表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/41

第9講義












 さて。今夜エルザとルカが参加している夜会は、宮殿で開かれているものだ。そのため、招待客の数も多い。ということは、顔見知りに会う可能性が高い。実際、ルカの姉やエルザの兄弟にもあっている。


「お久しぶりね。というか、エルザが社交界に出てくるなんて、何の天変地異?」

「付き合っていると言う噂は本当だったのか。何かあるべきところに収まった感じでつまらんな」


 好き勝手言ってくれるのは一組の夫婦だ。濃い金髪の女性と、亜麻色の髪の男性だ。ともに三十歳手前くらい。というか、はっきり言うと同い年だ。同級生である。

「……久しぶりだね」

「相変わらず仲良しだな」

 と、エルザとルカも返す。その夫婦は微笑んだ。


 この夫婦はトラエッタ侯爵夫妻だ。妻はグランデ伯爵家出身のレベッカ。夫はトラエッタ侯爵ガイウス。ともにエルザ、ルカの同級生だ。

 この二人は、高等学校を卒業すると同時に結婚した、学内でも知られた仲良しカップルだった。エルザがレベッカと仲が良かったので、必然的にルカとガイウスもくっついてきて、四人でつるむことが多かったように思う。思えば、エルザはそのころからルカと一緒にいたのか……。

「本当に久しぶりな気がするわね。ルカには何度か会ったけど、エルザは学会でしか王都に出てこないでしょ」

「面倒だからね」

 レベッカの言葉にエルザは苦笑で返した。実は彼女の顔が正確に認識できていないのだが、声と彼女の隣にいるのがガイウスに見えたので、彼女をレベッカだと判断したのだ。


「っていうか、エルザよね? 眼鏡は?」


 レベッカが自分の目元をたたいて眼鏡はどうしたのか、と尋ねる。どうやら、エルザと眼鏡はセットであるらしい。

「おかげでレベッカの顔すらうまく認識できないよ」

 エルザが苦笑気味に言うと、レベッカがすごい勢いでルカを振り向いた。

「ルカ。ちゃんとエスコートしてあげるのよ」

「……そのつもりだが」

 やや女性恐怖症が出たのか、強い口調のレベッカにルカは引き気味だ。これでも、レベッカは大丈夫な方なのである。他のかわいらしいご令嬢に同じことをされると、ルカは鳥肌が立つのだそうだ。エルザなら平気なのだと訴える。趣味の悪い男である。


「ルカはともかく、エルザは久しぶり。その格好、似合ってるぞ」


 ぐっと親指をあげて見せたルカとは違う意味で残念なガイウスは、それでも一応ほめてくれたのでエルザは礼を口にする。

「それはどうもありがとう。久しぶり、ガイウス」

 今回エルザが着ているのは濃い紫のドレスだ。スレンダーなドレスで、パニエもあまり入っていない。エルザが歩けない、というのもあるが、単純に似合わない、というのもある。

 ついでにルカも濃い紫のスーツだった。これは合わせたわけではなく、たまたまである。


「もうさ。王都に来て噂を聞いたときはビックリしたわ。まあでも、収まるべきところに収まった感じだし、いいかなーとも思ったけど」


 レベッカがシャンパン片手にそんなことを言った。四人は旧交をあっためるべく、壁際に移動してきていた。男性二人はワイングラス、女性二人はシャンパングラスを手にしている。

