事態へと引きずり込まれる予感がしてならない。それは確実にフィールから冷静さと集中力を削いでいく。そして適切な反撃方法を取ることを困難にさせるのだ。
「はっ! 離せ! くっ!!」
思わず飛行装備の推力を駆使して拘束ワイヤーと反対方向へと逃れようとする。だがそれすらもファイブの思う壺だった。
〔そら! 注意力が散漫になってるぞ!?〕
一機のドローンが隙きを突いてフィールの脇腹に肉薄する。一本のペンチ型マニピュレータアームを備えたタイプのドローンだ。それが狙うのは先の指向性放電による攻撃で開けられた脇腹の大穴だった。フィールの体に取り付くと狙いすましたように脇腹の傷へとマニピュレータアームの先端をねじり込む。そして、ペンチクローでイエローカラーの高圧動力ケーブルを握りしめた。
〔そおら! 最初の大ダメージだ!〕
――ズバァアアッ!――
目もくらむような電磁火花が撒き散らされる。高圧ケーブルは引きちぎられ、その先端が体外へと引きずり出されている。それはさながら天使の腸を引きずり出そうとする悪魔のごとしである。
「ギャァァァッ!」
耳をつんざくような悲鳴が上がる。フィールの体内の痛覚システムが警告としての痛覚を彼女の中枢へともたらしたのだ。
【 体内機能モニタリングシステム 】
【 <<<緊急アラート>>> 】
【胴体内主動力システム群:破損発生 】
【メイン電力系統バックアップケーブル 】
【 胴体内左バックアップB系統】
【>ケーブル離断・開放損傷 】
【同、破損箇所による放電火花発生 】
【主動力動作状況変化なし 】
【>ただし、推力低下-2% 】
そしてそれに加えて特攻装警には優れた頭脳システムが有る。どんなに物理感覚としての痛覚を遮断したとしてもイメージとしての痛覚と苦しみは社団には限界がある。フィールはその臓腑をえぐられるような感覚に頭脳がひっくりかえりそうな嘔吐感を覚えずには居られなかった。
「オエェッ」
呻くように声を漏らすがその間にもファイブはさらなる責め手を加える。それこそ体の末端から切り刻むように。
――ヒュィィィィン――
甲高い回転音を響かせながら飛来するのは丸鋸型の切断具を備えたタイプだ。その動きは素早くフィールはソレの存在に気づく前に切断具はフィールの右足を膝下20センチ程の位置で斜めに切り裂いたのだ。
――ズバッ――
それはひどくシンプルな音を残してあっさりと切れてしまう。そして遅れて伝わってきた激しい痛覚にさらなるダメージが加えられたことを思い知らされる。
【体内機能モニタリングシステム 】
【 ――アラート―― 】
【右下腿部切断発生 】
【運動機能神経系完全離断 】
【電動性人工筋肉破損 】
【切断面、簡易補修機能作動開始 】
【>溶着ゲル浸潤、簡易補修完了まで30秒 】
無論、そんな自動修理の隙きなど与えてくれるはずがなかった。さらに接近してきたのは6連装の回転式ペッパーボックス銃身を備えた散弾銃装備タイプである。それは二機一組となり狙いをすます。狙撃ポイントとしてファイブが選んだのは――
――ドォン! ドォン! ドォン!――
立て続けに10発ほどの12番口径の散弾が打ち込まれる。詰められていた弾丸は鹿などのハンティングにも使用されるダブルオーバックと呼ばれる大粒の弾丸だった。その黒光りする鉛のベアリングはフィールの左の大腿部を次々に打ち砕いて行く。10発目が打ち込まれた時、フィールの左足はその根本から失われていたのである。
【体内機能モニタリングシステム 】
【 ――アラート―― 】
【左大腿部破損。大腿部上端部より完全破壊 】
【体内循環系統緊急閉鎖 】
【運動神経系統、感覚神経系統、信号遮断 】
【体内バランサー自動補正 】
もはやフィールの体内システムは痛覚を発することすら止めてしまった。あまりに多大な痛覚を発信することは中枢頭脳へ多大なダメージを与えることとなる。それがいかなる事態を意味しているのか、わからぬフィールではない。
「あ、あ、あ――」
左大腿部、右膝下部、そこから先が失われてかすかな電磁火花が散っている。思わず下へと視線を向ければ見慣れたものがない。フィールの目に思わず涙が溢れていた。
「うわぁあああっ!!!」
思わずつんざくような悲鳴を上げながら、フィールは左手をその背後へと回す。そして頭部シェルの中から特別製のダイヤモンドブレードを取り出し左手の中へと収めてそれを大きく振りかぶった。
「畜生ォォォッ!!」
悔しさと苦しさと不甲斐なさが、フィールに涙を流させていた。その悔しさを叩きつけるようにスローイングナイフのダイヤモンドブレードを投擲しようとしたのだが、それもまたファイブが想定していた状況だったのである。頭上から前方へと投げ下ろす動作で、特別製のダイヤモンドブレードを投げ放とうとする。だが――
〔おっと、残念だねぇ!〕
