2年の男子
第十七章
祥雲の件があってから、徐々に学校も平穏を取り戻し、私もそろそろ勉強に身を入れないといけない時期に来ていた。
そうなのだ。期末試験が待っているのだ!
まあ・・国語は出来るとしてもだな・・・数学、英語、理科、日本史、世界史、公民・・・うわぁ・・・
っんなもん知らねぇっつーーの!
千菜美・・・許せ・・・この期末は諦めてくれ・・・
「どうしたの?千菜美ちゃん」
机に突っ伏していた私を心配して、菜々絵が声をかけて来た。
「菜々絵ちゃん・・うう・・」
「やだ、千菜美ちゃんが泣くなんて!どうしたの!」
「いや・・泣いてないんだけど・・」
「なにかあったの?」
「期末試験が・・・」
「あ・・ああ・・」
菜々絵は察しがいいな。
「もう諦めた!二学期に乞うご期待!」
「いや・・あの・・そうじゃなくて・・」
「ははっ。もう今更やっても遅いしな・・」
「でも・・千菜美ちゃん、すごく成績よかったのに、全然ダメだよね・・」
「グサッとくること、はっきり言うねぇ~~菜々絵ちゃん」
「ごめん、ごめん・・」
「このクラスに秋川って子、いると思うんだけど、どの子?」
いきなり上級生らしき男子が、教室に入って来てそう尋ねた。
「私だけど」
「ああ、君が秋川さんか」
「なんですか」
「ちょっといい?」
そう言って男子は廊下へ出た。
「千菜美ちゃん・・大丈夫・・?」
「ん?別に。平気だよ」
そう言って私も廊下に出た。
「なんか用ですか」
私はぶっきらぼうにそう言った。
「まあ、そう警戒すんなって」
「別に警戒なんてしてませんよ」
「あ、俺、緒呂納佐介って言うんだけど。2年な」
「おろな・・」
変な名前・・ぷぷっ。
「俺さ、お前の噂を聞いて、ちょっと興味が沸いたっつーか」
「噂?」
「お前の武勇伝だよ」
「ああ・・なるほど。それで?」
「俺、お前のこと好きなんだよ」
「はあ??」
なんだよ、こいつ。あり得ねぇーーっつーーの!
私は千菜美じゃないんだよ。40歳のババアなんだよ。
「俺と付き合ってくれ」
っなっんだよ、こいつ。はっきり言うにもほどがあるっつーの。
「いや、無理だから」
「え?なんで?彼氏いるの?」
「いないけど・・」
ん・・?千菜美って彼氏、いないよな・・
「いないならいいじゃん」
「いや、ダメだ」
「あはは、噂通り、はっきりもの言うね」
「そうだ。何事もはっきり言わないとな。ってか、アンタだってはっきり言うじゃねぇか」
「そっかー。ま、いいや。とりあえずは振られたってことで一旦は引き下がるけど、また来るから」
「ええー、もういいって」
「じゃ、またなー」
緒呂納はそう言って、手を振りながら去って行った。
悪い奴じゃなさそうだけど、私は千菜美じゃないんだ。
「なんだったの?さっきの男子」
菜々絵が心配そうにそう言ってきた。
「別に。何でもないから心配することないよ」
「そうなんだ・・」
「千菜美~~」
美冴が声をかけて来た。
「なに?」
「さっきの人~~、2年の緒呂納くんじゃなかった?」
「そうだけど、美冴、知ってるの?」
「あの人さ、めちゃくちゃモテる人だよ」
「へぇーそうなのか」
「だってさー、背も高くてイケメンでしょ。すごく人気があるんだよ」
「ふーん」
「で、なんだったの?」
「別に。何でもないよ」
「ええー、あっやしーー」
「怪しくなんかねぇって」
「もしかして・・告られたとか・・?」
「ち・・違うって・・」
「ああーーその慌てぶりは、図星だね」
「違うっつーーの!」
ったくーーなに言ってんだ。
イケメンかなにか知らねぇが、あんなガキ、興味ねぇんだよ。
私は晩御飯を食べながら、そのことを千菜美に話した。
「え・・・緒呂納くんが・・・」
「へ?千菜美、知ってんの?」
「え・・・うん・・まあ・・」
「へぇーそうなのか」
「で・・・お母さん、振っちゃったんだよね・・」
