祥雲の親父
第十二章
自宅謹慎から一週間が経ち、再び私は通学することになった。
あれから色々と策を練ってみたが、これといった案も浮かばずにいた。
とりあえず、浦佐加先生に相談するしかないと思っていた。
「浦佐加先生」
私は職員室へ行き、浦佐加先生に話しかけた。
「あ、秋川さん。謹慎が解けたのね。大変だったね・・」
「いえ。それはもう別にいいです」
「私はなんの力にもなってあげられなくて・・」
「もういいんです。それより話があるんですが」
「なに?」
「涼介のことなんですが、あれからどうなってますか?」
「あなたのおかげで、虐めもなくなったのよ」
「そうですか、よかった・・」
「もちろん私も飯坂くんたちに注意したけど、それよりあなたがクラスのみんなに言ってくれたでしょ」
「なにをですか?」
「クラスメイトだったら助けてあげなさい、って・・」
「ああ・・」
「あれから少しずつだけど、クラスの何人かが橋成くんに声をかけるようになってくれてね。だから雰囲気も変わって来たのよ」
「そうですか」
「それより・・また問題が起こりそうなのよ・・」
「なんですか、問題って」
「ね、また放課後に理科室で話さない?」
「はい、わかりました」
なんだ・・問題って。
私が職員室を出る時、周りを見渡したら、先生たちの目は決して好意的ではなかったし、中には睨むやつもいた。
まったく言葉もないよ・・酷いもんだ。
完全に私は「暴力生徒」としてレッテルを貼られたってことだな。
そして高峰も例外ではなかった。
頭が変になりそうだ・・・
変わらないのはこいつらだけだ。
「千菜美ちゃん、待ってたよ~」
菜々絵がそう言い・・
「千菜美、元気そうでよかった!」
美冴がそう言い・・麻紀や伊都香や丸美も「待ってたよ」と言ってくれた。
クラスの連中は、さほど変わりがなく、私が自宅謹慎しようとしまいと、関係ないって様子だった。
まあそれでもいい。
このクラスで虐めがなくなったこと、涼介への虐めもなくなったこと、今はそれだけでいいと思っていた。
やがて帰りのホームルームが終わり、私が教室を出ようとしたら高峰が声をかけて来た。
「秋川、お前は退学になるかもな・・」
それだけ呟いて、少し笑ながら高峰はさっさと出て行った。
なにっ・・・
なんだよ・・退学って・・
しかも高峰の野郎、笑ってやがった・・
なんだってんだ・・・
私は不安を抱えたまま理科室へ向かった。
「浦佐加先生・・」
「あ、秋川さん、座って」
私は浦佐加先生の向かいに座った。
「あの、先生・・私って退学になるんですか・・?」
「えっ!誰から聞いたの?」
「高峰がさっきそう言ってた・・」
「落ち着いてね。まだ退学と決まったわけじゃないの」
「・・・」
「今朝、問題が起こりそうって言ったでしょ」
「はい」
「実は、そのことなのよ・・」
「どういうことですか」
「実は、ケガをした祥雲くんっているでしょ。あの子の父親がPTAの会長やってらして。息子が大けがをしたものだから、すごく怒ってらして・・」
「そうですか・・」
「それに祥雲さんは裕福なお家で・・わが校にも多額の寄付をなさっててね・・」
「なるほど、そういうことですか」
「私は校長に本当のことを話すべきだと訴えたんだけど、校長はただひたすら謝るだけで、虐めをやってたことなんて親は知らないのよ」
「くっ・・・」
「高峰先生は校長の言いなりだし、他の先生も同じようなものでね・・・誰も異論を挟まないのよ」
「先生・・」
「なに?」
「私は退学するしかないんでしょうか」
「いいえ。私はそんなことさせない。だからもう少し待ってくれる?」
「・・・」
「秋川さん、元気だして。きっと私が何とかするから」
「あの・・」
「なに?」
「祥雲の住所、教えて頂けませんか」
「え・・どうするの?」
「私、謝りに行きます」
「でもっ・・それは・・」
「あいつらが虐めてたのは本当ですが、私が暴力振ったのも本当です」
「でもそれは・・あなたは橋成くんを助けただけじゃないの」
「そうですけど、でもまず謝るべきだと思います」
「そっか・・じゃ、私も一緒に行くわ」
「え・・いいんですか」
「当然よ。何なら今から行こうか」
「先生・・大丈夫なんですか?校長とか・・」
「いいの。このままだと、ただ時間が過ぎて行くだけだもの。さっ、行きましょう」
そして私たちは祥雲の家へ向かった。
家に着くまで浦佐加先生は、ずっと私を励ましてくれていた。
「先生って独身なんですか?」
「え~~いきなり、なによー」
「いや・・結構、若いし・・」
「うん。独身よ。でももう、行き遅れかな。あはは」
「おいくつなんですか?」
「えー、それ訊く?」
「あ・・いや、別に・・」
「32よ」
「へぇーもっと若く見えるなあ」
「私の両親も教師だったの。私から見ていい先生だったと思う。だから私も教師に憧れてね」
「そうなんですか」
「でも先生にも色んな人がいるよね。昔はなんていうか・・もっと芯のしっかりした先生っていうか・・いい先生もたくさんいるのにね」
「はい」
「つくづく思うの。子供たちは先生を選べないでしょ。それって子供たちにとって不幸だなぁって・・」