「そうそう。王都でラブラブデートしてたんだって? お前らがいちゃついてるところとか想像できないけど」

 と、ガイウスも乗ってくる。こいつら、昔からの付き合いだから遠慮がなさすぎる。エルザとルカは目を見合わせた。

「……別にいちゃついてないけどね」

「というか、そんなに目撃証言があるんだな」

 ルカが妙なところに感心した。エルザはシャンパンを一口口に含み、言った。

「そりゃそうだろうよ。お前、目立つし」

「エルザの身元もばれてるぞ」

「マジか」

 ルカが目立つのでルカの目撃証言なのかと思ったら、しっかりエルザも確認されていたらしい。

「久々にエルザが着飾ったところ見たけど、ちゃんとすればちゃんと美人よね、エルザって」

「つまり普段はちゃんとしてないってことだな」

「悪かったな、野暮ったくて」

 余計なことを言ったルカの足を軽く踏み、エルザはシャンパンを一気飲みした。レベッカがその変わらないやり取りに笑う。

「エルザってそう言うことは二の次よね。らしいといえばらしいよね」

「それよりやりたいこともあるしね」

 エルザが平然と答えた。時間があるから研究をするのだ、というエルザであるが、おしゃれは二の次だ。何故かというと。


「私にはセンスがないからな」

「ああ……」


 トラエッタ侯爵夫妻が納得したように声をそろえた。エルザは自分で言ったことであるが、少し腹が立った。

「そんな顔しないでよ。あ、良ければ明日にでも一緒に出掛けましょう。今年はシーズン中、王都にいるんでしょう?」

 レベッカの誘いに、エルザはああ、とうなずきかけた後、すぐに言った。

「いや、明日はダメだな。三日後に学会があるから」

「学会?」

 レベッカとガイウスが声をそろえた。

「え、行くの? ルカを放って?」

「行くよ。大学教員として当然だ」

「って言ってるけど、いいのかルカ」

「私は構わない」

 レベッカがエルザに、ガイウスがルカに問いかける。二人の返答は平然としたものだった。トラエッタ侯爵夫妻は顔を見合わせる。

「確かにエルザらしいけど、それで別れることになるかもよ?」

「別にかまわない。元に戻るだけだ」

 クールと言うより冷淡すぎるエルザの返答にレベッカが呆れた様子になった。ルカも口を開く。


「研究をやめたら、それはエルザではないからな。私は今のエルザが好きだから、それはそれでいいんだ」


 ルカの返答に、トラエッタ侯爵夫妻は「おお」と感心の声をあげた。時々思うが、ルカの言葉は本当にエルザが好きなように思われて、エルザとしてはちょっと戸惑う。

「ルカ、エルザにぞっこんだな」

「これは他の人が入り込む余地がないわよね」

 とガイウスもレベッカも言った。エルザ側は? と思わないでもなかったが、エルザは性格がちょっとあれなのでそもそも異性と付き合う、ということが想定されていない気がした。


「まあ、それはともかく。エルザの学会が終わってからでいいから、一緒に出掛けましょう。ショッピングでもいいし、ピクニックとかでもいいわね」


 レベッカがうきうきと計画を立てだす。シーズン中に何度か学会が開かれるが、エルザが出席する予定なのは二つ。三日後の学会と、シーズン最後の学会だ。そのため、その間は多少余裕があるだろう。

「……できれば、私に似合うものとか、見立ててくれるとうれしいんだけど」

 エルザがそう言うと、レベッカが驚いた顔をした。

「まさかエルザからそんなことを言ってくるなんて! なら、お出かけはショッピングね」

「あー、レベッカ。それ、俺達もついていくもの?」

 ガイウスが心配そうに言ったのは、女のショッピングが長いと知っているからだろう。きっと、レベッカも長い。

「当たり前でしょ。ルカも行くのよ。ダブルデートよ」

「レベッカとガイウスは夫婦だろう」

 ルカから冷静な指摘が入ったが、レベッカが「気分よ!」と言い張った。それからレベッカはびしっとルカを指さす。

「ルカも、エルザを自分好みに仕立て上げるチャンスよ!」

「いや、私とルカの趣味って合わない気がするんだけど」

「あんたの趣味は良くないから無条件で却下」

 まさかの全面駄目だしされた。


 とまあ、いい年した大人が阿呆な会話をしていたが、一応社交界に出ているのだから、それなりのお付き合いもしなければならない。エルザも一応、学会で世話になっている人にはあいさつに回った。

 その間に、ルカは十代後半と思しき女性、というか少女につかまっていた。いや、反対側には二十代前半と思われる妖艶な美女がいるので、取り合われているのだろうか。ルカは表情がわかりにくいのだが、あれは焦っている。

 でも、面白いのでしばらく様子を見ることにした。手で口元を隠して見守っていると、声をかけられた。


「あら、エルザ。イングラシア公爵は?」


 声をかけてきたのは母パルミラだった。父のディーノもいる。エルザは二人を見て、それから女性に取り合われているルカを示した。というか、また女性が増えている。一人くらいと踊ればいいんじゃなかろうか。

「あそこ」

「まあ……っ。ちょっと、止めに行かなくていいの!?」

 パルミラが顔をしかめて至極一般的な反応をするが、エルザは冷静に言った。

「私が入って行っても、話がややこしくなるだけだし。まあ、ルカが駄目そうなら割って入るけど……でも、面白いし」

「……お前、誰に似たんだろうな」

 ディーノに呆れた口調で言われた。エルザは自分がやや加虐趣味である自覚はあるので、その言葉に肩を竦めた。


「ほら、イングラシア公爵がちらちらお前を見てるぞ。助けてやれ」


 憐れんだのか、ディーノがそう言うので、エルザはルカの救出に向かった。こういうのは苦手なのだが。

「ルカ」

「ああ、エルザ」

 やっと解放される、という気持ちがありありと見て取れる表情だった。エルザは小首を傾げて言った。

「そろそろ帰ろうと思うのだけど。学会の準備もしたいし」

「あ、ああ、そうだね。送ろう」

「ありがとう」

 どうにか自然に連れ出せただろうか。ついでに言ったことを本当にするために帰ってしまおうと思い、両親に先に帰ると告げると、会場である大広間から出た。


「ああ……怖かった。私は頑張ったよな?」


 会場を出た瞬間、ルカが後ろからエルザの肩に額を押し付けて言った。何となくぐったりしていたので、軽く頭をたたいてやる。

「はいはい。頑張ってたよ」

「もう少し早く助けてほしかった……」

「ごめん。面白かったから見物してた」

「……」

 素直に白状すると、後ろからぎゅうっと抱きしめられた。いや、抱きしめられたと言うか、腹部を圧迫されている感が強い。

「ちょ、ルカ、ごめんて! 次からはちゃんと助けるよ」

「……約束だ」

 お前どんだけ女性が苦手なの、と言いたい。


 ちなみにこの場面、エルザの両親がこっそり見物していたらしい。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


さりげなくいちゃつくけど、エルザは結構サディストだと思う。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