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死神たん。  作者: 秋月みのる
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燃ゆる魂


 「クソジジイ。とっととくたばりやがれデス」

 「ほっほ、残念だったなぁ。ワシはまだまだ生きられそうじゃ」


 前樫元治まえがし げんじは御年八十二歳になる孤独な老人である。

 愛する女房との間に子供はなかったがそれでも夫婦二人三脚で幸せな日々を過ごしてきた。

 だが、女房は七年前に既に他界してしまった。残された元治はひたすらに虚無だった。

 会社も定年で退職してしまった。仕事一筋だった元治にはこれと言った趣味もない。

 テレビを付けても毎日同じ事の繰り返しで面白くない。


 元治はボケ防止のために最近パソコンを始めた。

 最初はネットでニュースなどを見ていたがすぐに飽きてしまう。

 何を見ても虚無。何を食べても味がしない。

 早く女房が自分を迎えに来てくれないだろうか。

 元治はこの事ばかりを考えるようになっていった。

 そして色あせた世界に嫌気が差した頃ついに死神たんのサイトにたどり着く。


 「じーさんの望みは何デスか? 最後に一つだけ聞ーてやるデスよ」


 これが元治と死神たんの出会いだった。

 そして元治はこんな頼み事をする。

 

 「……ワシが死ぬまででいいから、時々話し相手になってくれ」


 これを死神たんは安請け合いしてしまった。

 元治の魂が年を重ね摩耗してもうそれ程生きないと思っていたからである。

 死神たんの目で見て生きて一週間。

 死神の目で魂の状態が見えるからこその判断ミスだった。

 当時の元治の魂は死にかけで消えかけの蝋燭の炎のようだった。



 ……しかし、元治はこの契約から三年経ってもぴんぴんしている。

 死神たんと出会う前よりもむしろ元気になってしまったくらいだ。

 元治の魂の炎は未だ青々と燃えている。

 この事を死神たんは非常に苦々しく思っていた。


 しかし、元治はついに二週間前に病に倒れた。

 幸い庭先で倒れていた所をご近所さんが発見してくれたおかげで大事には至らなかったのだ。


 「全く。悪運の強いジジイデス」

 「ふん、ワシはあと十年は生きるぞ!」

 「ふざけるなジジイ。死の概念の一部たる私は忙しいのデス。ジジイ一人に構っている時間は無いのデス」


 口では悪く言いながらも、ちゃんと律儀に三日に一度朝の決まった時間に様子を見に来る死神たんと元治のこのやりとりは最早恒例になりつつある。

 死神たんは呼び出した元治にしか見えない。

 元治のいる病室の人間やナース達は元治がぼけて虚空に向かって喋っているだけにしか見えない。元治はその事に薄々感じていたが、それでも構わなかった。

 元治は高齢だったので周囲からは痴呆位にしか思われていなかった。


 元治にとって死神たんとの口げんかは新たな生きがいとなっていた。

 しかし、死神たんは自分が正に元治の生きる希望である事など考えもしない。

 元治は死神たんと口げんかがしたくて一日でも長く生きようとする。


 「死神たんは趣味とかあるかの?」

 「仕事が忙しすぎて遊んでいる暇はねーデス。そんな頓珍漢な事をいうのはクソボケジジイくらいのものデスよ」

 「ぼけでおもいだしたが、死に神たんは知っとるかの? ぼけの花は春が見頃で真っ赤で綺麗なんじゃよ」

 「知るわけねーデス」

 「ワシは知らなくて女房と喧嘩したときに仲直りの印としておくってしもうたんじゃ」

 「どーなったデス?」

 「女房怒って家を出てしもうた。そんで三日後に帰ってきて雑草の束を投げて渡すんじゃよ、花のない人生送ってるアンタに丁度いいとか言ってな」

 「……ふん、全く話に捻りがなくてつまらないクソジジイデス」


 たわいのない会話。多くが爺さんの歩んできた人生の話。死神たんはいつも悪態をつきながらその話をちゃんと聞いている。

 時間にすると十分ほど。

 それでも多忙な死神たんからするとかなりの時間を割いている。

 元治の話をひとしきり聞いた後、死神たんは死を望む声に向かって一直線に駆けていく。

 

