囁き返し
第二十四章
それからほどなくして、いよいよ地獄の期末テストが今日から始まる。
ついに来たか・・・この日が・・
どうしよう・・全く勉強なんかしてない。
きっと全部赤点だ。
「お母さん・・」
「うっ・・千菜美・・」
「うっ、じゃないでしょ」
「うん・・」
「それで、どうなの?」
「えっと・・多分、いけると思う・・」
「ほんと?」
「うん、全力で頑張る!」
「ほっんとに・・お願いね」
「わっかりましたぁ~~」
そう言って、私は家を出た。
ごめん、千菜美。
期末は諦めてくれ・・
私が校門の近くまで来ると、前には緒呂納が歩いていた。
クソ野郎。さすがにテストは休まなかったようだな。
「よう、クソ野郎」
私はそう言って緒呂納に声をかけた。
「けっ。お前か」
「てめぇ、風邪なんて嘘だろ」
「お前には関係ねぇだろ」
「ふっ」
私は少し笑って、緒呂納の腕に手を回し、耳に口をあてた。
「なっ・・なにすんだよ!」
「いいから、黙って・・佐介・・」
私は少し、色っぽい声でそう囁いた。
「なっ・・」
緒呂納は、私の態度に驚いていた。
「ママ・・」
私は、そう囁いた。
すると緒呂納の表情は、明らかに引きつっていた。
私はこれ以上ないくらい、蔑んだ目で緒呂納を見つめた。
「せいぜいママのためにテスト頑張んな・・」
そう囁いて、私は後ろ手を振って、歩いて行った。
クソガキ、どんな表情してんだろうな。ざまーみろ。
「まっ・・待て!」
緒呂納が私を呼び止めた。
「なんだよ」
「お・・お前・・」
「だからなんだよ!うっせーな」
「なんで・・なんで知ってるんだ・・」
「へ?なにを?」
「なにっ!」
「なにを知ってるって?」
「くそっ・・」
「用がないなら行くぜ」
私は緒呂納を放って門の中へ入った。
クソガキ・・こんなもんで済むと思うなよ。
徹底的に、そのプライドをズタズタにしてやるからな。
地獄のようなテスト1日目が終わり、私は下校した。
やっぱり、全然できなかった・・これは早く帰って少しでもやらないとな・・
すると校門のところで緒呂納が立っていた。
私は無視して通り過ぎようとした。
「ちょっと待てよ」
それでも私は無視して歩いた。
「なに無視してんだよ」
「へ?」
「へ、じゃねぇよ」
「今更、なんの用?」
「ちょっと来いよ」
緒呂納は私を引っ張って、校舎の裏へ行こうとした。
「きゃー!誰か助けて!」
私は、大声でそう叫んだ。
「お・・お前・・なに言ってんだよ」
「誰かぁ~~!助けてくださいーー!」
するとその声を聞いた一人の男子生徒が走って来た。
「どうしたの?」
「この人が無理やり、私を連れて行こうとするんです・・」
「えっ・・」
「私、何もしてないのに・・怖いです・・」
「ちょっと、君、ほんとなのか?」
その男子が緒呂納にそう尋ねた。
「俺は・・別に・・」
「嫌がってる子を無理やり連れて行くなんて、ダメだろ」
「くそっ・・」
そう言って緒呂納は私を睨みつけた。
私は、男子の後ろに隠れて、緒呂納に向かって「ママ」と口パクしてみせた。
緒呂納は怒り狂ったような表情をして、その場を立ち去った。
「どうもありがとうございました」
私はその男子に礼を言った。
「いや、いいけど。大丈夫?」
「はい、平気です」
「そっか。じゃあね」
そう言って男子は歩いて行った。
ふんっ、クソガキ。てめぇの思い通りにはさせねぇからな。
そして次の日の朝も、緒呂納は校門の前で私を待ち伏せていた。
ふっ。またかよ。
「お前・・ふざけんなよ」
緒呂納は怒りが収まらないのか、少し震えた声でそう言ってきた。
「なんのこと?」
「なんのことだあ?しらばっくれてんじゃねぇ!」
「うるせーんだよ、クソガキが」
「なんだと!」
「私をどうする気だ」
「うるせぇ!」
「けっ。ママに訊かないとわかんねぇってか」
「お・・・お前!!」
そして私はまた、緒呂納の耳に口をあてた。
「そんな汚い言葉、ママが聞いたら悲しむよ・・さっちゃん・・」
緒呂納は愕然としていた。
「お・・お前・・どういうつもりだ・・」
「知るかよ・・」
そう言って私は、門の中へ入って行った。
「千菜美~おはよー」
そこに美冴が駆け寄って来た。
「美冴、おはよー」
「さっき、どうしたの?」
「なにが?」
「緒呂納くんと、なんか・・変な雰囲気っていうか」
「ああ!緒呂納くんねっ!2年3組の緒呂納佐介くんねっ!あの人、怖いのよ~昨日も私を無理やり引っ張って連れて行こうとしたの!あの人、いつもあんなことしてるのかしら~怖いわね~」
私はわざと緒呂納に聞こえるようにそう言った。
「ど・・・どうしたの?千菜美・・」
美冴は引くくらい驚いていた。
「別に。ほんとのことだし」
「で・・でもっ・・千菜美に限って・・怖いだなんて・・」
「ヤダな~これでも私だって女子よ」
「へ・・・??」
「まあ、いいじゃん。それよりテストだよー」
そしてテスト二日目も撃沈・・・
ぐわあ・・昨日、千菜美に特訓してもらったのに、全く成果がなかった・・