「まあ、確かに・・」
「親もそうよね。子供は親を選べないよね。生まれた環境とか、お金持ちとか貧乏とかも」
「はい」
「だからこそ、それぞれに個性があって、それは良いとも言えるんだけど、やっぱり世の中の秩序っていうのかな・・人として最低限の共通認識ってあるじゃない」
「はい」
「良いことと悪いこと。この区別を子供達には、はっきり教えないとね」
よくわかってるなあ~~浦佐加先生。
こんな先生ばかりだと子供たちは幸せなのにな。
「さっ・・行くわよ」
祥雲の家の前に着いて、浦佐加先生はそう言った。
ピンポーン
「はい」
「突然、申し訳ございません。わたくし祥雲くんの担任をしております浦佐加と申します」
「あ・・はい・・」
「ちょっとお話させて頂きたいことがございまして、お伺いしました」
「そうですか、どうぞお入りください」
私たちは玄関まで進んだ。
ほどなくして玄関が開き、中から母親らしき人が出て来た。
「どうも、浦佐加先生。ご無沙汰しております。えっと・・こちらのお嬢さんは?」
「この子はうちの生徒の秋川さんです」
「はあ・・ま、どうぞ」
そして私たちは部屋へ通された。
「啓隆は、まだ帰ってませんのよ」
「そうですか」
「で、今日はどういったご用件で?」
「お父様は、まだお帰りになってないのですね?」
「はい。毎日忙しくて、いつも遅いんですのよ」
「そうですか。あの、お母さん・・大変驚かれると思いますが・・」
「はい・・」
「以前、祥雲くんが大ケガをしたことがありましたよね」
「はい」
「そのケガは、この秋川さんがさせたものなんです」
「えっっ!」
そう言って、母親は私を驚きの表情で見ていた。
「お・・女の子だったんですか・・」
「はい」
「私はてっきり男の子にやられたものだとばかり・・」
「それでですね・・この子が親御さんに詫びたいと申しまして」
「そ・・そうですか・・」
「祥雲くんをケガさせてしまって、大変申し訳ありませんでした」
私は深々と頭を下げた。
「ああ・・まあ・・済んだことですし・・」
「でもお母さん・・今から話すことがとても大事なことなんです」
「はい・・?」
「実は、この子は単に祥雲くんをケガさせた訳ではないんです」
「と、申しますと・・?」
「祥雲くんや、クラスの男子四人で、同じクラスの男子を虐めていまして・・」
「えっっ!虐め!?」
「はい。それを止めようとしたのがこの子なんです。その時にケンカになって、ケガをさせてしまった。こういうことなんです」
「まさか・・・啓隆が・・」
「私が今、申し上げたことは、全て事実です」
「・・・」
「それでですね・・お父様が大変怒ってらっしゃるとお聞きしました。この子を退学させろとまで仰っているとか・・」
「あ・・はい・・」
「今の話をお聞きになられて、それは間違っていると思われますよね?」
「ええ・・・」
「お願いします、この子を退学させないように、お母さんからお父様へ仰ってくださいませんか」
「私は・・」
「はっきり申しますが、この子にはなんの非もございません。悪いのは虐めをやっていた祥雲くんたちです」
「・・・」
「それはわかっていただけますよね・・?」
「はい・・」
「それから・・この子をここまで追い詰めたのは私たち教師の責任です。ですから、私たち教師をいくら責めてくださってもかまいませんが、この子を責めることだけはやめて頂きたいのです」
「あの・・私の一存ではなんとも・・主人に訊いてみないと・・」
「是非、よろしくお願いします」
浦佐加先生は深々と頭を下げた。
私も、もう一度深々と頭を下げた。
そして私たちは家を後にした。
浦佐加先生、たいしたもんだ。実に立派だ。
「先生・・」
「ん?」
「ありがとう・・ほんとにありがとう・・」
「なによ~改まって」
「先生・・いい先生だね」
「ありがとう。でも、戦いはこれからよ」
「はい、そうですね」
確かにそうだ。祥雲の親父がどんなやつか知らないけど、相当手ごわいはずだ。
それにしても、あの母親は親父の言いなりなんだな。
絶対権力者なんだ。親父は。
それから数日後、学校が大変な騒ぎになっていた。
職員室に祥雲の親父が乗り込んで来たのだ。
私は職員室の前で聞き耳を立てていた。
「だから!一体どういうことだね!」
「祥雲さん・・どうぞ・・落ち着いてください」
男性教師か?誰だこの声は。
「君か!わが家へ文句を言いに来たという先生は!」
「そうですが」
あ・・浦佐加先生の声だ。
「なんのつもりだ!何様かね、君は!」
「私は事実を申しただけです!奥様からお話をお聞きになられたのでしょう?」
「何を言っている!私の息子は被害者なんだぞ!ケガをさせられた方なんだぞ!」
「だからそれは違うと申したはずです!」
「やめたまえ!浦佐加くん!」
あっ・・ハゲ校長の声だ。
「校長先生・・」
「君は、なんて勝手なことしてくれたんだ!」
「虐めの事実を隠すおつもりですか!」
「虐めなど、わが校にはない!」
「校長!いい加減になさってください!虐めはあったじゃないですか!」
くっそーーー!!!