 元治はこの瞬間が辛かった。気弱になってしまう一瞬。


 「……げほっ、ごほっ。強がってももう潮時かのう」


 元治の体は病魔に冒されていた。

 医師の見立てではもういつ死んでもおかしくない状態であった。


 翌日。元治の同室の患者が快癒して退院した。二十代中程の男だった。

 殆ど話さなかった相手だが、元治は「退院おめでとう」と言った。

 

 そしてその翌日。元治の部屋の空いたベッドに一人の少年が入院して来る。


 少年は痛みに苦しんでいた。夜になると「死にたくないよぅ」とさめざめと泣いていた。

 元治にはまだ未来ある少年が死に怯え泣いているのが痛々しく見てられなかった。


 翌日の朝。決まった時間に死神たんはやってくる。


 「とっととくたばりやがれデス」

 

 「ふん。ワシはまだまだ死なんぞ」

 

 「ほんと生き汚いクソジジイデス」


 「それで結構。で、ワシにほんとに死んで欲しいのか?」

 

 「当たり前デス。ジジイは数百人分の時間を独り占めしているデス」

 「なら取引をしよう。もうワシの話は聞きに来なくていい。代わりに別の願いを聞いて貰うことにしよう」

 「ジジイ、私を本気で怒らせたいデスか? 今すぐデストロイしてやってもいいデスよ。今までジジイに割いた時間をどう補填してくれるデスか?」


 「過去や今でなく未来を考えるのはどうだろう? ワシは言っとくがあと十年は生きるぞ」


 源氏は自信満々に言う。死神たんはその目を使うが元治の魂は青々と燃えている。

 確かに今すぐに死ぬことはないだろうと死神たんは思った。


 「ジジイのくせに生意気デス。仕方ないので聞いてやるデス」

 「同じ病室の少年の病気を治してやってくれ。そしたらワシは死んでいい」

 「……ふむ。出来なくは無いデスが知り合いデス?」

 「いや、全く知らん」

 「意味がわからないジジイデス。とうとうボケやがったデスか」

 「ぼけとらん。女房も向こうで待ってるし、そろそろ生きるのに飽きたと思ってな」

 「むかつく言い分デス。聞いてやるデス」


 死神たんは同室の少年の元に行く。少年には死神たんは見えない。


 「なる程、中々死の匂いが濃いデスが何とかならないことは無いデスね」

 

 死に神たんの目には少年の魂に取り付く黒い霧が見えている。

 死に神たんは鎌を抜くと、その黒い霧めがけて横薙ぎに振るった。キリハ病室中に霧散する。


 「ジジイ。この闇が見えているはずデス。どうするデスか?」


 「全部ワシが貰ってやる。その上で死んでやる」


 「クソジジイにしては上等な覚悟デス」

 死に神たんは鎌を再び振るって元治の方へと黒い霧を飛ばす。


 「うぐ、ぐううううううううっ」


 元治は胸を押さえてくるしみ始めた。


 「……せめてすぐに楽にしてやるデスよ」


 死に神たんは元治の首に鎌を振るう。

 元治は今まで生きていたのが嘘のようにぴくりともしなくなる。


 死んだ元治の体から死に神たんは魂を抜く。

 蝋燭よりも弱々しい、今にも消えそうな魂だった。 

 死神たんは違和感を感じた。魂が弱るには時間がかかることを知っていたからだ。

 ……つまり、元治の魂は大分前から弱っていたことになる。

 弱った魂を強がりで無理矢理燃やして見せていたハッタリに過ぎなかったのだ。


 「……あのジジイ。謀りやがったデスか。やはりクソジジイだったデス」


 死に神たんは騙されたことに強い怒りを覚えると同時に、一種の虚無感も同時に感じた。

 元治の体は今も病室に横たわっている。だが、そこを見てももう元治はいない。

 

 「……いたらいたでウザイジジイだったくせに、いなくなるといなくなるで寂しくなるデスね。ほんと生きてても死にやがっても憎たらしいジジイデス。ジジイは私を相当いらつかせた強敵だったデスから中々忘れてやらない事にするデス。ざまあみろデス」


 死神たんは病室を出ると、今は亡き元治の自宅の縁側にボケの花を一輪置いていった。 

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