「そだけど」
「そっか・・」
「なんだよ」
「えっ・・」
なんだ・・千菜美。なんか含みのある言い方だな。
「もしかして千菜美、好きなのか?緒呂納のこと」
「ええっっ!そっ・・そんなっっ」
「ははあ~~・・そうなんだな」
「いやいや、違うって・・違いますって!」
「嘘言え。好きって顔に書いてあるぞ」
「ひぃ~~」
問いただすと、どうやら中学の時から好きだったようだ。
「まいったなー」
「なんでよ・・」
「だってさー、私は千菜美じゃないんだぜ?」
「そうだけど・・」
「例え、付き合うにしたって、お前、それでいいはずないだろ」
「うん・・・」
「元に戻ったら、告ればいいじゃん」
「そっ・・そんな・・できないよ・・」
「とにかく、お母さんは無理。また告ってきても、振るからな」
「・・・」
千菜美さぁ~~私にどうせぇっちゅうねん。
あきまへんがなぁ~~あきまへんがなぁ~~
それにしても、千菜美はもう恋愛する年なんだよなあ。
恋愛かあ・・そんなもんとっくに忘れてしまったよ。
スーパーで働いてたら、出遭いなんてあるわけねぇーし。
私は40だけど、まだ40なんだよなぁ・・
いやいや、恋愛なんてもうこりごりだ。
あのクソ旦那のことで、どれだけ辛い思いをしたか。
次の日、登校していたら、緒呂納が声をかけて来た。
「おはよう!」
早速か・・・
「おはよ」
「なんだよーつれないなあ」
「あのさ、私はアンタと付き合う気なんて無いから」
「わかってるよ。でも話すくらいいいじゃん」
「まあ、話すだけなら・・」
「お前って、すごいよな」
「なにが」
「たった一人で虐めに立ち向かって、先生たちにも文句言ったんだろ?」
「まあな」
「俺さ・・実は小学生の時、虐められてたんだよ」
「え・・そうなんだ・・」
「その時、勇気がなくてさ。もう死のうかと思ったこともあったんだよ」
「そっか・・」
緒呂納・・こんなに明るいのに、辛い過去があったんだな・・
「でもその時ね、同じクラスの女子が俺を助けてくれてさ」
「そっか」
「助けてくれた・・というより、支えてくれたっていうのかな」
「へぇ」
「いつも、みんながいないところで話しかけてくれてさ。「きっといいことがあるよ」って」
「そっか。いい子だね」
「俺は、たった一人のその子の、何気ない言葉に救われてさ。で、何とか死なずに済んだわけ」
「そっか・・」
「それで心配した親が引っ越してね。中学は何もなかったんだよ」
「そっか・・」
「なんか、お前の噂を聞いて、その子がいるのかと思ったくらいで。それでずっと気になってたんだよ」
「なるほどな」
「でも、お前の方が何百倍もすごいけどな。あっはは」
「なに笑ってんだよ」
「いや、マジでお前、すごいって。尊敬しちゃうよ」
「そんな大したもんでもねぇーよ」
「いやー実際、見たかったな。どんな風に虐める奴らに立ち向かっていったのか」
「見せるもんでもねぇよ」
「まあ、そうつれなくするなって」
「別に・・私は・・」
「じゃ、またなー」
そう言って緒呂納は走って行った。
そっか。緒呂納はその子に今でも感謝してるんだな。
でも私への気持ちは、恋じゃねぇぞ。憧れみたいなもんだろ。
ま、私には関係ねぇことだ。
授業中、何気に外を見ていると、緒呂納がサッカーをしていた。
体育か。ふーん。
あいつ、運動神経もいいんだな。
「千菜美」
休み時間になり、美冴が声をかけて来た。
「なに」
「今日さ、学校の帰り、どっか遊びに行かない?」
「どっかって?」
「うーん、まあ、カラオケとかさ」
「カラオケかあ~まあ、ひさびさにいいかな」
「なになに~」
そう言って菜々絵が声をかけて来た。
「帰りにどっか行くかって話してたんだけど、菜々絵ちゃんも行く?」
「わあー行く行く!」
「じゃあ、涼介も誘ってみるか」
「うん、いいね!」
