異世界転生したい男
眞壁正太郎は所謂オタクである。現在二十七歳でニート。
両親に養って貰ってはいるが、そろそろ働けと口うるさく言われている。
その度に正太郎は俺に見合う会社が無いのが悪いと突っぱねてきた。
そもそも正太郎が自堕落になったのはブラックサラリーン時代に鬱を発症してしまったからで、それを機に会社を辞めたこと端を発する。
抑圧された地獄のような会社社会から解き放たれた反動で一切働きたくなくなってしまったのである。
仕事が無くて暇になった正太郎が一人での時間つぶしとして漫画やゲームに嵌まるまであまり時間を要さなかった。
そしてそのうちにある想いが生まれ始める。
『異世界に行きたい』と。
どうしても異世界に行きたい正太郎は転生小説に目を付けた。
転生小説だと主人公が異世界に行くパターンはいくつかある。
トラックにはねられて死ぬ事。
教室に魔法陣が発生すること。
そして、『とあるサイトに情報入力』する事である。
正太郎は異世界にどうしても行きたかった。異世界に行くには一度今の人生を終えなければいけない。だが、今の人生を終えてしまうのも少々怖い。
結果、正太郎は異世界転生についてネットで調べるだけに留まり続ける。
だが、その胸中ではいつも異世界に行きたいという思いが渦巻いていた。
そして、とある日に正太郎は『死神たん』のサイトを発見することになる。
美少女イラストの描かれた自殺専門サイトだった。正太郎は都市伝説なんかも好きだった。
よって、正太郎は『死神たん』の都市伝説についてもいくつか知っていた。
例えば、死神たんは死ぬ前に何でも望みを叶えてくれる存在であると。
正太郎はまさかと思った。思いつつもサイトをしっかり端から端まで見ていく。
どうやら死亡日時とオプションを選べるようだ。
しかし、正太郎の望む異世界転生オプションはどこにも存在していなかった。
半ば遊び半分とは言え、正太郎は気落ちした。
もしかしたらオプションで、次の人生のスタートまで決められるかもと一瞬でも思ったからである。気落ちする正太郎の目に次に入ったのが『面談』の項目。
『面談』をする事でオプションリスト外のオプションを任意相談可能とのことだった。
正太郎は早速『当日』面談を行ってみることにした。
そして、インターホンが鳴った。
「死神たんデス」
大きな鎌を背負ったコスプレ少女の思わぬ来訪に正太郎はびっくりしてしまった。
しかし、カワイイ。女性と接する機会の少なかった正太郎にとって少女との邂逅は新鮮な衝撃をもたらした。
死神たんが美少女だったと言う事実に正太郎のテンションはいつになくあがっていた。
「あがってもよろしいでデスか?」
「どーぞどーぞ! むさ苦しい所ですが!」
「むさ苦しいのはお前の体型デス」
死神端たんの辛らつな言葉に正太郎は思わずふとましい腕をガッツポーズをしてしまった。
何てことはない。正太郎がドMだっただけである。
「何デスか。このキモ男は? 汚物は焼却デストロイしたいデス、脂ばっかりなので良く燃えるデス」
「是非に燃やして下さい!」
「わかったデス。死因は焼死にしてやるデス」
死神たんの目に本気の色を感じた正太郎はスタイリッシュに土下座をした。
「まだ待って下さい。オプションについて相談させて下さい」
「わかったデス。死ぬ前に望むことはあるデスか?」
「異世界に行きたい」
「異世界デスか? 心当たりがないこともないデス」
「異世界……ほんとにあるの?」
「あるデスよ。では望みは異世界に行くことでいいデスか?」
「うん。異世界いけるなら死んだって構わない」
「見かけによらずいさぎのいい野郎デス。嫌いじゃねーデス」
死神たんはバトンのようにくるくると大鎌を回し始める。
そして、大鎌の描く軌道上の空間が静かに歪み始めた。
間もなく、丸く空いた空間のねじれが正太郎の部屋へと出現する。
空間の向こうには見渡す限りの草原が広がっていた。
「とっとと行くデスよ」
正太郎は恐る恐る草原へと第一歩を踏み出した。
草原の上空を巨大な怪鳥が飛んでいった。
「おお、ここが夢にまで見た異世界!」
「これで願いは叶ったデス?」
「ああ、かなったよ。死神たん、ありがとう」
「じゃ、とっとと焼け死ねデス」
死神たんはどこからともなく火炎放射器を取り出すと正太郎に向かって構えた。
正太郎は死神たんの行動を理解できなかった。
「……な、なんで? 折角異世界に来られたのに!」
「最後の望みで異世界に連れてきてやったデス。望みが叶ったんだから死んで貰うデス」
「まだ俺冒険してない!」
「しなくていーデス。とっとと焼け死ねデス」
死神たんが構える火炎放射器の先から炎が噴出し始める。
正太郎は一気に絶望の底へとたたき落とされた。
「潔く死ぬデスよ。いいデスね?」
正太郎はふるふると首を振る。
「嫌だ。死にたくない。死にたくない。死にたくないよぅ」
「みっともないデス。男らしく死にやがれデス」
「嫌だ嫌だ嫌だ! 嫌だよぅ。殺さないでぇ!」
「わかったデス。仕方ないのでキャンセルを認めるデス。ただし違約金がかかるデスよ? 一億円でどうデス」
「そ、そんなに払えないよぅ!」
「アレは嫌だ。これは嫌だ。本当に五月蠅い男デス。面倒になったので帰るデス。面倒なのでお前は連れて帰ってやラねーですから、とっとと勝手にくたばっちまえデス。どーせくたばっちまうデスから違約金も取れないデスね。ただ働きは嫌になるデス。ま、死にたくなったら呼べば殺してやるデスから。絶望したら呼ぶといいデス」
正太郎はこうして異世界の草原に一人放置されることになる。
――その、数年後。
正太郎は『死神たん』を呼んだ。
「まだ生きていやがったデスか? 案外しぶとい肉男デス。ま、脂肉から筋肉になったから少しは見られるよーになったデスが。で、どうしたデスか? 死にたくなったデスか?」
「いや、死ぬ気はさらさら無いよ。今、俺はサイコーに生きてるって感じてるんだからさ」
「ではなぜ呼んだデス? 冷やかしならデストロイデスよ」
「それはね。ちゃんと違約金払おうと思ったんだ」
正太郎の手の中にはぎっしりと金貨が詰まった袋があった。
「多分、一億円に足りるよね」
「……仕方ねーから受け取ってやるデスよ、どうするデスか? 今は気分がいーから元の世界に送ってやってもいーデスよ」
「それは遠慮しとく、俺はこっちで結婚したんだ。あ、でもさ。元の世界に戻るならさ。親父にこの手紙を渡しておいてくれ。あと、迷惑かけたたからこれも」
「ふん、金貨に手紙まで用意しているとは、最初から私を利用する気だったデスね、仕方ねーデス。サービスにしておいてやるデス」
すっかり逞しくなった正太郎はひとかどの冒険者として成功していたのだった。
死神たんは正太郎の生家へと一人で向かう。
そして正太郎から受け取ったの手紙と金貨の入った袋を置いてすぐに立ち去った。
「……あの脂がどうやって生き延びたデス? 人間はわからねーものデス? どれだけ必死に生き足掻きやがったですか? でも、真剣に生きることは悪い事じゃねーデスよ。死を選ぶことよりも生きる方が難しいデスから」