私は我慢ができず、職員室へ入った。
「待ってください!」
「秋川!今は会議中だぞ、出て行きなさい!」
高峰がそう言った。
「うるせぇ!てめぇは黙ってろ!」
私は祥雲の親父の前まで行った。
「なんだね、君は」
「私が祥雲くんをケガさせた秋川です」
「なにっっ!」
「ケガをさせたことは謝ります、申し訳ありませんでした」
私は深々と頭を下げた。
「でもっ!祥雲くんがクラスメイトを虐めていたのは事実です!」
「嘘を言うな!息子は被害者だ!」
「嘘じゃありません!虐めの事実はみんなが知ってます!」
「しかし校長は、そんな事実はないと言ってるじゃないか!」
「あのハゲは、根性が腐ってるんです。全ては保身のためです」
「なんだと!」
校長が言い寄って来た。
「うるせぇ!ハゲ!お前には話してない!私は祥雲の親父と話してんだよ!」
「ハゲ・・・なんだ、こいつは」
祥雲の親父が呆れてそう言った。
「祥雲さん、あなたの息子は虐めをやり、私に嫌がらせまでしたんですよ。知らないんですか?」
「しっ・・知らん!」
「ふんっ。お前な、人の話聞いてんのか?」
私はついにブチ切れた。
「なにっ・・お前だと・・誰に向かってそんな口をきいてるんだ!」
「お前だよ!このクソ親父!PTAの会長かなんか知らねぇけどな、てめぇの息子がやってることも知らずに、文句言いに来るとは親バカもいいところだせ!」
「なっ・・・」
「なんなら、虐められてたやつ、クラスのやつ、全員ここに連れて来たっていいんだせ」
「なっ・・なにを!」
「てめぇの息子も連れてこようか?」
「なんだ!こいつは!おい、校長!」
「も・・申し訳ございません・・祥雲様。よく言って聞かせますので・・」
「言って聞かせる問題ではない!こんな無礼な奴、即刻退学だ!」
「ち・・・ちょっと・・待ってください・・」
振り向くと涼介が入って来ていた。
「涼介・・」
「ぼ・・・僕・・祥雲くんに虐められていた橋成です・・」
涼介は祥雲の親父の目の前でそう言った。
「なっ・・・なんだと!」
「本当です・・僕・・ずっと虐められていました・・」
「う・・嘘を言うな!証拠でもあるのか!」
「私も見ました」
「俺も見たぜ」
口々にそう言いながら。2組のやつらが入って来た。
「なっ・・・なんだ、君たちは!」
校長がそう言った。
「橋成くんは虐められてました。俺たちみんな知ってます」
一人の男子がそう言った。
「なっ・・」
「私・・・今更だけど・・動画を撮ってたんです・・」
「えっっ!」
「見ますか?」
そう言われて親父は怯んでいた。
「おい、クソ親父」
「なっ・・なんだね・・」
「これでもまだ証拠とか言うのか」
「・・・」
「なあ、祥雲さんよ。ちょっとは息子を見てやれよ」
「なにっ・・」
「人の家のことをとやかくいうつもりはねぇが、てめぇの息子が虐めをやるってことは、不満を持ってるんだよ」
「・・・」
「いわば「サイン」なんだよ」
「サイン・・・?」
「俺を見てくれって言ってんだよ、息子は」
「・・・」
「私を退学にしようと別にいいけどさ、てめぇの権力かさにきて、それでお前は恥ずかしくないのか」
「・・・」
「息子が聞いたらどう思うよ。お前、親父として胸張れんのかよ」
「くっ・・・」
「親父みたいになりたいって、言ってもらいたくねぇのかよ」
「・・・」
職員室は静まり返っていた。
「今日のところは失礼する」
そう言って親父は出て行った。
「秋川!なんてことしてくれたんだ!」
「はあ??高峰!てめぇまだそんなこと言ってんのか!」
「なんだと!」
「おい!校長!」
「なっ・・なんだ」
「これで虐めの事実は明らかになったぞ。どうすんだ」
「どうって・・それは・・」
「てめぇも先公の端くれなら、正しいことと間違ってることくらい、ちゃんと判断しろ!」
「なっ・・」
「他の先公も同じだ!てめぇらそれでも教師か!生徒に対して恥ずかしくないのか!」
みんな黙っていた。
「秋川さん」
「浦佐加先生・・」
「もういいよ。わかったから」
「でも・・」
「きっと何とかするから。ね?」
「うん、わかった」
そう言って私は職員室を後にした。
第十二章END