嘲笑する声とともに紫色の高熱レーザー光が迸った。そしてダイヤモンドブレードの先端部分へとピンポイントでヒットする。離れた位置からレーザー銃装備のドローンが精密狙撃したのだ。それはダイヤモンドブレードの先端部分に内蔵された電子励起爆薬へとヒットする。そしてダイヤモンドブレードがフィールの頭部の側面あたりに位置する時に、電子励起爆薬は炸裂したのである。
――ドオォォォン!!――
それは空間を振動させる程の威力を放った。かつてはマリオネットのジュリアを葬った武器であったが、それが自らの頭部のすぐそばで炸裂したのである。ダメージはもはや避けられない。
【体内機能モニタリングシステム 】
【 ――アラート―― 】
【頭部左側面損傷 】
【頭部人造皮膚、焼損 】
【左聴覚センサー破損、バックアップ不可能 】
【左視覚、眼球ユニット破損 】
【>左聴覚、左視覚、作動停止 】
頭部の左側の人造皮膚が焼け焦げ剥がれ、さらには左の耳と目がその機能を失ってしまった。それだけでない。
【体内機能モニタリングシステム 】
【 ――アラート―― 】
【左前腕、手首部破損 】
【左肘より先端側、完全喪失 】
電子励起爆薬の暴発はフィールの左腕の肘から先を吹き飛ばしてしまったのだ。
右足、左足、そして左腕――
3つの機能が失われ、残されているのは右腕だけだ。
〔いいざまだなぁ! フィール! ダルマになるまであと一つだ! 君がクリエイターにプレゼントしてもらった特別製のナイフをこの局面で使うだろうとは予想できていたからね! 電子励起爆薬に焦点を合わせて誘爆させれば最高の大ダメージだ!〕
はしゃぎながら叫ぶファイブにフィールは尋ねた。
「なぜ、何故知ってるの? 改良型のブレードの事を?」
戸惑いを隠せないフィールにファイブは楽しげに告げた。
〔当然だろう? 僕はサイバーマフィア、ネットの情報を掌握するのは得意中の得意だ! 警察内部の機密情報や警察ネットワーク上の事件記録も自由自在さ! 君がこれまでの警察任務の中で用いた機能については完璧に把握している! 君が何を出来るのか全部お見通しなのさ!〕
「そんな――、嘘よ! だって、情報機動隊やディアリオ兄さんや、トップクラスのネット技術者がセキュリティを構築しているのよ?」
〔それがどうした? そもそも人間様が作り上げたものだ。作れるということは、壊せると言うことだ。完璧なセキュリティなど有るはずがないだろう? それが現実というものさ! だからこそ僕達はサイレント・デルタを組織した! この世界に存在するあらゆる情報を、あらゆる機密をこの手に握る! そして世界を奪い取る! それこそが僕らの望み! 君にまつわる情報など筒抜けなのさ! 次は何を仕掛ける? 超高速起動か? 単分子ワイヤーか? 大技のシン・サルベイションか? それとも苦し紛れにXDMコンパクトでも撃ってみるか? それ以上の打つ手は無いはずだ! さぁ! さっさと絶望するんだ! フィール! 君の残骸はボクが丁寧に遊んでやるよ! ハハハハハハ!〕
興奮を暴走させるようにファイブがけたたましく叫び続けた。勝負は決したと言わんばかりにだ。だがそこでフィールは狼狽えることも、激昂することもやめてしまった。ただ静かに沈黙して、静かに周囲に視線を走らせるばかりだ。その変化にファイブが問いかける。
〔どうした? もはや絶望して声も出ないか? 無抵抗なのを弄んでもつまらん。そろそろ残る右手も毟らせてもらうとするよ。そして君はすべての抵抗手段を失うんだ! さぁ、覚悟するんだねフィール!〕
「――――」
それでもなおフィールは沈黙を守っていた。無駄に反抗せずに、無駄に攻撃せずに、自らに残されたものを冷静に思案していたのだ。
――単分子ワイヤーでドローンを捕らえても追いつかない。超高速起動を発動させても力尽きれば元の木阿弥、むしろ、ファイブはそれを狙うだろう。シン・サルベイションは一対一の破壊手段。大多数に囲まれては使用する意味が無い。つまり私単独では脱出はもう無理ということ。ならば残る手段は――
そう思案しつつ、フィールは頭部シェルからノーマルのダイヤモンドブレードを数振り取り出した。そしていつでも使用可能なように右手に握りしめる。
――少しでも長く生き残り助けを待つしか無い!――
だがその答えに疑問が湧くのも事実だ。
――本当にくるの?――
救援の手が来ることは相当に困難だ。
――信じるしか無い――
自分以外の特攻装警が全て行き詰まっているとしても、それ以外にも頼れる存在は居るはず。今の自分の惨状を布平たちが把握していないはずがない。ならば――
――来る! 助けはかならず来る!――
フィールは信じた。一縷の望みを。その残された右の瞳は炯々として輝いている。満身創痍を極めながらも、フィールの心は今なお折れては居なかったのである。