丸美と麻紀と伊都香は、あのこと以来、私たちとは別行動をするようになっていた。
特に仲が悪いわけではないけど、やっぱり美冴に対してのこだわりが抜けないようだった。
まあ、これも仕方がないことだ。まだガキだしな。
昼休みになって私は2組へ行ってみた。
「涼介!」
「あ、秋川さん!どうしたの」
「今日さ、帰りにどっか遊びに行かねぇか」
「ええーどこへ?」
「カラオケとか」
「そうなんだ。行く!」
「秋川、久しぶり」
そう言って祥雲が話しかけて来た。
「よう、祥雲。その後はどうだ?」
「うん。わりといい感じかな」
「そっか。よかったな」
「で、何の話?」
「そうだ、お前も一緒に行かねぇか」
「行くって・・どこへ?」
「帰りに遊びに」
「そうなんだ。僕も行っていいの?」
「いいに決まってるじゃん。な?涼介」
「うん、いいよ!」
「よーしっ、じゃあ決まりな」
ということで、私たち5人はカラオケへ行くことになった。
それにしても久しぶりだな~カラオケ。
みんな、上手いのかな。
私たち5人は割と広めの部屋に通され、みなそれぞれに飲み物を注文していた。
「千菜美はなにがいい?」
美冴がそう訊いてきた。
アルコールはダメだしな・・・
「えっと、コーラで」
「OK!」
それからみな、選曲していた。
へぇー今はタッチパネルになってるのか・・・
昔は、分厚い本だったぜ。
「千菜美ちゃん、なに歌う?」
菜々絵がそう訊いてきた。
「そうだな・・『止まらないHa~Ha』で」
「止まらないHa~Ha??誰の歌?」
あっ・・・そっか。世代が全く違うんだ・・
でも、今の流行なんて知らねぇしな。
「えっと・・矢沢永吉」
「矢沢永吉・・・」
「菜々絵ちゃん、知らないの?」
「ああ・・うん・・」
他のみんなは『打上花火』だとか『前前前世』だとか『高嶺の花子さん』だとか、全く知らない歌を選曲していた。
まあ、前前・・ってやつは、かろうじて知ってるかな。
「さっ!千菜美の番だよ!」
美冴にそう言われ、私はマイクを持った。
永ちゃん、好きなんだよな~~私。
イントロが流れてくると、みんなはポカーンとした顔をしていた。
「へい!行くぜ、お前ら!」
私はノリノリで、タオルを振り回しながら歌った。
「かっこいいーー!千菜美!」
そう言って美冴は立って踊っていた。
ノリがいいな~~美冴は。
他の3人は・・ただ唖然としているだけだった。
でも私は、その光景を見ながら、かつては虐めていた側と、虐められていた側だったんだと、改めて思った。
今ではこうやって、一緒にカラオケを楽しんでる。こんな幸せなことはないよな・・
涼介と祥雲も、すっかり打ち解けている様子だし、私は嬉しいよ。
「ちょっとトイレ行ってくるね」
私はそう言って、部屋を出た。
あいつら、私が歌う歌、全部ポッカーンとして口開けてやがんの。あはは。おもしれ~~
「おっ!秋川じゃん!」
振り向くと、緒呂納が立っていた。
「緒呂納・・」
「へぇーここに来てたんだ」
「うん、まあな」
「友達と?」
「うん。緒呂納は?」
「俺も友達と」
「そっか」
そう言ってトイレへ行こうとしたら、手を引っ張られた。
「なにすんだよ」
「秋川・・俺、マジでお前のこと好きなんだよ」
「だから、無理だって言ってんだろ」
「なんで無理なんだよ」
「無理なものは無理なんだよ」
「俺のこと、嫌いなのか?」
「嫌いとか、そういうんじゃなくて・・」
「じゃ、なんでだよ」
しつけーーな。こいつ。
「あっ!そうそう。私には好きな人がいるのよ」
「ええっ!そうなの?」
「うん」
「誰?クラスの子?」
「そんなのお前に関係ねぇだろ」
「そうだけどさ・・」
「悪いな。じゃ、そういうことで」
私は無理やり手を離して、トイレへ行った。
なっんだよ、あいつ。
それにしても、マジ顔だったな。
第十七話END