それはさて置き、緒呂納の野郎、今度はどう出てくるかな。
帰りにまた、校門で緒呂納が私を待ち伏せしていた。
またか。あっはは。相当焦ってるな。
「おい・・秋川・・」
ほう、「お前」じゃなくて「秋川」と来たか。
それでも私は無視して歩いた。
「ま・・待ってくれ・・秋川・・」
「なんだよ」
「俺・・なんていうか・・」
「はあ??聞こえねぇな」
「その・・今までのこと・・」
「声が小せぇんだよ」
「悪かったっていうか・・」
「お前、それで私が「はい、そうですか」とでも言うと思ったか?」
「え・・」
「てめぇは人間のクズだ。騙されねぇぜ」
「なんだと!」
「ほらな。もう馬脚を現しやがって」
「・・・」
「心配すんな」
「えっ・・」
「これからもずっと、いたぶってやるから楽しみにしてな」
そう言って私はその場を去った。
クソガキめ・・・
てめぇがやった代償は、こんなもんじゃ済まねぇぜ。
次の日、私は高峰に呼び出された。
なんだよ、今更、高峰かよ。
「なんですか」
私はぶっきらぼうにそう言った。
「秋川、ちょっと訊きたいんだが、昨日、ある保護者から電話があってな」
「はあ・・」
「その人の話では、お前が虐めをやってると言うんだよ」
「はあ??」
「いや、さすがに僕も、それは間違いか勘違いだと言ったんだが・・」
「その保護者って誰ですか」
「2年の緒呂納って人だ」
なるほど・・そう来たか。
「そうですか。それで?」
「それで、今日、学校に来るらしいんだ」
「へぇー」
「で、お前、まさか虐めなんてやってないよな?」
「あはは。やってませんって」
「だよな。その点では、僕も緒呂納さんに自信を持ってそう言えるよ」
「で、私はその場に立ち会えばいいんですね?」
「そうなんだ。済まないがそうしてくれるか」
「先生」
「なんだ」
「その際に、2年の麗華たちも呼んでくれませんか」
「なぜだ」
「知ってるでしょ。あの子たちが虐めをやってたの」
「ああ」
「その首謀者は緒呂納なんですよ」
「ああ・・そのようだな」
「緒呂納の親に、ちゃんと知ってもらわないといけませんよ」
「そうだな」
あのクソ野郎、万策尽きたと思ったか、マジでママに泣きついたんだな。
ほんと、どうしようもねぇな。。
それから午後になって、私は職員室へ行った。
「高峰先生」
「秋川、すまんな」
「いいえ。で、どこへ行けばいいんですか?」
「これから私も立ち会うから、一緒に行こう」
「わかりました」
そして私と高峰は、会議室へ行った。
そこには森比呂先生も来ていた。
「おお、秋川さん」
「こんにちは」
「驚いただろう。悪かったな」
森比呂先生は、済まなそうにそう言った。
「いいえ。全然ですよ」
「嫌な思いもすると思うが、堪えてくれな」
「はい」
ほどなくして、麗華たちも入って来た。
麗華は私の顔を見ようとしなかった。
そして緒呂納も入って来た。
来たな・・クソガキ。
緒呂納は私を睨みつけていた。
みんな、それぞれ座って黙ったまま、緒呂納の母親が来るのを待った。
「失礼します・・」
そう言って、緒呂納の母親が入って来た。
「緒呂納さん、お待ちしておりました。どうぞお掛けください」
森比呂先生がそう促して、母親は座った。
「秋川って子はどの子ですの?」
母親は、まるで獲物を探すような目で、そう尋ねた。
「私が秋川です」
私がそう言うと、母親は私を睨みつけた。
「そう・・あなたが秋川さんね」
「はい」
「よくも、うちの子を虐めてくれたわね」
「はあ?」
「まあまあ、待ってください、緒呂納さん」
森比呂先生が、そう制して続けた。
「その、虐めというのは、具体的にどういった内容ですか」
「なんでも、口汚く罵ってると言うじゃないですか」
「罵ってる?どういう言葉で?」
「人間のクズだとか、地獄へ落ちろとか、ぶっ殺すとか・・もう・・わたくしは佐介がかわいそうで・・」
ダメだ・・笑ってしまいそうだ・・
麗華たちを見ると、居心地が悪そうにしていた。
「あの・・緒呂納さん」
高峰が口を開いた。
「なんですか」
「私は秋川の担任の高峰と申します。この子は口は悪いですが、そのように汚い言葉を使う時は、必ず理由があるんです」
「理由?」
「この子は決して虐めなどしません。むしろ虐めている子を糺す時に、そのような言葉を使います」
「はあ?」
「秋川は、ずっと虐められていたんです。でもそれを自分で解決し、更に他に虐めがあれば、常にこの子が解決してくれました。その際に、つい言葉が汚くなってしまうことはありました」
「どういうことですの?」
「だから、この子は虐めはしないと申しているのです。これは担任として自信を持って言えます」
「仰ってる意味がわかりませんが」
「緒呂納さん、お子さんにちゃんとお訊になりましたか?」
「なにをですか?」
「人間のクズといわれた原因をです」
「それは・・」
「一方的にお子さんの言い分だけを聞くのは、事実を捻じ曲げることになりかねません」
高峰・・・お前、ほんとに高峰なのか・・・
第二十四話END




